第10話 僧兵団の強襲Ⅱ

 木々の間に、夕日が隠れゆく。長く伸びていた影は、薄暮はくぼの薄闇へと同化していく。昼間は襟元を緩めるほどの陽気であったが、夕刻になり急に冷え込んだ。吐く息が、かすかに白い。

 ウェイの森を、五十余名の僧兵モンクが取り囲んでいた。

 森の南側には、バフガーとクシードの姿がある。そして第一分隊、第二分隊の僧兵モンクが、数十メートルの間隔を空けて横一列に整列している。

 森の北側、西側、東側にも、それぞれ一分隊づつが配されている。どの分隊も同様に間隔を空け、横一列に整列していた。探索に備えた隊列である。

「結界、破れるのか?」

「……当然」

 バフガーの問に、クシードがわずらわしげにこたえる。

 破れるのかと問うてはみたものの、バフガーには結界の存在自体がわからなかった。森全体に結界がはられ、隠れ家が護られているのだそうだ。結界があるせいで森に入ろうという気が起こらず、目的あって足を踏み入れたとしても方向感覚に狂いが生じ、決して隠れ家にたどり着けないようになっているらしい。

 日はすっかり木々の向こう側に隠れ、そろそろ地平に沈む頃合いだ。

「日没だ。始めろ」

 バフガーが、クシードへと告げる。

 結界を破ると同時に信号煙火で合図をおくり、四方から森の中心に向かって探索を開始する手はずだ。隠れ家を見つけた者が合図を送り、部隊集結と同時に包囲、強襲する。

「結界を破ったことは術者に知れるから、探索は急いでね」

 クシードの忠告に、バフガーが「解っておるわ」と忌々しげに吐きすてる。

 バフガーの言葉に大きく肩をすくめてみせた後、クシードは両手を合わせて腕を伸ばす。同時に大気に満ちるマナが、術者に向かって渦を巻く。バフガーの目にも、マナの集まりが早いと見て取れた。

 許容量を超えるマナを流し込み、結界をオーバーフローさせるのだという。果たして、そううまく破れるものなのか……。

「破った。行っていいよ」

「も、もうか!?」

 あまりの早さに、そしてあっけのなさに、バフガーは拍子ぬけしてしまった。

「どうしたの? 早くしないと逃げられるよ?」

「お、おう。合図だ! 合図を上げろ!」

 一人の僧兵モンクがこたえて、足元の打上筒に火を投じる。しばらくすると火薬玉が打ち上がり、夕闇に染まりつつある宙へ昇り破裂音をひびかせた。

 信号煙火の合図と同時に、一斉に僧兵モンクが森へと駆けこむ。

「では、外周の護りは任せたぞ!」

「はいはい。わかってますよ」

 クシードのこたえを待たずして、バフガーは分隊を追って森へと入る。

「待ってろ、炎帝! 今度こそ捕らえてやる!」

 バフガーの心の内に、熱い闘志が燃え上がっていた。


      ◇


 薄暮の空に鳴り響いた破裂音は、夕食の準備をしているゼンザックの耳にも届いていた。何事かと様子をうかがっていると、ドーの叫び声が聞こえた。

「結界が破られたぞ!」

 大股で歩く鈍い足音が庵に響く。ドーが広間へ向かっているようだ。広間でくつろいでいたヘレスチップと、先んじて広間に入ったゼンザックが、ドーの到着をまつ。

僧兵モンクの脚なら、十分で到達するぞ!」

 そう言いながら広間の扉を開け放つドーの姿は、なんと全裸であった。

 ぬれそぼつ白金プラチナ・ブロンドの長髪を褐色の肌にまとわりつかせ、肢体したいから湯を滴らせての登場である。

「ドーちゃん、なんで裸ニャ……」

 呆気にとられたヘレスチップが、そう言って溜息をつく。

湯浴ゆあみをしておったのだから、仕方がなかろう」

 両手を腰に当て、ドーがヘレスチップを見おろす。

「十分も時間があるのでしたら、服を着ては如何ですか?」

 ドーから目をそらしつつ、ゼンザックがタオルを投げてよこす。

「そうだな。そうするか……」

 タオルを受け取り、ドーは脱衣場へときびすを返す。

「その間に、迎撃の準備を整えておきます」

「いや、待て……」

 ドーが髪を拭きながら、森に入り込んだ者の気配を読む。

「数が多い。十や二十ではないぞ……」

「やれやれ。面倒ですね」

「あまり大きな呪文スペルも使えぬしな……」

 しばしの思案の後、ドーは意を決する。

「ヘレス、自分の荷物をまとめて地下で待て」

「わかったニャ」

「準備が必要だ。ゼンザック、手伝え」

「かしこまりました」

 庵の三人は、二手に分かれ対応に追われた。


     ◇


 前方で、信号煙火の炸裂音が響く。バフガーが音の方を見遣れば、火花が爆ぜた跡に白い煙が立ち昇っていた。

「あの下か……」

 隠れ家発見の合図だ。森のほぼ中央、あの煙の下に隠れ家が在る。ついに見つけたのだ。炎帝捕縛の期待に、思わず胸が高なる。

 バフガーが駆けつけたときには、すでに隠れ家の包囲が終わろうとしていた。三十余人の僧兵モンクが円をえがき、建物を取り囲む。第一分隊の十人は囲みの外に整列してひかえ、第二分隊の十人は、正面玄関と裏口に分かれて突入の準備を整えていた。

「逃げられてはおらんだろうな」

「はっ! 中に人の気配があります。我々の到着以後、人の出入りはありません」

「突入の準備は?」

「完了しております!」

「よーし、いいだろう……」

 ついにこの瞬間がやって来たのだ。バフガーの胸に、万感の思いが湧きあがる。

「突入だ! 炎帝を捕らえろ!!」

 バフガーの号令を合図に、十人の僧兵モンクが隠れ家へとなだれ込む。ドアを蹴やぶり、次々に建物の中へと駆けこんでいく。囲みの外で状況を見守るバフガーの元へ、一階に踏み込んだ者たちの足音が響く。続いて二階からも、足音が響きはじめる。

 しばらくして、僧兵モンクたちの足音がやんだ。一人の僧兵モンクが玄関から駆け寄り、バフガーに告げる。

「報告します! 建物の中には、誰もおりません。もぬけからです!」

「馬鹿な! そんな訳があるか!」

 足を踏みならし、バフガーが怒声をあげる。

「どこかに潜んで、反撃の機会をうかがっているはずだ! 探せ!」

「はっ!」

「隠し部屋がないか調べろ! 屋根裏部屋や、地下室があるはずだ!」

「はっ!」

 返事をした僧兵モンクが、再び建物の中へと駆けこむ。

「第一分隊、お前たちも行け! 虱潰しらみつぶしに調べろ!」

 号令を受け、十人の僧兵モンクが建物の中へと駆け込んでいく。

「おのれ炎帝。身を隠すとはひきょうな……」

 バフガーが、ギリギリと歯がみをする。あと一歩、あと一歩で炎帝を捕らえられるのだ。何としても、炎帝を見つけ出す。

「第三分隊! 火の準備だ!」

 バフガーの指示に、僧兵モンクたちが松明たいまつと油の準備を進める。

「待ってろ炎帝。すぐにいぶり出してやる……」

 口の端をゆがめて、バフガーがつぶやいた。


(つづく)

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