第17話

「でも変よねえ。犯人は学校の中にはいないってことかしら?」

 葉桜が不満げな顔でいう。例によって花鳥院家の地下の会議室で変態博士や頑固じじいとともに、きょうの反省会をしているところだ。

「ほんとおかしいですわね」

 猫の姿で腕組みをしながら椅子の上に立ちつつ、姫華がいう。もうフィオリーナの顔には人間の表情が様になりつつある。もちろんその表情は姫華のそれだ。

 たしかにおかしい。

 瓢一郎も思った。きょう、全校生徒の体をしげしげと観察したが、刺し傷らしきものがあったのはひとりもいない。

「欠席者。あるいはイベントをサボって逃げたやつは?」

 佐久間が聞いた。

「サボったやつはいないらしい。伊集院の配下がチェックしたから間違いないと思う。それにきょうはじめから休んだやつは何人かいるけど、理恵子にリストをあげさせて見たところ、犯人じゃあり得ないようなやつらばかりだ」

 あらかじめ体型的に怪しいやつの番号は理恵子から教えてもらっていたから、そいつのクラスが踊っている間は、しっかりチェックしているから見逃しはしないはず。

「ひ~っひっひっひ。つまり、手間を掛けただけで、なにもわからなかったってことだ」

「お黙り。おまえはさっさとわたくしの体を治すことだけ考えていればいいの」

 笑うマッドサイエンティストに対し、猫がなんかほざいている。

「でもまあ、犯人が外部の人間だっていうことがわかっただけでもいいじゃないですか?」

 葉桜がのんきに笑う。

「いや、ちっともよくないぞ。外部の人間なら探しようがない。犯人が俺を襲えば捕まえるチャンスもあるけど、ほとぼりが冷めるまで動かないかもしれないし」

「むう、たしかにそうだな。まさか姫華様を殺すために、この警戒厳重な屋敷に忍び込んで来るとも思えんし、学校は学校でやりにくくなったろう」

 佐久間が眉をしかめる。姫華復活は四谷に任せるしかない以上、もうひとつの重要な仕事の犯人探しが暗礁に乗り上げ、さすがにまいっているようだ。葉桜は相変わらずへらへらしているが。

「なにか探す方法はないのか、瓢一郎?」

 なぜ俺に聞く? はっきりいってこの中で一番頭の悪いのはたぶん俺だ。

 瓢一郎はそう突っ込みたかったが、あえて口に出さず、かわりに考えた。ない頭を振り絞って。

「犯人はどうして陽子を襲ったのかしら?」

 猫が生意気な口を叩く。どうしてだって? それはもちろん……、え? なぜだ?

「それはまあ、やっぱり陽子さんはなにかを見たんでしょうねぇ」

「見たってなにを? 陽子はそんなこと誰にもいっちゃいないぞ。っていうか、いっちゃったんなら今さら口封じしたって遅いだろ?」

 そこまでいって、思い出した。教室で陽子が礼子に、なにか見たような気がするけど思い出せないとかなんとかいっていたことを。

「きっとなにか重要なこと、たとえば犯人を特定できるなにかを見たのよ。だけど、陽子さんはそれを意識していない。だから、犯人はそれを公言される前に口封じしようとしたんじゃないかしら?」

 葉桜がへらへら笑いながら、めずらしくまともなことをいう。

「わたくしもそう思いますわ。でもそれじゃあ、きっとまた陽子は襲われるはず。そのときこそが勝負じゃなくって?」

「だけどさすがにもう学校じゃ襲われないだろう? それに車で送り迎えが付くようになったし……」

 そこまでいって気がついた。つまり、襲われるとしたら家。それもおそらく夜。

「陽子が危ないじゃないか?」

 ここでこんなことをやってる場合じゃないだろう?

「あら、伊集院に命じて、交代で誰かを付けてるんじゃなくて?」

 そうだ。たしかにそういう命令を出した。しかしそれはそこまで考えていたわけじゃない。たんに気休めでいったに過ぎない。伊集院にしたところでどこまで本気で考えているかわからないし、命令されて見張っている下っ端はなおさらだ。

「俺が直接行く」

 瓢一郎はそう宣言すると、鬘を投げ捨てた。

「どうして鬘を取るの?」

 葉桜が不思議そうな顔をする。

「べつに俺に戻ったっていいだろう? 学校の外だ。この格好じゃ動きにくいんだよ」

「だめよ。きっと警察も陽子さんの家のまわりを張ってるわ。瓢一郎君の格好になって見つかれば面倒起こすわよ。だいいち陽子さんに見られたらなんていいわけするつもり?」

 瓢一郎は葉桜に反論できなかった。

 けっきょくこの格好でいくしかないのか?

 まあ仕方がなかった。今はそんなことでいい争っている場合でもない。仕方なく鬘を拾って被る。

「ひ~ひっひっひひ。まあ、行くんならこれを着ていくがいい」

 四谷が黒いウエットスーツのようなものを取り出す。

「相手は物騒なんだろう? こいつは刃物を通さず、衝撃もかなり吸収する。しかも軽くて動きやすい。私の自信作だ。しかも姫華様のボディサイズに合わせて作ってある」

 なんにしろありがたかった。もっともそれを着るには、必然的に胸パットやらコルセットやら脚を絞めてける特性ストッキングやらを外せないことを意味したが。

「ついでにこの革ジャンは防弾仕様だ」

 四谷はさらに特殊仕様らしい黒い革ジャンを差し出した。

 瓢一郎はすばやく制服を脱ぐと、ウエットスーツに似た全身スーツを身につける。その上に革ジャンを羽織った。

 気づくと葉桜もいつの間にやら下着姿になっている。爆乳をぷるんぷるんさせながら。

「な、なにを?」

「あら、君ひとりじゃ心許ないでしょう? あたしも行くのよ」

 葉桜用のスーツもあるらしい。脚を通しながら同じ格好になっていく。

 まあたしかに戦力にはなる。不意をつかれたとはいえ、ほとんど無抵抗で誘拐された身としては、腕は認めざるを得ない。

「じゃあ、佐久間、陽子の家の側まで車を出して」

 姫華が瓢一郎の肩に飛び乗りつつ、佐久間に命令する。

「姫華様もご一緒に行くので?」

「当たり前ですわ。わたくしをこんな体にした張本人が現れるかもしれないんですもの」 佐久間はなにかいいたげだったが、諦めたようだ。もっとも猫の体でいる限り、危険はないはずだが。

 瓢一郎たちは地下室から車庫に向かった。

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