第29話 マイカ平原の戦いⅠ
北海に面し、豊かな緑に囲まれた都市グルーモウン。王国西部最大のこの都市は古くから魔導の都として栄え、
かつてこの地はグルーモウン公国と称し、魔導に根ざした独立国家であった。十年戦争では周辺国と共に魔導連合をなし、ビットレイニアを中心とする騎士連合にいどんだ。戦いに敗れた後ビットレイニアに併合されるも独立自治を求める声は根強く、それゆえに王国も有事に備えてグルーモウンに程近いマイカゲインの街に一千人の兵を駐屯させていた。その駐屯兵も先日、
「やっぱり、取り戻しに来るみたいねぇ……マイカゲイン」
グルーモウン城にある大評議場、演説台に置いた水晶玉へ術式を施しながらロードライト・アルマンダインがつぶやく。
「そりゃ来るニャ。面子を潰されたまま黙ってるような相手なら、苦労はしないニャ」
ロードライトの作業を見守りながら、ヘレスチップが応える。
「派手に宣戦布告してしまいましたしね」
ゼンザックが微笑みをたたえながら、ことの成り行きを見守っている。
評議場には五百の議席が在り、ロードライトが居る演説台を囲むように扇形に配されている。戦時においては評議場に、司令本部を置くのが習わしだ。ロードライトたち三人は、司令本部設置に先立ち投影術式の試用を行っている。
「できそうかニャ?」
「術式は入れ終わったわよ。後は発動させるだけで良いのよね?」
「後の大理石の壁に映すと良いニャ」
コクリとうなづいてロードライトが手をかざすと、水晶玉が光を放つ。やがて一方向に集約された光の束が、演説台後方の壁に像を結ぶ。映し出されたのは、マイカゲイン周辺の地図、そして地図上に描かれた陣形を示す図形だった。
「巧くいったニャ!」
「すごいわね。これがあれば、みんなで水晶玉を覗き込む必要がなくなるわ」
「発想の転換ニャよ。小さくて見づらいのならば、大きく映してやればいいだけニャ」
ヴォースでの宣戦布告の際、ヘレスチップの発案で霧に像を映した。ロードライトがやけに投影の方法を知りたがっていたが、司令本部で使いたかったようだ。
「戦況報告が入るたびに更新すれば、戦術も立てやすくなるわね」
ロードライトが水晶玉の側方に手をかざすたび、地図上に描かれた陣形が様子を変える。
「テーブルに地図を広げるのもいいけど、こっちの方が場所も取らないし大勢で見ることができるニャ」
「こんな使い方を、よく思いついたものね」
「えへへ。もっと
そう言って照れ隠しに頭をかくヘレスチップをよそに、ロードライトは「さて……」と言いながら胸の前で手を打ち鳴らす。
「このまま三人で、軍議にしましょうか」
とつぜん会話の
「ビットレイニアの総戦力はおよそ百万、対してウチは十万ちょっと……。
「連合は組まないのかニャ?」
不機嫌な
「すでに旧連合国には、
「なぜ組まないのですか?」
「だって、面倒なんですもの……。外交って、ほんと面倒……」
心の底から嫌そうな表情を浮かべるロードライトを見て、ゼンザックはそれ以上の詮索することをやめた。
「大丈夫よ。数が多ければ良いってものでもないでしょ? 王政と教皇庁さえ倒せば良いんだから……正面からぶつかるばかりが戦争じゃないわ」
薔薇色の長髪を揺らしながら、ロードライトが水晶玉に手をかざして映像を変える。壁面にはマイカゲインの街を中心に、マイカ平原の地図が映し出される。平原の東側には
「敵はヴォースに集めた兵を、
マイカゲインの東側の平原に、敵陣を示す図形が描かれる。
「一万とはまた、大層な数を送り込んできますね……」
「うちは、マイカゲインに駐屯させた兵から、二万を出すわ」
マイカゲインと敵陣の間に、自陣の図形が描かれる。図形の大きさは兵力を表し、敵陣の二倍の大きさに描かれた。
「これだけ兵力差があれば、まず負けないでしょ。頼んだわよ、ゼンザック」
「え?」
「え、じゃないわよ。初戦の指揮官、頼んだわよ」
「私が……ですか!?」
驚きに目を白黒させるゼンザックを、小首をかしげてロードライトが見やる。
「あなた、戦いから身を引くの嫌だって言ったじゃない? だったら、目立つところで活躍してもらう方がいいかな……って」
「私などに、務まるのでしょうか……」
「大丈夫よ。あなた、そこそこ
「ニャ!?」
今度はヘレスチップが、驚いてロードライトを見上げる。
「ヘレス、念話は受けられるわよね?」
「もちろんニャ」
「ゼンザック。戦況と司令は、
「わかりました。最善をつくします」
「二万の
「
「
「ドーちゃんは味方の被害を、極端に嫌ってたからニャ」
十年戦争の頃に連合の
「そうよね。それがあの子の優しいところでもあり、敵方にとってみれば無慈悲なところでもああるわね。もちろん、それが悪いって意味じゃないわ。やり方が違うっていうだけよ。誰もが、あの子のようにできる訳じゃないし……」
自らの弟子であるドーのことを嬉しげに語るロードライトを見て、ゼンザックはその想いの深さを知った。ロードライトだけではない。この街の誰もが、ドーのことを誇らしげに語る。そして、もう一度ともに戦いたかったと
ヴォースでドーが散ったとの知らせに、グルーモウン全体が一年の喪に服した。そして喪があけると同時に、王国に対して宣戦布告した。
後は戦い、そして勝つだけだ。
だが勝利は遥か遠くにあるかのように、ゼンザックには感じられた。ドーが十年かけても成し得なかったことだ。ドーがいない今、自分たちだけで成し遂げることができるのだろうか……心の中を、かすかな不安がよぎる。
「また、難しく考えてるでしょ……」
ロードライトの指先が、ゼンザックの左頬を突く。
「大丈夫よ。皆がついてるんだから。あなた一人じゃないわ」
頬を突く指先が、グリグリと押し付けられる。
「ヘレスちんもついてるニャ!!」
ゼンザックに飛びついたヘレスチップが背中にしがみつき、右頬を突いて指先をグリグリと押し付ける。
「ふぁ、ふぁい。たよりに、してまふ……」
両の頬を突かれ、ゼンザックは満足にしゃべれなくなっていた。
「でもね……」
向き直ったロードライトが、両手をゼンザックの頬に添えて真剣な眼差しを向ける。
「派手に宣戦したんだからね。負けちゃだめよ?」
そう言って、薔薇色の長髪を揺らしながら破顔して小首をかしげる。
「そうにゃ! 負けちゃだめニャ!」
ゼンザックの背にしがみついたまま、ヘレスチップが声をあげる。
グルーモウンを代表する二人の
(つづく)
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