二階堂エリカとして、松戸笑として。
見慣れた風景、住み慣れた家は私を暖かく出迎えてくれた。
ただし、住人は除いて。
私がエリカちゃんになってしまったことを、未だに二階堂夫妻は信じてはくれなかった。
あ、二階堂夫妻というのはエリカちゃんのご両親のことね。
未だに娘がおかしくなったと疑う彼らにどうにか信じてもらおうと思って、私はあることを頼んだのだ。
私の生家である松戸家への訪問を。
久々の実家はなんだか静かで、滲み出てくる暗い雰囲気に押し潰されそうだった。
私の遺影が飾られた真新しい仏壇に手を合わせ、未だ納骨されていない自分の遺骨が入った白い箱を眺める。自分で自分を弔うってどういうことなのと突っ込みながら、自分の家族に目を向けた。
以前よりもひどくやつれた両親と、暗く沈んだ弟と対面し、私はどう話を切り出そうかと思った。
だけどその前に松戸の父が話しかけてきた。
「…今日は、どのようなご用件で…?」
「…実は娘がどうしてもこちらに伺いたいと…」
二階堂パパがそれに答えると、父の斜め後ろで俯いた状態だった母の両手が正座をした膝の上でぎりり、と音が出そうなくらい握りしめられていた。力が入りすぎたその手は真っ白になっている。母は絞り出すような声を出して、此方をキツく睨みつけてきた。
「………お礼を言われても、娘は帰ってきませんっ…いまさら…っ」
「それは」
「わかってるんですよこっちだって。お嬢さんが悪いわけじゃないって。…でも、なんで。なんであの子が殺されなくちゃいけないの?」
まずい。悪い方向に話が進んできた。
いや、もしも私が家族を同じように亡くしたら、怒りのぶつけどころがなくてこんな風に当たってしまうかもしれないけども今のこの状況はまずい。
「あのっ」
私が空気を変えようとギスギスしはじめた会話に割り込んでいくと、皆がこっちに注目してきた。
私は私が松戸笑であることを証明するためにここに来たのだ。
「単刀直入に言うと、私が笑なの」
「「「……はぁ?」」」
息ぴったりのはぁ? が返ってきたが、当然のことだ。だけど何が何でも信じてもらわねばならん。
「私は松戸笑なの。殺されて死んだけど、エリカちゃんの体に私の魂が入ったの! あの世でエリカちゃんが私の体あげますとか言ってきてさ。信じられないだろうけどホントの事で」
「…何を、言ってるのあなた…」
「あの件もさ、私が勝手にやったことなんだし、二階堂さんを責めないでやってよ。お母さん」
私を異様な目で見てくる松戸家一同。
ですよねー、知ってた。
だけど私なんだよ。信じてよ!
「私、本当に笑なんだよ。えっとー…誠心高校2年バレー部で去年春高予選前にレギュラー入りできた、担当はスパイカー。O型で得意教科はー…」
自分のプロフィールの詳細を語れば信じるかなと思って喋ったけど、こういうのってニュースとか特番でべらべら喋られそうだよね。プライバシーの侵害なんだけど。私被害者なのになんでバラされなあかんねん。
いかん。もっと決定的な何かを語らねば。
「ふざけないで!! あなたのせいで笑は殺されたのよ!?」
だけどそれは母の逆鱗に触れたらしい。
涙を流しながら憎しみに満ちた瞳で私を睨みつける。笑として育ってきて、母に怒られたことは沢山あったけども、このような目で見られたことはなかった私は固まった。
しーんと静まり返った空間に「キューン…」と鳴きながらテテテ…と近づいてきたのは一匹の犬。
松戸家の愛犬ペロは警戒心が強い、頼りになる番犬だ。
そして家族の中でも私に一番懐いていた。
ペロはエリカちゃんの姿をした私の元にやってくると、キュンキュン鼻を鳴らしなが私をじっと見上げてきた。
私は満面の笑みを浮かべ、ペロにハグをした。
「ペロー! お前は分かってくれるんだねー!! ふがふがふがぶふぉ」
最後あたりはペロに熱烈なキスをされて言葉にならなかったけども嬉しかった。誰も信じてくれなかったけどようやく信じてくれる存在に出会えて私は嬉しかった。
ペロに舐められたせいでヨダレまみれになってしまった口元をごしごしと拭いながら、後ろに座っていた二階堂夫妻を振り返った。
すると彼らは目を丸くして驚いた様子を見せているではないか。
「…まさか…本当に?」
「エリカは…犬が嫌いで…犬に嫌われるタイプだったのに…ならあの子は本当に居なくなってしまったというの?」
それが決定打ってどういうことなの。短い間一緒に過ごして違和感とか感じなかったのかな。
それとも二階堂夫妻が多忙すぎて一緒に居なさすぎて気づけなかったの?
私は自分の家族に目を向けると、ドヤ顔でペロを撫でまわした。
「薄情だよね〜? お前だけが私の家族だ〜。ねーペロた~ん」
ペロがしっぽをふりふりしながらじゃれついてくる。すごいな犬は嗅覚だけじゃなくて、魂で主人を嗅ぎつけることが出来るのか。
ペロを両手でワシャワシャ撫で回しながら、目の前で呆然とする両親と弟を見て、私はニヤリと人の悪い笑みを浮かべた。
「そーだ。信じてくれないなら言っちゃうよ〜? 皆の秘密ー」
「…秘密?」
私の発言に訝しげな顔をしている3人。
一番使いたくない手だけども仕方がない。だって信じてくれないのだもの!!
「お父さん。この間お母さんがパート先の飲み会で帰りが遅かった日、キレーな女の人に送ってもらってたよねぇ? アレってクラブのママぁ? …それにしては親密だったけどー…」
「ばっ、なわけ…!」
「お父さんの背広のポケットにクラブのマッチが入ってたから親切心で抜いてあげたのにー…私の部屋の机の引き出しに入ってなかった?」
ニヤニヤ。
私は悪戯小僧な笑みを浮かべていた。美少女なエリカちゃんの顔でそんな顔してはいけない気がするが、どうにも止まらない。
「…お父さん? …どういう事?」
「いやっちがっ」
「続いてお母さん。お母さんのへそくりの場所を私は知っているんだけどバラしちゃおうかな?」
「!?」
母の顔がギクッと引きつった。
バレていないとでも思ったのだろうか。
「貯まったら、お取り寄せ高級グルメを頼んで独り占めするつもりだったんだよね? へそくりの隠し場所はー…冷蔵庫の野菜室の奥にジップロックに入れて保管してるよね?」
母が不在の時、空腹のまま帰宅した私は簡単にチャーハンでも作ろうかなと冷蔵庫を漁っていたのだけど、手にとった長ネギの下に封筒をジップロックに入れた怪しすぎる物体を見つけたことがある。
母はいつも頑張ってるから見て見ぬふりをしていたのだが…信じてくれないから仕方ないよね☆
「な、なんでそれを…!?」
「それとー…渉、あんたは好きな子の写真をスマホにコレクションしてるんでしょ? ストーカーチックだからやめときなさいねそれ。それと点数の悪かったテスト用紙とエロ本の置き場所はー…「わ゛ー!!」うるさっ」
弟は赤面して私の話に被るように大声を張り上げる。部活で鍛えたその声量に私は思わず耳を塞いだ。
年頃なんだから家族みんな分かってるってば。
むしろお母さんはエロ本の存在よりもあんたの趣味嗜好に悩んでいたよ。
弟の部屋で掃除機掛けてたらベッド下にあったらしいエロ本吸い込んじゃったらしく…その日私は母にこっそり相談されたのだ。
『渉…特殊性癖なのかな…ほら…最近怖い事件があるでしょ? お母さん、心配になっちゃって…』
…母がどんな本を見つけたのかは知りたくはなかった。
弟の性癖なんて知りたくなかったよ。
「違う! そうじゃない!」と喚く渉を無視して、私はもう一度父に目を向ける。
「あとねーお父さんは「分かった! 笑! もう勘弁してくれ!!」えーまだあるのにー」
私は目の前で恐れ
「そうだ、証拠に引き出しのマッチ取ってくるよ。クラブ花みずきユウコママの名刺付きの」
「笑、それお母さんに渡しなさい」
「いや、それは仕事の付き合いでな…」
「間違いない…姉ちゃんだ…」
私が笑であることを皆が信じてくれたらしい。…私はまだまだ話し足りないのだが。
自分の部屋に迷わずたどり着くと、そこはあの日の朝出かけた状態で、何も変わらないまま保存されていた。勉強机の鍵付き引き出しの鍵を隠し場所から見つけ出し、例のそれを取り出す。
例の名刺付きマッチはお母さんに渡す前にお父さんが奪い去っていった。中年太りしてるのにこういう時は動きが早いんだから。
「お父さん、後で話があるからね」
「か、母さんだってへそくり作ってるんだろうが!!」
「それとこれとは別よっ!」
夫婦喧嘩を始めた松戸の両親のことは放っておいて、私は二階堂夫妻が待っている和室に1人戻っていった。
二階堂ママは泣いていた。二階堂パパがママさんの肩を抱いて、宥めるように撫で擦っている。
私はなんとなく申し訳ない気分になりながら、彼らの前にゆっくり座った。
「…信じてくれましたか? 二階堂さん」
「…あなたがエリカじゃないと言うなら…あの子は、どこに行ったの?」
「…わかりません」
あの時、花畑にいた私は雲の上みたいな所から落下した。…もしかしたらあそこはあの世とこの世の狭間だったのかもしれない。
命には別状のないはずのエリカちゃんが何故あそこにいたのか、何故私に身体を与えたのかは今でもわからない。
彼女の魂みたいなものがこの世にあって、そのうち彼女が戻ってきたら私が成仏するのか。
はたまたエリカちゃんは私の代わりに次の輪廻に入ってしまっていて、このまま私が彼女の身体で寿命まで生きることになるのか…
それとも、この体の奥底でエリカちゃんが眠っているのか…
なにもわからない。こんな出来事が起きること自体有り得ないのだから。
だから私にはこんなことしか言えない。
「…私もこの状況がよくわかっていないんですけど……私はエリカちゃんではありません。そしてこのまま彼女の身体を乗っ取り続ける気はありません。いつか必ずエリカちゃんにお返しするとお約束します」
私はエリカちゃんじゃないのだ。エリカちゃんの身体を乗っ取り続けるつもりはない。
だってこんなのおかしいじゃないか。
最悪の状況は考えたくないから、絶対にエリカちゃんに返せると信じてる。
「私が彼女に身体を返すその時まで、エリカちゃんの身体で生きることをどうか許して下さい」
深々と頭を下げると、二階堂夫妻が戸惑う様子が伝わってきたが、今の私にはそうするしかないのだ。
私はエリカちゃんのことを何も知らない。
松戸笑でしかなかったから、彼女にはなれないし、なろうとも思わない。
だから彼女のように生きることは出来ない。
それなら彼女に恥じることのないように一生懸命生きるしか無いと思うんだ。
今の私は笑であって笑じゃない。
二階堂エリカとしての私の第二の人生がこうして始まったのだ。
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