第32話 マイカ平原の戦いⅣ
グルーモウン軍の進軍の知らせは、一時間ほどの遅れをもって黒騎士メラナイト・アンドラダイトにも届けられた。
「なんと! 四万の軍勢と知って、それでも向かってくるか!」
進軍中の隊列の中、伝令からの知らせにメラナイトは思わず声をあげた。
黒騎士は、反乱軍の真意を測りかねていた。森に隠した三万の兵は、すでに行軍を開始している。東に進み我々と戦っている間に、南北から三万の兵に挟撃されることは、反乱軍もわかっているはずだ。
向かってくるということは、南北からの進軍に気づいていないのか、はたまた単なる蛮勇なのか。ゼンザックという男、もう少し知恵が回ると思っていたのだが、思い違いだったのかも知れぬ……。
メラナイトの読みでは、反乱軍は劣勢を知り退却するはずであった。それを南北からの挟撃で足止めし、包囲、殲滅する策だ。
「退こうが向かってこようが、同じことか。圧倒的戦力ですり潰すまでよ……」
つぶやいて、メラナイトが副官に問う。
「接敵まで、如何ほどか」
「あと二時間ほどかと……」
「ここで布陣しては、包囲が成らぬな……」
もう少し先へと進みたかったが仕方がない。二時間あれば、五キロは進軍できるであろう。せめてあと五キロ、陣を進めよう……そう考え、メラナイトは号令を発する。
「進軍このまま! 一時間後に方形に布陣!」
だがこの時すでに、ゼンザックたちグルーモウン軍は、王国軍より十キロの地点まで迫っていた。そう、接敵まで一時間とかからぬ地点にまで……。
◇
進軍中のグルーモウン軍。司令本部との念話を終えたヘレスチップが、ゼンザックへ情報を伝える。
「黒騎士の軍勢は、この先十キロの地点で行軍中ニャ」
「うまく
「これで向こうの準備が整わないうちに、急襲できるニャ」
まずは思惑通り……しかしゼンザックは、まだ策が足りぬと感じていた。馬上に揺られながら、ゼンザックが思案する。
「先駆けを……騎兵部隊を出しましょう」
そうつぶやいてゼンザックは、さらに思案を重ねる。
「二千、いや千騎でいい。騎兵部隊は私がひきいます。ヘレスチップ様、後の軍団指揮を……」
「そんな。総指揮官は陣の最奥で指揮するものニャ」
「駄目なのです、私が陣頭に立たなければ。数で有利とは言え、この後にまだ三万の軍勢がひかえている……この戦い、圧倒的に勝たねばならぬのです。兵の士気を上げるには、私が陣頭に立つしか……」
「ゼンちゃん……」
「どうかなさいましたか?」
何ごとか言いよどんでいる様子のヘレスチップに、ゼンザックが問う。
「なんだか、ドーちゃんみたいなことを言うようになったな……って」
予想外の言葉に、ゼンザックが呆気にとられる。
「それは、最大の褒め言葉ですよ、ヘレスチップ様」
満面の笑みで応えると、ゼンザックは兵たちに向き直り号令する。
「第一騎兵大隊! 本隊を離れ先行する! 敵視認の後に突撃。敵陣を分断後、撹乱に努めよ!」
「ゼンちゃん。本隊は両翼を展開して敵陣を包囲……でいいかニャ?」
「よくお解りで。それからもう一つ……」
「なにかニャ?」
「包囲の東側は、少し空けてください」
「それじゃ、敵が逃げるニャ……」
「それで良いのです。逃げるに任せれば良い……。掃討戦など、やっている時間はないのですから」
「わかったニャよ」
ヘレスチップの言葉に満足気に頷くと、ゼンザックは
「騎兵たちに
準備が整ったことを見届けると、ゼンザックは声高らかに号令する。
「出るぞ! 敵はこちらの急襲を知らぬ。目にもの見せてやれ!!」
「応!!」
ゼンザックを先頭に千騎の騎兵が、黒騎士の軍勢を目指して駆け出していった。
◇
隊列の前方が騒がしい。後方に在る黒騎士の元にも、はるか前方からの怒号と悲鳴、戦いの気配が届いていた。
「何事か!」
もちろん、周囲に応えられる者などいない。
苛立ちを
「奇襲! 奇襲です! グルーモウンの騎兵約千騎! 先頭中央付近にて交戦中です!」
「千騎だと!? たった千騎で何をするつもりか!」
騎兵の急襲とはいえ、どう考えても多勢に無勢。一万の軍勢と千の騎兵では、勝負は見えている。敵本隊との接触は、まだ一時間以上も先のはずだ……本隊到着まで千騎ごときが持ちこたえられるはずもない。
苦し紛れの突撃か、せめて一矢報いようとでもいうのか……このような用兵しかできぬとは、やはりゼンザックという男を見誤っていたのかもしれぬ。
「陣を左右に展開! 敵はわずか千騎だ、包囲して叩き潰せ!」
方形に布陣し行軍していた一万の軍勢、その後方の部隊がゆっくりと左右に展開する。しかし黒騎士が読み違えたのは、ゼンザックたちの士気の高さ、そして急襲による自軍の混乱具合であった。展開した部隊が包囲するよりも速く、騎兵が中央の隊列を切り崩していく。さらには部隊を展開し隊列の厚みを減じたことで、中央突破を許す結果となってしまった。
「隊列突破されました! 背後から来ます!」
「ええい! 何をしておる! 後列、応戦しろ!」
ゼンザックたちは隊列を突破すると、そのまま
黒騎士からの指示が、すべて後手にまわる。わずか千騎の兵が、いまや完全に王国軍一万を
やがて王国軍の兵は、西より迫りくる大軍の姿を目の当たりにすることとなる……。
「前方、敵軍約二万! グルーモウン本隊です!」
「馬鹿な! 早すぎる!」
既に王国軍から目視できる距離に、砂塵を巻き上げながら進軍するグルーモウン本隊の姿があった。
黒騎士メラナイト・アルマンダインは、歯噛みして自問する。本来であれば一時間ほど後に接敵し、交戦して足留めしている間に南北からトパゾライトたち三万の兵が敵軍を包囲する手はずであった。そう、四万の兵で二万を取り囲み、殲滅する作戦だったのだ。なぜこうなった……。なぜ我が軍が包囲されようとしている……。
南北からの軍の到着には、まだ時間がかかる。二倍の兵力を相手に、それまで持ちこたえることができるのか……。既に自軍は、たった千騎の騎兵に
無理だ……。数々の戦場を駆け抜けてきた経験が、そう言っている。いくら否定しようとしても、自らの経験がそう結論づける。どこで読み間違えた……。どこから王道を外れてしまった……。
黒騎士は視界の隅に、緑髪の指揮官の姿をとらえる。ゼンザック・トライアンフ……総指揮官であるにも関わらず、先駆けを率いて切り込んでくるとはふざけたやつだ。あの男を甘く見たことが、そもそもの原因か……。
マイカゲインの駐屯地で、奴との立ち会いに不覚を取った。そして反乱軍の宣戦布告の添え物にされ、煮え湯を飲まされるような屈辱を味わった……奴だけは、ゼンザック・トライアンフだけは捨ててはおけぬ。なんとしても、あの青二才だけは……。
黒騎士は馬上でおもむろに
(つづく)
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