第5話 たどる道にあるもの
部下が飛び出して行く姿に声を荒げたが、彼は戻って来なかった。
理由も言わずに早退するような奴ではないと思っていたのに。先ほど任せた仕事もやっていない。
「あーもう! なんなのよ」
無意識に拳をデスクに振り落としていた。デスクの振動によって低い音が反響する。
周りに悪影響だと分かっているが、若い頃と違って気持ちに余裕がない。
「課長、あいつのエルダーは僕なんで始末は任せてもらえますか? 課長が怒る必要はないですよ」
「……そうね。お願いするわ」
気持ちを落ち着かせようと珈琲を飲む。仕事中心に生きている自分と、そうではない職員の差が大きくなっているのをずっと感じている。
積み上げた仕事が増えるたびに動けなくなり、いつの間にか一本道になっていた。
もう結婚は諦め、いつか見た夢もひび割れて崩れた。
後悔はない。もうこの道だけと決めている。
本当は分かっている。人の行き先は交わりこそするが、同じではないこと。
それを承知のうえで他の職員に仕事を任せるのが上司だ。
頭の思考が回復してきた。
さあ、いつも通りに仕事をしよう。
「課長! 県立日野出高校で生徒が刃物を持って暴れ、校外に逃げているそうです! 警察からの連絡です。町民に注意喚起をしてほしいそうです」
「刃物を持ったままなの!? 分かったわ、地域課にも連絡を。谷口さんは放送原稿を作成して」
指示を出しながら思考を巡らす。なんてことだろう、今日は本当に運が悪い。
朝のニュース番組が流す占いが嫌いだ。悪いことに限って当たるのだから。
なのになぜだろう、トラブルに適切に対処しているときが何よりも楽しいと感じてしまう。
私はやはり仕事人間なのだ。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます