第6話 夕暮れの願い

 電話の音が鳴り止まず、職員は慌ただしい。

 まさか穏やかなこの町で、こんな事件が起こるとは誰も思っていなかっただろう。

 刃物を持って暴れた高校一年生の男子生徒は、町内を二時間以上うろついた末に警察によって確保された。

 怪我人は十名。幸い死者は出なかった。

 町役場にはマスコミや住民からの問い合わせが殺到し、職員は対応に手間をとられ、本来の業務が宙ぶらりん。

 男子生徒が捕まったことで少しは落ち着くかと思ったが、期待に反して電話が止まないのは全国ニュースとなったからだろう。

「まったく、迷惑な生徒だったな。今度は動機が何だったのか分かるまでメディアは騒ぎ立てるぞ」

「だろうな」

 同期の一人が受話器を置きながらに言う。

 すぐに外線音が鳴る。

 町内の人も今は浮き足立っているかもしれないが、毎日のように報道陣が来れば静かな町が恋しくなるだろう。


 十年前にも同じような事件が起きていた。きっとその時と同じようになる。

 いや、十年前は一人死んでいる。だから報道も長引いた。

 当時は新入職員だったのもあって、慣れない対応がストレスとなり、トイレで吐いてしまった。

 トイレの窓から夕日が見えたとき、その日初めて時間を意識した。

 赤く染まった太陽と空が綺麗で、飛んでいたカラスが何羽だったかも覚えている。

 しばらく眺めていたら気持ちが落ち着き、仕事に戻ることができた。

 あの頃に比べたら成長したなと思う。まだ成長できるだろうか。

 年をとるにつれて同じことの繰り返しが増えているように思う。

 昔のように遊びまわることもない。家族で過ごすことが増え、好きだった釣りに行けていない。

 ああ、あの夕日を見ることができれば前に進めるだろうか。


「おい、電話。奥さんからだぞ」

「え?」

 ブラインド越しの夕日を見ながら受話器を受け取った。

 

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