第09話 僧兵団の強襲Ⅰ

 ウェイの教会は、街外れの小高い丘にある。

 かつては眼下に広大な牧草地が広がり、風光明媚ふうこうめいびな教会として知られていた。しかし今となっては腐泥ふでいに満たされた湿地帯を望むばかりで、緑に満ちた景観など見る影もない。風向きの悪い日には、沼からの腐臭が教会まで届くこともある。

 教会の礼拝堂と併設された客間は、その全てを一月前から中央教会の僧兵モンクたちが使用していた。教皇より、ドー捕縛の命を受けた遠征団である。この教会を拠点に、遠征団はドーの捜索を続けていた。

 そして今、教会の食堂には団長バフガー・スターネスと団員の姿があった。頭から何枚もの毛布を被り、バフガーは暖炉の前に陣取って寒さに身を震わせている。炎帝捕縛の任にあたった他の団員たちも、バフガーを取り囲むように暖炉の前に集まり寒さに震えていた。また、任にあたらなかった者も食堂に会し、総勢五十名程の僧兵モンクが集っていた。

「もっと、まきをくべんか!」

 命じられた部下が、暖炉へ次々と薪を投げ入れる。帰還してから暖を取り続けているが、一向に体が温まる気配がない。

 先程まで、氷点下五十度を超える冷気に身をさらし続けていたのだ。しかも、動けば無数の氷の刃と、さらなる冷気がおそいかかる恐怖におびえながらである。

 ドーの放った金剛細氷刃ダイヤモンド・ダストは精霊王クラーケンの履行であったため、術の解除に手間取ってしまった。兵僧モンク僧侶プリーストと同様に、天使との盟約により術を発現する。しかし使用頻度の低さから、兵僧モンクに高位の天使と盟約を果たしている者は居ない。よって、十人を超える兵僧モンクをもってしても、精霊王が履行する術の解除には至らなかった。

 結局は同行していたクシードが、術の履行を止めた。しかも、こともなげに解呪デスペルしてみせた。

「貴様に助けられるとはな……忌々いまいましい」

 バフガーが、背後に座るクシードを見やる。行儀悪くもテーブルに腰を下ろして、脚をぶらつかせている。

「僕には、貴方たちを助ける義理はないんだけどね。全滅されても面倒だしさ……」

 あどけなさが残るクシードの横顔が、意地の悪い笑みにゆがむ。

「……仕方なく助けてあげたんだよ?」

「くっ!」

 悔しさに、バフガーが歯がみをする。

 しかしクシードの言う通り、あのままでは全滅していた。クシードが居たからこそ全滅をまぬがれ、全員が生還できたのだ。不用意に凍りついてしまった団員ですら、手早く教会の僧侶プリーストに引き継ぐことが出来たため、蘇生リザレクション呪文スペルによって生還した。

 今回の遠征にクシードが同行しているのは、教皇の命によるものだ。なにゆえ教皇は、このエルフの小僧を同行させるのか……バフガーは自分が軽く見られているように感じて面白くなかった。

 そもそも炎帝ドー・グローリーと並んで、十年戦争の戦犯とも呼べる存在ではないか。さらに言うなら、『青き死霊術士ネクロマンサー』として同盟軍から忌み嫌われてきた存在だ。此奴こやつが繰り出す不死者アンデッド兵や骸骨兵スケルトンには、何度煮え湯を飲まされたことか。この地で一万の軍勢を腐海に沈めたのも、此奴ではなかったか……。

 何故なにゆえ教皇は、この小僧を味方として扱うのか……バフガーには、理解ができなかった。行動をともにする今となっても、戦犯として極刑に処するのが妥当であると考えている。


「団長、此処ここでしたか!」

 二人の僧兵モンクが、バフガー達が暖をとる食堂へと駆けこむ。炎帝を尾行し、隠れ家を探るように命じておいた二人だ。街での捕縛に失敗した際の保険として、三組を街の出口に配しておいた。そのうちの一組が今、帰ってきたのである。

「首尾はどうだ。隠れ家の場所はわかったか?」

 毛布に包まったま、バフガーの瞳が期待に輝く。

「それが、森の入口までは尾行できたのですが、森に入った途端に見うしないまして……」

 大きな溜息とともに、バフガーの表情が見る見るうちに曇っていく。

「それどころか森の中で迷いに迷って、やっとの思いで帰り着いた次第で……」

 バフガーの表情をうかがい見ながら、僧兵モンクの一人が報告を続ける。

「それ、きっと、結界だよ」

 退屈そうに前髪をいじりながら、クシードが口をはさむ。

「結界だと!? また面倒なものを……」

 心底わずらわしそうに、バフガーが吐きすてる。

「べつに面倒じゃないよ。それにね、結界をはってるってことは、隠れ家はその中さ。場所を教えてるようなものだよ」

「隠れ家は森の中か。となれば問題は、結界をどうするかだが……」

 バフガーが、クシードをチラリと見やる。

「はいはい、やりますよ。僕が破ればいいんでしょ?」

 両手を広げて、クシードが大げさに肩をすくめてみせる。

 クシードの力を借りるのはしゃくだが、そうも言ってはいられない。魔導に関してはこの中の誰よりも、此奴こやつけているのだから。

「第二分隊は、結界が破れ次第、隠れ家を特定して強襲。第一分隊は、俺と共に隠れ家の包囲にまわれ。蟻一匹も逃すな!」

 森の中にあるとわかっているのだから、結界さえなければ隠れ家などすぐに知れよう。あとは火でもかけていぶり出し、出てきたところを捕縛すれば良いだけのことだ。

「クシード、結界を破った後は、森の外周の包囲を任せる。第三分隊と第四分隊を連れて行け」

「包囲はするけど、人はいらない。僕一人で十分なの、知ってるでしょ?」

 鈍重な不死者アンデッドなどいくら配したところで、捕縛の役に立つものか……そう思ったが、口には出さずにおいた。我々が強襲して炎帝を捕縛してしまえば、此奴こやつの世話になどならなくてすむのだから……。

 先ほどまで寒さがバフガーの身を震わせていたが、今や武者震いが取って代わっていた。毛布を床に残し、バフガーがその場に立つ。

 団長の起立に合わせて、全ての団員が立ち上がる。バフガーのたかぶりは全ての団員に伝播し、五十余名の僧兵モンクが「炎帝を捕らえろ!」と気炎をはく。

「聞け! 明日、日没と同時に作戦を決行する! 目的は炎帝ドー・グローリーの捕縛! 生死は問わぬ! 邪魔者は排除してかまわん! 各自、明日にそなえよ!」

「応!!」

 僧兵モンクたちの士気の高まりを横目に、クシードだけが冷めた目で窓の外を見つめていた。 


(つづく)

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