第11話 僧兵団の強襲Ⅲ

 ドーの庵は、二十メートル程の切り立つ崖を背に建てられている。

 崖の上、庵を見下ろす位置に、ドー、ゼンザック、ヘレスチップの姿があった。東に昇り始めた満月の明かりをさけるようにして、木々の隙間に潜んでいる。

「ヘレスちん、テレポ酔いで気持ち悪いニャ……」

 ヘレスチップが、口元を押さえる。

「おまえは昔から、移動系の呪文スペルに弱いな」

「逆にみんな、どうして平気なのか不思議ニャ……」

 そう言うと、ヘレスチップは茂みの中へとしゃがみ込んでしまった。

 庵の地下に描かれた魔法陣を使い、僧兵モンク突入の直前にこの場へ逃れてきた。移動テレポート呪文スペルを使えば、近距離を一瞬で移動できる。ただし事前に、移動元と移動先に陣をほどこす必要がある。

「もしものために仕込んでおいたが、まさか役に立つ日が来るとはな……」

 そう呟くドーの両手には、大きな手さげがあった。持てるだけの禁書を、書庫から持ち出してきたのだ。禁書となっている異世界の書……さらに言うならば、その中でも薄い書を……そう、男性同士の睦み合いがえがかれた薄い書を、はち切れんばかりに手さげに詰め込んできたのである。

「手伝えとおっしゃるから、何事かと思えば……」

 右手をこめかみに添えて、ゼンザックが言葉を続ける。

「まさか薄い書を持ち出す手伝いだったとは……」

 そう言いながら、溜息をついて大げさに首を振ってみせる。

「いや。大事だろ、禁書。あの堅物どもの手に落ちれば、焚書ふんしょとなるのは目に見えている」

「いや、そうでしょうけども……」

「こんなに尊いものを、焼かれてたまるか」

 手さげごと薄い書を抱きかかえるドーの姿に、ゼンザックは呆れたように肩をすくめる。

 庵を見下ろせば、月明かりの中でバフガーとおぼしき赤毛の男が、何やらがなり立てていた。しばらくして、さらに十人ほどの僧兵モンクが庵の中へと駆け込んで行く。

「さて、どうしますか。庵の中に二十人、周囲に三十人といったところですか……」

 突入はかわすことができたが、庵に居ないとわかれば追手がかかるは必至。僧兵モンクの速さを考えれば、安々と逃げ切れるものではない。もしかすると、森の外も囲まれているかもしれない。そうなれば戦闘は避けられない。いずれ戦闘となるのであれば、この場で奇襲をかけた方が先手を取れる。

「無理な人数ではないが……しかし、バフガーが居るのであれば面倒だな」

 腕を組み、ドーが再び庵を見やる。

「場所が知れてしまっては、もはや隠れ家としては使えぬか……」

 しばしの思案の後、ゆっくりとドーが口を開く。

「やはり、このまま出立しゅったつするとしよう」

 その言葉に、ゼンザックがわずかに身を震わせる。ドーから目をそらし、地を見ながら絞り出すように声を発した。

「では私は、ほとぼりが冷めた頃に奪還し、庵を守護いたします……」

 昨日、旅への同行は許さぬとドーが言った。此処ここに残り、庵を護れと言っていた。帰る場所を護ってくれとわれたのだ。

 ゼンザックを案じての要請であることは、充分に理解している。置かれた境遇をかんがみ、これ以上巻き込みたくはないとの心づかいから連れて行かぬのだとわかってはいる。しかし理解してなお、承服しがたい要請であった。ゼンザックにとって、ドーに付き従い、ドーの力となることこそが、一番の願いであるのだから。

「……そうだな。おまえには、庵を護るよう頼んでおったな」

 金色こんじき双眸そうぼうが庵を見おろす。ゼンザックには、ドーの瞳がうれいの色を含んでいるように見えた。

 庵を見すえながら、ドーが自らの右手を眼前に掲げる。静かに目を閉じて一呼吸……ドーを取り巻くマナのざわめきが、ゼンザックにも感じられた。そして掲げた右手で指をはじき鳴らすと、眼下に在る庵が突如とつじょとして炎に包まれる。

「ドー様! 何を!?」

 炎は見るまに庵を飲みこみ、渦を巻くようにして激しさを増す。燃え上がる炎が天をこがし、周囲の木々をあかく照らしだす。庵の中に取り残された僧兵モンクたちの悲鳴が、そして懸命に救助を試みる者たちの怒声が、森の中へとこだまする。

 あっけにとられるゼンザックとヘレスチップを横目に、ドーが独りつぶく。

「護る場所が焼けてしまっては、守護することはできぬか……」

 そしてゼンザックを見やり、溜息まじりに告げる。

「こうなってしまっては仕方がない。旅に同行しろ、ゼンザック」

「よ、よろしいの……ですか?」

 思いがけない申し出に、ゼンザックは声を震わせる。

「あぁ、着いてこい」

 力強いドーのこたえに、思わず目頭が熱くなる。

「すまんな。またお前を巻き込むことになる……」

「何をおっしゃるのですか。ドー様をお助けすることこそが、私の願いなのですから……」

 頬を伝う涙をそのままに、ゼンザックがドーの前にひざをつく。

「そうか。では、その気持ちに甘えるとしよう……」

 燕尾服テールコートすそをひく感覚に振りかえれば、ヘレスチップが大粒の涙をこぼしながら泣きじゃくっていた。そのまま、片膝をつくゼンザックの背へ寄りすがる。

「良かったニャ。良かったニャ……」

 燕尾服テールコートの背に、ヘレスチップの涙がしみる。

「ところで、庵は良いのですか。焼いてしまって」

「下を見ろ。油樽がある。火を掛けて、我々をいぶり出すつもりだったのだろう。奴等に焼かれるくらいなら、ワタシの手で焼いてやった方がましだ……」

 帰るべき場所を自ら焼き払うドーの心情を思うと、ゼンザックは胸が締めつけられる思いであった。ゼンザックとて、くやしさを感じぬ訳ではない。五年という時間を、ドーとともに過ごした思い出ぶかい庵なのだから。

 燃え盛る庵の向こう、王都ビットレインへと続く空をドーが見やる。

 数々の困難が待ち受けていることは、容易に想像ができる旅だ。かつてはどんな困難であろうと、自らの力でねじ伏せてきた。しかし今はどうだ……力を失っていることを、こんなにも心細く感じたことはない。

 しかしゼンザックもヘレスチップも、大きな力となってくれよう。三人ならば、何とかなる……いや、何とかしてみせる。

 燃え盛る炎は、いよいよその激しさを増していた。庵に取り残された僧兵モンクの脱出は、はかどっていない様子だ。救助にあたる者たちも、あまりの火勢に近づくことすらままならない。

僧兵モンクどもは当分、救護で動けぬだろう。この隙に逃げるとしよう」

 炎の中に崩れゆく庵に別れを告げ、三人は木々の合間を歩みはじめた。


(つづく)

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