第28話 宣戦布告Ⅳ

 荒涼とした大地に、騎士たちの足音が響く。

 かつてヴォースと呼ばれたこの地を、騎兵に導かれた王国騎士たちが行進する。砂塵さじんを巻き上げながら、一糸乱いっしみだれぬ隊列を組んで荒野を征く。

 ヴォース爆心地より一キロメートルの地点、巨大なクレーターを避けるようにして観覧席が設けられていた。闘技場の客席さながらに配された階段状の座席には、すでに一千人の来賓らいひんが座して行進を観覧かんらんしている。

 騎士の隊列の向こう側には、地平の彼方まで埋め尽くさんがばかりの兵士たちが、規律正しく整列している。王国騎士団をはじめとする正規兵はもとより、諸侯が供出する兵や、義勇兵、傭兵までも、集められるだけの兵をこの地に集めた。その数およそ五十万人……王国の保有する総兵力の約半数である。総兵力百万人という数は、多方面の戦場を維持できることを意味する。諸外国から見てもこの数は、脅威と映るだろう。

 観覧席の脇に控えるインディゴのもとへ、荒野を渡る風が騎士の巻き上げる砂塵さじんを運んでくる。ぎなれたなつかしき匂いではあったが、インディゴはそれを不快に感じた。

 永きに渡り此処ここヴォースの地に、暗殺者アサシンギルドのマスターとして住まわっていた。だが、かつての仲間たちも、その家族も、そして街そのものさえも、インディゴの裏切りにより影も残さずに消えた。いや正確には、インディゴのせいではない。教皇庁のくわだてによって、街は消滅したのだから。

 しかし結果的にとは言え、その企みを助けたのは自分なのだ……そう考えてインディゴは、仲間とその家族を殺したのは自分だと胸に刻んでいる。一生背負っていくべきとがなのだと、心に刻んでいる。

「クシードの奴、やっぱりサボりやがったか……」

 インディゴの口から、思わず愚痴がこぼれる。進行の補助をさせようと思っていたが、予定の時刻を過ぎても姿を現すことはなかった。

 騎士団の行進が予定通り進行していることを確認しながら、昨日クシードが言っていた言葉を思い出す。茶番に付き合う気はない……確かそんな事を言っていた。茶番とはよく言ったものだ。慰霊式典とは、確かに名ばかり。これではまるで、観兵式かんぺいしきだ。自らの仕込みとは言え、インディゴは思わず自嘲してしまう。

 間もなく、王国騎士団の行進が終わる。次は教皇庁遠征軍の行進が続き、さらに教皇庁僧兵団の行進へと続く。僧兵団は元より少数精鋭であったが、三百人の僧兵モンクのうち五十人は一年前のヴォースで行方不明となり、その数をさらに減らしている。そして団長のバフガー・スターネスもまた、行方不明のままだ。

 インディゴは観覧席の面々を見やる。観覧席の中心、ひときわ高い位置に国王ホーマック・ノウレッジ、そして王妃ハニブ・ノウレッジの姿がある。国王から少し離れた席には、教皇スリーク・クラウンと枢機卿たちの姿がある。一段下がり、枢密院を構成する貴族、地方を治める侯爵、教皇庁の高僧たちの席があり、さらにその下には行政官や議員たちの席がある。そして、国外からの来賓も多い。

 観兵かんぺいの後、国王が二千人の犠牲者に対して哀悼の意を表することになっている。その後に教皇が、ドー・グローリーの大罪を告発する手はずだ。二千もの無垢の民の命を奪い去った、魔導師メイジなどという存在は看過できぬと……ひいては、多数の魔導師メイジを保有し、かつて魔導連合の中心となった魔導師メイジギルドは、危険きわまりない存在であると。この危険を排除するためには、武力行使もやむなし……言外にその意をにじませながら国内外の世論を形成し、機が熟せば正義の名の下の出兵する……教皇はそのように考えている。

 気になるのは、グルーモウンからの来賓の姿が見えないことだ。さすがに兵の供出は命じなかったが、式典への参加要請は行った。魔導メイジギルドと猟兵レンジャーギルドをたばねるロードライトの姿はもちろん、グルーモウン侯爵の姿も見えない。式典の趣旨を読まれたか……はたまた別の意志が働いているのか……ロードライトという女は、何を考えているのやら掴みどころがなく、やりにくい。

 ドーがギルドマスターをやっていた頃は、今よりもぎょしやすかった。アイツの考えは、まだ読める。だが、ロードライトは読めぬ。意図してあの様に、のらりくらりと振る舞っているのであれば大したものだ。意図していないのであれば……いや、いずれにしてもやりにくい相手であることに、変わりはない。


 僧兵団の行進も終わりに差し掛かった頃、辺りにきりが立ち込め始める。荒野で霧など、あり得ないことだ……インディゴは警戒を強める。

「魔導の霧……魔導師メイジギルドか」

 インディゴが周囲を伺うが、もちろん術者の居場所など知れるはずもない。

 やがて一帯を、数メートル先すら見通せないほどの濃霧がおおう。先程まで照りつけていた太陽も霧にさえぎられ、まるで雨中うちゅうにあるかのような薄闇が訪れた。一千人の来賓が、そして規律正しく整列する兵ですら、不安を感じて騒ぎ始めている。

「不味いぞ。この視界でパニックでも起こされたら、手がつけられん……」

 そうつぶやいて、インディゴが舌を鳴らす。

「あれを見ろ!」

 来賓の一人が叫んだ。とは言うものの、霧が濃く何処どこを見ればよいのかわからない。皆が辺りを見回す気配だけが伝わってくる。

 観覧席の中央付近、先程まで兵たちが行進を行っていたあたりの上空に、何やら人影のような物が映っていた。影の大きさは三メートル程もあるだろうか……いや、影と呼ぶのは正確ではない。霧の中に人の像を結んでいる。

「や! すごーい! 本当に映ってるよ!」

 霧の中の像が、はしゃいだ声を上げる。

「ねぇ、これ、どうやってんの? え、後で教える? 絶対よ? 約束だからね!」

 あの姿には見憶えがある……。あの声には聞き憶えがある……。あれは魔導師メイジギルドのマスター、ロードライト・アルマンダインだ。

「え、なに? 拡声術式もう動いてるって? すぐに始めろ? ……わかったわよ」

 薔薇色の長髪を揺らしながら、霧の中のロードライトがはしゃぐ。

「やっほー。国王陛下、見てらっしゃるかな? ロードライトだよ!」

 脳天気に両手を振るロードライトの姿が、次第に鮮明に像を結び始める。

「ごめんなさい。つい、浮かれてしまいました……」

 そう言ってロードライトは、握りこぶしで自らのこめかみを軽く小突こづき、小さく舌を出した。

「改めまして、魔導師メイジギルドのマスター、ロードライト・アルマンダインです。今日はビットレイニアの偉い方や、諸外国のお客様がたくさん来られているそうなので、この機会にお知らせしたいことがあり、やってまいりました」

 霧の中を、慌ただしく駆け回る気配がある。おそらく警備にあたっている兵が、ロードライトを探しているのだろう。この霧では無理だ……闇雲に探し回っても、見つかるわけがない。

「お知らせのひとつめです。マイカゲインの駐屯兵三百名を、捕縛しました。つれて来ていますので、引き取ってください。百人づつ、三回で運びました。 え? 余計なことは言わなくていい? わ、わかってるわよ……。宣戦前の奇襲は卑怯だなんて、言わないでくださいね。貴方あなたたちの騎士道精神なんて、知ったことではありませんから……」

 時折、ロードライトに指示を出している声……あれは、ゼンザックとヘレスチップではないのか? 生き残ってグルーモウンに渡ったか……。であれば、最近のグルーモウンの動きにも合点がいく。

「お知らせのふたつめです。これは、諸外国の皆さんへのお願い……というか警告です。これからビットレイニア王国は、戦争状態となります。だからといって、この機に乗じて攻め込んできたりしないでください。たった一人の魔導師メイジがどれだけの事を成すのか、この地での出来事を思い出してください。もしも横槍を入れれば、徹底的に報復しますのでそのおつもりで……」

 何処どこだ……おそらくそう遠くないところで、このふざけた演説をしているはずだ。そしてその像を写し取り、霧へ投影しているはず。魔導の気配をたどれば行き着くはずなのだが、残念ながら魔法の霧にはばまれマナの流れを感じることはできなかった。

「さて、最期のお知らせです。順番が逆になってしまいましたから、もうおわかりでしょう。我々は、ビットレイニア王国に対して宣戦いたします。王政と教皇庁の蛮行ばんこうは、これ以上見逃すことができません。叩き潰してやるから、首洗って待ってろ……ってことです」

 そこまで言うとロードライトは、大きく一つため息をついて小首をかしげる。薔薇色のストレートヘアが、肩からサラリと流れた。

「宣戦布告なんてね、こんなもんで良いと思うのよね……ワタシは。でもね、ギルドの皆が真面目な布告を期待しちゃってるからさ……少しだけ頑張るね。ちょっとだけ待ってね」

 ロードライトは大きく息を吸い込むと、そっとまぶたを閉じた。そしてゆっくりと息を吐ききると、おもむろにその眼を開ける。

 そこには、先程まであったふざけた感じも、とぼけた調子も消えていた。強大な組織を束ねる、為政者としての顔がそこにあった。


      ◇


 ビットレイニア王国の治世に危機をいだく者として、そして、かつて魔導連合を率いたドー・グローリーの意思を継ぐ者として、ビットレイニア王国とその国民に示す。


 我々、魔導師メイジギルド、猟兵レンジャーギルドは此処ここに、グルーモウンの独立自治をせんするとともに、ビットレイニア王政ならびに教皇庁に対してたたかいせんす。


 十年戦争終結後、血の粛清によって打ち立てられた政治体制は決して正当であるとは言えず、不当な体制により敷かれる施政もまた目に余る蛮行であると断ずるほかない。

 街は荒れ、民は飢え、不満はいたる所で萌芽ほうがしている。しかしこの十三年間、王政は民の声に応えただろうか。民の処遇しょぐうは、改善されたであろうか。

 いな

 答は否である。民の希望は、力によって握りつぶされている。血の粛清は、いまだ続いているのだ。


 そして一年前、ヴォースで行われた二千人の虐殺行為ぎゃくさつこういに関し、その原因は教皇庁にあることを此処ここに告発する。

 ドー・グローリーが犯した大罪であるとされているが、彼の者には二千の命を奪う理由がない。ドー・グローリーは、二千の命を奪わざるを得ない状況に追い込まれたのである。そう、教皇庁によって。


 一年前、教皇庁はこの地に、奈落アバドン顕現けんげんさせた。奈落アバドンは現世を侵食する。放っておけば、ビットレイニアのみならず、すべての国が地獄に飲み込まれたはずだ。

 その侵食を止めたのが、ドー・グローリーなのだ。世界を救ったの者に、大罪人の汚名を着せるなど言語道断ごんごどうだん。たとえ二千人の犠牲をともなったとしても、世界を救った英雄を犯罪人におとしめる理由にはならない。


 断ぜられるべきは王政、そして教皇庁である。

 おぞましきくわだてをいだく、危険きわまりない王政を打倒することを、我々は此処ここに誓う。

 こころざしある者は、グルーモウンへ集え。我々は、種族、身分、職業によって選することなく、広く門戸を開いている。


 今日こんにちまで平和的な交渉による解決を試みてきたが、今となっては武力による解決を選ぶよりほかがない。速やかに恒久的な平和を回復し、千年王国たるビットレイニアの栄光を確たるものとせんことを期する。


      ◇


 やられた……インディゴは素直に、そう思った。

 五十万の大軍を意にも介さず、宣戦布告されたのではたまったものではない。諸外国の来賓の前でこれをやられたのでは、王国の面子めんつは丸つぶれだ。

 国内外に向けた国威発揚こくいはつようを、完全に逆手に取られてしまった。そして、その地をヴォースとしたことすら、良いように利用されてしまった……。

 教皇のくやしがる顔が、目に浮かぶようだった。あの猛々しい国王も、もしかしたら歯噛みして悔しがっているかも知れない。濃霧によってその姿が見えないことは、せめてもの救いか……。

 いつしか霧の中の像は消え、霧も少しづつ晴れ始めている。

 ふと、インディゴは思いつく。

「そうか、クレーターの底か……」

 確証があった訳ではない。何かに感づいた訳でもない。自分がゼンザックであれば、何処どこに潜むか……そう考えて思いついた。

 観覧席の裏側の崖を、クレーターの底を目指して駆け下りる。どこまでも続くすり鉢のような坂道を、その中心を目指して走った。

 インディゴが考えた通り、そこには捕縛された三百人の騎士たちの姿があった。そして、転移ゲートの光の中へと入ろうとする、ゼンザック、ヘレスチップ、ロードライトの姿があった。

「よぉ、ゼンザック。久しぶりだな……」

 呼び止めるインディゴの声に、驚いた表情で三人が振りかえる。

「どうして此処ここがわかったのですか」

かんだよ、勘……」

 そう言ってインディゴは、懐から煙草を取り出して火を点ける。

「負けたよ……完敗だ。だがな、次はこうはいかんぞ。覚悟しとけ」

 インディゴの言葉に、ゼンザックが思わず笑みをこぼす。

「マスターの負け惜しみなんて、初めて聞きましたよ」

「お前まだ、俺をマスターと呼んでくれるんだな……」

「私の師匠であることに、変わりはありませんよ」

 ロードライトに促され、ゼンザックが光の柱へと向き直る。

「もう行きます。次も負けませんから」

「言うようになった……」

 光の中に消える三人を見送り、その場に座り込んで大きく煙草を吸い込む。

「明日から、大変だぞ……こりゃ……」

 溜息とともにインディゴが吐き出した白い煙は、いまだ周囲に残る霧と混ざり合ってヴォースの空へ消えていった。


(つづく)

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