第26話
葉桜がエレベーターシャフトの内部に入ったとき、ライはすでに籠のすぐ下まで登っていた。シャフト内の壁に沿って、垂直のレールが上に伸びていて、それを掴んでいる。籠の底は高さにしてここから五メートルほど。どうやらここはかなり深いらしい。
ライに習ってレールを掴み、するすると登っていく。突然エレベーターが下がってこないことを祈るばかりだ。
ライはエレベーターの籠にたどり着いたが、その先いったいどうする気なのかと思っていると、拳で籠の底をがんがんとたたき出した。中から「ひえええええ」という理恵子の声が鳴り響く。
呆気にとられている内に、籠の底に穴が開いていく。
開けた大穴にライが手を掛けたとき、葉桜は下からライの足を掴んだ。
「ふん」
ライは面倒くさそうに残った足で葉桜を蹴り落とそうと、大砲のような蹴りを連続的に浴びせてくる。
「わっ、わっ、わっ」
それを体を揺すってなんとかかわしていると、ライは面倒と思ったのか、掴まれた足をぶんと前方に振った。葉桜の体はエレベーターの底にたたき付けられる。
「げふぅ」
手を離せばエレベーターシャフトの底に真っ逆さまだ。葉桜ならば怪我をする高さでもないが、這い上がっていく間に、ライに先に乗り込まれてしまう。
必死で掴まっているが、ライはまるで足になにも付いていないかのように、軽々と振り回す。その度に葉桜の体のあちこちは、コンクリートの壁だの鉄のレールだのそこら中にぶつかった。
なんなのよ、この化け物はぁあ?
体中の痛みに、思わず泣き言が入りそうになる。
こんな状況では中国拳法の技など使えるはずもなく、まさに単純怪力馬鹿の独壇場。発勁を使うには地に足が付いていないと不可能だ。
「先生、がんばってくださいぃい」
上から弱々しい声援が聞こえる。
「うがああああ!」
いい加減うんざりしたのか、ライはいままでとは違う気合いで足を真上に振り上げた。今度こそエレベーターの底で葉桜を叩き潰すつもりらしい。
体を丸め、振り付けられた勢いを利用し、エレベーターに掴まっているライの手を蹴り飛ばした。
「ぐわっ?」
予期せぬ攻撃だったらしく、ライは掴まっていた手を離す。その結果、ふたりとも落下した。まず、ライ。それから少し遅れて葉桜。
ライは落ちながら体を整え、壁のレールを掴んだ。そのまま両足を壁に付け持ちこたえる。葉桜はちょうどその上に落ちる格好になった。
「チャーンス」
そう叫びつつ、落下の勢いを利用し、上からライの顔面に掌打をぶち込む。形意拳の龍形拳。
充分な手応えを感じ、そのままライの体をよじ登る。
「んじゃあ~ねぇ」
今度は踵をライの顔をぶち込み、その勢いで飛び上がると、レールに掴まった。そのままレールを伝い、ライの開けた大穴から籠の中に潜り込む。
「さあ、もうだいじょうぶよ、理恵子ちゃん」
「あ、あのう、あまりだいじょうぶでもないですよ」
「え?」
「登ってきます、あの人」
反射的に下を見る。たしかに必殺の龍形拳をものともせず、のっしのっしと登って来るではないか。
「ぐへへへ、やるじゃないか女。だがその程度で不死身のライ様は倒せねえ」
そっちこそやるじゃない。さすがうちの『組織』の対立『組織』。なかなかすごいやつがいるってことね。
「理恵子ちゃん、照明パネルを外して天井から上へ」
「は、はいぃ」
葉桜は肩を貸し、理恵子を上に送る。
がっと穴の縁にライの手がかかった。
葉桜は容赦なく指を踵で蹴り潰す。今度はこっちに地の利がある。足場が安定している自分に対してぶら下がるしかできない敵。
そのはずだった。
しかしライは体重を掛けた葉桜の蹴りなどなにごとでもないかのように穴から這い登ってくる。
「今どき、あきらめの悪い男はストーカー扱いされて足蹴にされるのよん」
両手を這い登るために使い、ブロックできないことをいいことに、ライの顔面につま先でマシンガンのような蹴りを連続で入れる。だがこの怪物は薄気味悪く笑うだけだった。
そしてついに足を床に付き、立ち上がった。
まずい。この狭い箱の中じゃ勝ち目がない。
広い場所での打撃戦ならばともかく、狭い場所での組み討ちとなればこの怪力男にかなうわけがない。
ライはいきなり動いた。なんの小細工をするまもなく、葉桜は体当たりを喰らった。
「げふぅ」
あまりにも硬く、重い一撃は一瞬なにが起こったのか理解できないほどだった。
気づくと体が壁にめり込んでいる。口から血が溢れ、息ができない。
衝撃を和らげる特殊スーツもこの男にはなんの役にも立たないらしい。
「ふん、あっけなかったな」
ライは葉桜がまだ生きているなど微塵も疑っていないのか、もう目もくれずに、天井から上に向かった。
理恵子の叫び声が耳に付く。しかし葉桜の体は動かなかった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます