第25話

 エレベーターは直接部屋に繋がっていた。

 そこらの家のリビングよりは広い程度の部屋の奥の方には、手術台のようなものが置いてあり、その上には陽子が大の字に横たわっていた。ただし両手両脚を縛られたあげく、上半身を露わにされた格好で。しかもその脇には礼子がいた。

「野郎」

 瓢一郎は怒りに駆られ、エレベーターを飛び出す。

『危ない。横!』

 頭の中に姫華の甲高い声が鳴り響く。

 同時に左右から気を感じた。

 右からは飛んでくる燃えたぎった岩のような気。

 左からは氷で作った絶対零度の剃刀のような気。

 反射的に上に跳んだ。

 すぐ下ではうなりを上げて飛ぶ鉄拳と、空間を切り裂くような手刀が交差する。

 瓢一郎はそのまま空転し天井を蹴ると、その勢いを利用し、右からパンチを浴びせた筋肉の塊のような男の顔面を蹴り下ろす。

 それこそ岩を蹴ったような手応え。しかし男はかすかによろめいただけで倒れすらしなかった。

 着地した瞬間、全身に冷水を浴びたような感覚がした。もうひとりの男の手刀が後ろから襲う。

 瓢一郎は体をねじってかろうじてかわした。

 着ていた防弾仕様の革ジャンが脇腹から背中にかけて一直線に切れ、はらりと落ちる。

「おまえの指は日本刀か?」

「ふっふっふ。レイは未熟だから拳銃なんて無粋なものを使ったようだけど、俺はあんなもの大嫌いだ。とくに女を相手にするときは自分の手で切り刻むに限る」

 その男は子供のような顔にサディスティックな笑みを浮かべる。体格的には瓢一郎と大差ないが、おそらく異様なまでに体を鍛えているのだろう。脂肪のほとんど付いていない裸の上半身はまるで筋肉模型のように、鋼のような筋肉の形状がわかった。

 瓢一郎としてはさっさと陽子を救出したいが、間にこの男がいる以上、近づくこともできない。

「先生。陽子を頼む。理恵子は上に逃げろ」

「それがそうもいかないのよねぇ」

 ちらっと声の方を見ると、葉桜は筋肉男のパンチの嵐を必死に裁いていた。ただ力任せにブロックするのではなく、螺旋状に捻りながら打撃をはじき飛ばすかのような受けだ。

「エレベーター、動きませんっ」

 理恵子はエレベーターのボタンを必死で押しているがだめらしい。

「残念ながらそれ、こっちの部屋で動力が切れるんだよ」

 童顔の小男がそれをちらっと眺め、笑った。

「理恵子、スマホで警察呼べ」

「圏外ですぅ」

『ちきしょう、姫華、頼む、動力のブレーカーを上げてくれ。理恵子を上にやって警察を呼ばせる』

 テレパシーで叫んだ。

『気軽にいうけど、けっこう命がけですのよ』

 姫華はぶーたれつつも礼子が操作したパネルに向かって走った。

 ひゅん。

 よそ見をした一瞬、風切り音とともにジャンパーが紙吹雪のように切り刻まれた。防弾仕様になっていても、刃物には弱いらしい。

 男は薄ら笑いを浮かべながら、両手を顔の前で蛇のようにするすると不規則に動かしている。瓢一郎は前傾し、左手を床に付くと、右手だけを招き猫のように上げた。猫柳流拳法の基本姿勢。

 奥では分電盤の前で礼子と猫の姿の姫華の格闘が始まった。人が入り乱れているせいか、礼子も拳銃を使わずナイフで応戦している。

「死ねぇえええ!」

 痩せた小男の左右の貫手が斜め上からマシンガンのように降り注ぐ。瓢一郎はそれを招き猫の手でことごとくたたき落とした。

「ふん、低すぎてその位置には攻撃しづらいな。これはどうだ?」

 男の前蹴りが顔面を狙う。瓢一郎はそれをサイドステップでかわすと軸足を左の指先で狙う。男はステップバックしてかわした。

「格好だけでなく、スピードも獣並みか? やっかいだな」

 そういいつつも、男は明らかに楽しそうだ。

 ばちん。パネルの方から、ブレーカーを上げる音がした。姫華が成功したらしい。

 エレベーターのドアが閉まる。

「理恵子。上に行ったら警察に電話して、ここの位置と入り方を教えろ」

「了解です」

 理恵子の声は少し上の方から聞こえた。エレベーターは順調に上がっている。

「にゃぎゃああ」

 悲鳴とともに姫華がすっ飛んだ。礼子に蹴られるかどうかしたらしい。

 礼子はふたたびブレーカーを落とした。

 瓢一郎は思わず舌打ちする。エレベーターはおそらく上までいっていない。中途半端なところでとまっているはず。

「ライ、追え」

 痩せた童顔男は視線を瓢一郎に向けたまま、もうひとりに命令する。

「きゃっ」

 可愛らしい悲鳴とともに、葉桜が転がった。ライとかいう男に跳ね飛ばされたらしい。

 だが追えといわれてあの男は中途で止まっているエレベーターをどうやって追う気なんだ?

 だがそれはよけいなお世話だったらしい。

「OK、カイ、すぐ済むぜ」

 ライは閉じたエレベーターの扉に両手を突っ込むと力ずくで開けた。さらに壁の突起に掴まりつつ上に登っていく。

 瓢一郎はブレーカーを入れようと、壁のパネルに走ろうとした。しかしカイと呼ばれた童顔男が素早く前を遮る。

「やらせない。あの女はエレベーターの中で挽肉にされる」

「まかせて」

 葉桜がライを追った。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る