第30話 マイカ平原の戦いⅡ

 マイカゲインの東方四十キロの位置で、王国軍が布陣を終えようとしている。ゼンザック率いるグルーモウン軍は、マイカゲインを出立し王国軍まで二十キロの位置まで進軍していた。

 野営地で朝を迎えたゼンザックは、まだ朝もやに煙る地平の彼方を見やる。昇りゆく陽の光が眩しく、思わず目を細める。

 後一日行軍すれば、接敵する距離まで来ている。とはいえ、目視で望めばはるか平原の彼方……大軍が待ち構えている様子など、伺えるはずもない。

 情報では、王国軍の兵力は約一万。対して此方こちらの兵力は約二万……平原での戦いだ。兵の質にもよるが、数の多い軍の有利は揺るがない。

「ゼンちゃん、おはよ。相変わらず早いニャ……」

 天幕より這いでてきたヘレスチップが、まだ醒めきらぬ目をこすりながらゼンザックの隣に立つ。

「難しい顔をして、なにか気になることでもあるのかニャ?」

 大きく背伸びをしながら、欠伸混じりにヘレスチップがたずねる。

「二万の兵が向かっていることは、向こうも気づいているんですよね」

 陽の光の差す方角を見据えながら、ゼンザックがつぶやく。

「こっちの動きは、王国軍も把握してるはずニャ」

「二倍の兵が向かっていると知って、なぜ動きがないのでしょうか」

「増援の準備があるか、二倍の兵力差なら勝つ自信があるから……かニャ?」

 王国軍は、黒騎士メラナイト・アンドラダイトが率いているという。マイカゲインの駐屯地では戦わずして勝利をおさめたが、さすがに今回は楽に勝たせてはくれないだろう。黒騎士にとっては雪辱戦なのだ。駐屯地での汚名をそそぐべく、全力で向かってくるだろう。

「敵陣の動き、司令本部にきいてみるかニャ」

 そう言うとヘレスチップは、首から下げた小さな水晶玉に向かって話しかける。

「ローちゃん、ローちゃん、聞こえるかニャ?」

「あら、早くからどうしたの?」

 すぐさま、水晶玉からロードライトの声が響く。

「敵陣に、何か動きはあるかニャ?」

「変わらず、一万で布陣中よ?」

 黒騎士の戦い方は、王国騎士の大半がそうであるように、大をもって小を制する戦いのはずだ。策をろうさず、正面から圧倒的な戦力で叩きつぶす……言わば王者の戦いを好む。負けることが許されぬ初戦で、しかも自らの名誉挽回がかかったこの戦いで、小で大に挑む戦いを選ぶはずがない……ゼンザックはそう考えていた。

「ロードライト様、敵方の陣形は?」

横陣おうじんよ。セオリー通りの布陣ね」

「ますます、せませんね……」

 数の上での不利を知りながら、セオリー通りだというのは理解できない。もしも本当に二倍の兵力を打破しようとするならば、もっと攻撃に特化した、もしくは守備に特化した陣形をとって待ち構えるはずだ。

「索敵をお願いできませんか。ロードライト様」

「伏兵があると?」

「いえ、伏兵と言うよりも、同規模の別働隊があるのではないかと」

「それほどの数ならば、気づかないはずが……」

鷹の目ホーク・アイではなく、地上から転移の痕跡を探っていただけませんか。可能性があるとすれば、おそらく南北の森の中かと……」

 グルーモウン軍の索敵は主に、鷹の目ホーク・アイと呼ばれる呪文スペルで行われる。鷹を飛ばし、術者がその視界を得ることで上空から索敵を行う。空からの索敵を逃れるため、敵は森に潜んでいるとゼンザックは考えた。

「わかりました。索敵部隊を向かわせます。二時間待ちなさい」

 ロードライトとの念話を終えるとゼンザックは、行軍開始の準備をすすめる全軍に対して中止を指揮した。

「行軍中止! 方円にて布陣の後、そのまま待機!」

 ゼンザックの指揮を伝える伝令が、野営地を駆ける。

 別働隊の存在など、杞憂であってくれればよいが……ゼンザックはそう願いながら、日の昇る方角を見つめ続けていた。


     ◇


 朝を迎え、再び隊列を組みつつある王国軍。次第に整いつつある陣形の後方、本陣の中央に黒騎士メラナイト・アンドラダイトの姿があった。

 ヴォースからの兵の転送は、ほぼ終わろうとしている。三千キロ以上離れたこの地に三日で一万の兵を運び、そして戦闘態勢にまでもっていったのだ。天幕の外に立ち、再び整然と並びつつある隊列を眺め、メラナイトは満足げにうなづいた。

 聞けば反乱軍を率いているのは、あのゼンザック・トライアンフだという。奴と相まみえたのは、ほんの数日前の出来事だ。毒に侵された体とはいえ、一対一の立ち会いで不覚を取ってしまった。いまだ乾ききらぬ首筋の傷に、メラナイトの右手が触れる。

 立ち会いで負け、駐屯地の兵は捕縛され、全員が生かされたままヴォースへと送られた。そして、反乱軍の宣戦布告の添え物にされたのだ。このような屈辱があるだろうか……。生き恥をさらすとは、まさにこのことだ。

 討伐軍とうばつぐんの指揮を任せられたことは、まさに僥倖ぎょうこうであった。ありえぬ醜態しゅうたいをさらしてしまったこの身に、国王陛下は名誉挽回の機会を与えてくださったのだ。この温情に報いなくてはならない……この戦い、負けるわ訳にはいかぬ。

 此度こたびの討伐には、実弟である金獅子トパゾライト・アンドラダイトと、参謀として教皇庁のインディゴという得体のしれぬ男も加わっている。騎士の戦いに教皇庁がしゃしゃり出てくるとは口惜しい限りだが、教皇庁も面子を潰されているのだ。参謀くらいは加えてやらねば顔が立たぬであろう。

 しかし、面白くないのは、インディゴが小賢しい策を講じようとしていることだ。反乱軍など、圧倒的戦力で正面から叩き潰してやればよいのだ。兵を隠して敵をおびき出すなど、騎士の戦い方ではない……。

「報告です!」

 伝令が、メラナイトの元へと駆け寄る。

「反乱軍二万、西方二〇キロの地点で布陣!」

「なに! 行軍せずに布陣しているというのか!?」

 気づかれたか……メラナイトはそう思った。だがすぐに、その思いを否定した。ここまで周到に準備を進めてきたのだ。気づかれるはずがない。だが、警戒していることだけは確かだ。

 二倍の兵力差に喜々として攻め込んでくるであろうと考えていたが、なかなかどうして、目端めはしが利いている。メラナイトは、ゼンザックに対する評価を改めた。

「逃げ帰ったのではなく、布陣しておるのだな?」

「その通りです!」

「ならば良い。引き続き監視をおこたらぬよう伝えよ」

「はっ!」

 さて、敵が動かぬのであれば、此方こちらから動いてみせようか。討伐軍の全容を知らしめるべく、王者のごとく進軍してみせよう。

「あの青二才、こちらの兵力を知って腰を抜かさねば良いがな」

 そうつぶやいて失笑を漏らしたかと思うと、メラナイトは突如として豪快に笑い出した。王国軍の本陣に、メラナイトの高笑いが響き渡っていった。


(つづく)

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