第16話
「それでは女子の決勝をおこないますわ」
姫華の声が高らかと響き渡った。
いったいあたしはなんでこんなところにいるんだろう?
陽子はそう思いつつ、ステージの上に立っている。
胸が大きいのがポイントになっているのかどうかは知らないが、陽子は背も大きくないし、モデルのように痩せているわけでもない。そしてなによりダンスが下手だった。
場違いのような気がした。一緒にステージに残っている女たちは、葉桜をはじめ、みなプロポーションがいいし、洗練されたルックスを持っている。はっきりいって、自分のルックスはミスコンで勝てるようなものではないと思う。なにしろ太い眉にどんぐり眼、小さい鼻、それにウエーブのかかったもじゃもじゃヘア。
ついさっき決まった男子の優勝者である伊集院のような、誰しも認める美形にして華麗な肉体美といったものからは、自分はかけ離れている。
「決勝では男子のとき同様自己アピールをしていただきます。そしてそのさいの観客の皆さんの反応の大きさをわたくしの独断と偏見で判断し、優勝を決めたいと思いますわ」
そう、男子の部でも候補者たちは特技やら夢やらを熱く語っていた。
とくに伊集院は理路整然と自分の理想とする正義を説き、優勝したらその賞金は学園の正義維持のために使うと公言。サクラとも思える親衛隊の応援もあり、大いに盛り上がった。
だが陽子にはそんなものはない。伊集院のように暑苦しいのがいいのか悪いのかはともかく、熱く語るべく夢も理想もなければ、百万円なんてもらってもその使い道が思いつかなかった。
姫華の指名で、三年の後ろの組から候補者たちが語り出す。
医大に進みたいが、金がないから百万円はその足しにしたいとか切実なことをいう者がいると思えば、世界平和が夢ですとか、いかにもうさんくさいことを平気でいう者、あるいは演説などどうでもいいとばかりに、色気を振りまく者など十人十色だ。
だがいうことはともかく、さすがに決勝に残っただけあっていずれも陽子から見ても魅力的な女ばかり。見ている男たちはどんどん盛り上がっていく。
「それでは葉桜先生。ただひとり教師でここに残っていますが、なにか生徒たちとは違うひとことを期待しますわ」
姫華がすこし嫌味っぽい口調でいう。
「やほ~っ、葉桜で~す。みんな盛り上がってる~ぅ?」
葉桜は笑顔で両手を振り、叫んだ。その拍子に少ない布地に覆われた胸がぽよよ~んと揺れた。いっちゃなんだが、教師らしさなんて欠片もない。
「うおおおおお」
男たちの粗野な声が響き渡る。
「自己ピーアールをしろってことなので、しますねぇ~っ。まず、わたしの特技。ええ~っと、なにかなぁ? まあ、職業柄英語かなっ? まあ、英語はぺらぺらで~っす」
そういうと、なにやら英語で話し始めた。たしかに英語教師だけあって、ネイティブ顔負けの発音である。
会場がさらに沸いた。
「それと夢はね。もちろんわたしの生徒たちが幸せになること。三年生は志望校に受かること。一、二年生は勉強に部活に恋に大活躍してね。それを応援するのがわたしの夢。だからわたしの夢が叶うかどうかはみんなのがんばり次第ね。だからみんながんばるのよぉ~っ」
とびっきりの笑顔で投げキッスをする。ただでさえ一番成熟した体を晒し、美人で明るく、癒し系の笑顔を絶やさない年上の女性がそんなことをするのだから、性欲をもてあまし気味の高校生の男子が冷静でいられるわけがない。会場は野太い声で沸騰する。女子からも「先生がんばってぇ」という声援が飛ぶ始末。
「優勝したら賞金はいったいなにに使いますの?」
姫華が暴走気味の葉桜を自己ピーアールに戻そうとする。
「そうね。きれいごとをいうつもりはないです。わたし自身を磨くために使わせてもらいます。もっちろん見た目だけじゃなくて内面もよ。みんなの憧れの先生になれるようにね」
少し前に、賞金をもらったら思い切りおしゃれに使います、といった三年生はブーイングされたが、葉桜もいっていることにたいして違いはないのに絶賛された。満面の笑顔で両手を挙げ、その賞賛に答えている。
やっぱり先生はすごい。
陽子は素直にそう思った。いい加減なようで、ちゃんと自分の考えを持っているし、お金の大切さだってわかっている。夢が、生徒たちが幸せになることっていうのも、嘘くささを感じさせない。人柄のせいなんだろう。自分にはとても真似ができない。
もうすぐ自分の番だと思うと、それだけで心臓が張り裂けそうだ。
あたしには胸を張っていえる主張なんてない。
きっとみんなに呆れられ、ブーイングの嵐になるに決まっている。
「それでは葉桜先生はこれくらいにして、最後に一年A組、川奈陽子さんに自己ピーアールをしてもらいますわ」
姫華はそういって、陽子を見る。そのまなざしにはなぜか優しさが感じられた。
なんで?
陽子は困惑したが、なぜか落ち着いた。嫌っていたはずの姫華に見守られていると、不思議と勇気が出る。
「あ、あの……、川奈陽子です」
マイクの前に立つと、しどろもどろだが、とりあえず声が出た。少なくともこのまま固まってしまう心配は消えた。
会場からはとりあえずブーイングも聞こえないかわり、歓声も上がらない。静まりかえっている。
「え~っと、こ、こんにちは」
唖然とする観客たち。中にはぷっと吹き出した者もいる。
笑われても、さほど気にならなかった。むしろ黙りこくられた方が緊張する。
「あたしは、他の人たちみたいに、語るべく夢も、目標もないし、取り立てて人よりすごいことなんて、なんにもありません」
また少し笑いが出た。
「人よりすごい胸があるぞぉ~っ!」
野次とともに、会場に爆笑が起こる。陽子は思わず胸を両手で隠すが、頭の中は真っ白。足はがたがた、体中汗びっしょりだ。
「あ、あの、……ええっと、うぅう~っ、なんで今ここにいるのかもわかりませんよぉ。はうぅ」
「だったら辞退しろ。百万円が欲しいのか~っ? それで彼氏でも探すのかよぉ」
誰かが野次を飛ばした。
しかしその言葉は陽子をはっとさせる。そうか、その使い道があったんだ。
語るべき言葉が見つかって、ようやくパニックが解けた。
「……はい、欲しいです。他の候補者の人の話を聞いている間、あたしはそんなものもらっても、使い道に困ると思ってました。だけど、今は欲しいです。あたし、力が欲しいんです。そのためにはお金だっているんです」
生徒たちがざわめきだした。いったいこいつはなにをいい出すんだといわんばかりに。
「瓢一郎くんを探したいんです」
自然と語気が強くなった。そこまでいうと、勇気が湧いてくる。
「百万円を使ってなにができるかはまだわかりません。だけど、それだけあれば、きっとなにかできると思うんです。たとえば探偵さんを雇うとか。それとも、ガードマンみたいな人を雇うとか。だって、相手は人を殺すことも平気な悪いやつらなんです」
会場はふたたび静まりかえった。瓢一郎が失踪したことも、陽子が謎の男に襲われたことも、とうぜん学園中に知れ渡っている。
「いえ、でももしみんなが協力してくれれば、百万円はいらないと思います。どう使ったらいいかわからないお金よりも、これだけの数の人が協力すれば、なにか進展すると思うんです。きっと犯人は身近にいるはずなんです。だからみんなに協力をお願いします」
凍り付いたようだった会場に変化が起きた。拍手が、歓声が、少しずつわき起こり、波紋のように広がっていく。やがて葉桜のとき以上の騒乱に変わった。
「ありがとう。みんな、ありがとう」
涙が浮かんできた。みんな本当は学園の仲間が事件に巻き込まれ、行方不明になっていたことを気に病んでいたのだ。
ついには会場から陽子コールが飛び交う。陽子はぺこぺこと大げさにお辞儀をした。
「はい、それまで。みなさん、お静かに」
高らかと響き渡った姫華の声が、興奮した全校生徒を収める。
「それでは皆さんの反応を考慮して、ミス学園はこのわたくしが独断と偏見で選ばせていただきます」
会場は静まりかえる。陽子の胸はもう高鳴らなかった。いいたいことをぜんぶいってしまったし、べつに優勝なんかしなくても、みんなが協力してくれるならそれでいい。
「優勝者は葉桜千夏先生」
姫華のコールとともに、葉桜が両手を挙げて、飛び跳ねる。
会場の反応は微妙だった。拍手は起こるが、なにか盛り上がらない。ついにはブーイングまで起こった。
「優勝は陽子だ」
そんな叫び声が聞こえた。みんながあたしを応援してくれている。あの学園の女王、姫華にさからってまで。
そう思うと、陽子は胸が熱くなる。
「お黙りなさい!」
しかし姫華は微動だにせず、会場に向かって一喝する。
「あなたたちは、一年生の女子に失踪した生徒の捜索の重圧を追わせる気なのですか?」
会場はふたたび静まりかえる。
「ただでさえ、彼女は危険にさらされているのですよ。その役目は、わたくしたち生徒会執行部が受け持ちます。もちろん、必要ならばお金だって糸目を付けません。学園理事長の娘として、皆さんに命令しますわ。今起きている事件のことで知っていることがあれば、隠さずにわたくしに打ち明けなさい。この学園を守ることは、皆さんひとりひとりの義務なのですから」
わあっと、会場は熱く沸騰する。完全に主役を奪われた形になった葉桜はちょっとだけぶーたれていた。
姫華がこっそり、陽子に耳打ちした。
「ありがとう」
そのあと知らんぷりして、葉桜の元へ行き、メダルを首に掛ける。そして彼女の手を取って万歳した。
ありがとうって、どういう意味?
この人と瓢一郎は憎み合っていると思ったけど、じつは深いつながりがあるのではないのだろうか?
陽子は姫華に複雑な感情を抱いた。嫉妬とも憎しみともいえそうだが、逆に深い友情のような気もする。もはやかつてのように、単純にいやな女とは思えない。誰かにそれは愛だといわれれば、そうかもしれないと納得してしまいそうだ。
こうして突然おこなわれたイベントは幕を閉じた。
*
校庭ではけっこうイベントのままの恰好で残って盛り上がってる連中も少なくなかった。
陽子はいつまでも水着姿でいるのは恥ずかしかったので、当然着替えたが、迎えの車がまだ来ていなかったので、校門の近くから「わいわい、きゃあきゃあ」いっている生徒たちをなにげなく見ていた。
ふと、校門から外を見てみると、ふたりの男が中の様子をうかがっていた。スーツを着たちょっとイケてる若者と、タンクトップを着たプロレスラーのような体格のいかつい男。
水着と赤フン姿でじゃれている生徒たちを見ているのかと思ったが、スーツの男と目があったとき、ぞくっと寒気がした。
酷薄な笑みを陽子に向けたのだ。
ま、まさか、この人が犯人?
そういえば、その男は背もあまり高くなく、機械のように冷たい目をしていた。あの覆面の男であってもおかしくはない。
その男たちは、陽子が動揺して一瞬目を離した隙に消えていた。
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