第2章 冒険に必要なものはコミュ力と仲間、そして少々のお金だ②

 西の門を出ると、目の前にはげ山となった鉱山と、その奥にオロチが住まう青々とした山が見えた。鉱山の手前は荒野で、赤茶けた地面には岩がごろごろしており、植物はあまり生えないが、ときおり藁をふわりとまとめたような球が風に吹かれて転がっていく。


「本物のタンブルウィードだ!!」


 ロゼは興奮した表情で、身振り手振りをまじえて説明する。


「タンブルウィードはね、トッカアザミとか回転草ともいって、藁に見えるけど全然別の植物なんだよ。もともとボールみたいな形で生えてて、実がなるとぽきって折れて風で転がるの。それで種をまき散らすんだって。本で読んだ!」


 またタンブルウィードが転がってきて、ロゼは歓声をあげながら追っかけていってしまった。そんな無邪気なロゼを見て、イルマは鼻を押さえてうずくまる。


「ありがとう……! ロゼを産んでくれたお父さんお母さん……!」


 ニノはそれを不憫そうな目で見下ろしていた。

 そんな様子をクノハは岩陰から盗み見ている。


 ロゼたちが受けたクエストは『マニーの収集』である。

 マニーは「貨幣および紙幣の形をした魔物である」と説明されることが多い。しかしそれは若干、不正確だ。

 アマトリア大陸の通貨は、そもそもこのマニーという魔物を模して作られている。つまりマニーが先、通貨が後なのである。


 その昔、アマトリア大陸の人びとは物々交換で取引をしていた。しかし問題が生じる。漁師が釣った魚と、狩人が仕留めたウサギ、この交換は果たして釣りあいがとれているのか、と。そのせいで無益な争いが起こったりもした。


 そこで人びとはマニーに目をつけた。倒したところで煮ても焼いても食えない、かちかちに固まるおかしな魔物は、しかし腐りもせず、昔はどこにでも生息していたため、共通の価値を定めるのにもってこいだった。


 その後、供給を安定させるために金銀銅で貨幣を鋳造するようになったが、マニーにはいまでも貨幣価値がある。


 そして今回のクエストである。マニーを倒し、ギルドへ納める。そのなかから二割五分が報酬として支払われるのだ。


 つまりマニーを倒せば倒しただけ儲かる『歩合制』というわけだ。しかし実入りはよくない。力のあるパーティであれば魔物退治といったベーシックなクエストを受けたほうがよほど儲かる。故にマニー退治は駆け出し冒険者のための救済といった側面が強かった。


 イルマが言う。


「パーティで倒した分を山分け……だと、一番頑張った奴が割を食うし、一位が五割、以下三割、二割って感じでどーだ?」

「そうですね。そのほうがやる気も削がれませんし」

「タンブルウィード捕まえられなかった……」


 ロゼがふらふらとした足どりで帰ってきた。岩に腰かけ、汗を拭う。


「もう一歩も動けない……」


 ――すでに疲労困憊……!


 イルマはロゼの肩に手を置いた。


「脱水症状を起こしてるかもしれないな。水分をしっかりとるんだ、ほら」


 皮の水筒で水を飲ませてやる。しかし水筒を傾けすぎて水が一気に流れ出し、ロゼの顔や胸元を濡らしてしまった。


「い、イルマ……そんなにたくさん……飲めないよ……」

「な、なんだって? もう一回言って」

「そんなにたくさん飲めないよお」

「ありがとうございます!」


 イルマは感極まったみたいに叫んだ。ニノはかたわらでドン引きしている。


「よ、よし。ほら、服が濡れちゃったぞ? 拭くからな? やましい気持ちがあるわけじゃないからな?」


 濡れて服が張りついた胸元を凝視したままニノのほうへ手を伸ばす。


「ニノ、なにか拭くものを。懐紙とかあるだろ?」


 返事はない。


「なあ、なんでもいいよ。早く拭くもの。乾いちゃうだろ!」


 ――乾くならそれでいいだろ。


 イルマはもはや目的を見失っている。


「なあ!」


 振り向くと、ニノはすでに遠くのほうでマニーを探しはじめていた。


「出し抜いたな!?」


 ――お前が勝手に我を忘れていただけだろうが。


「わたしもマニーを探してくる。ロゼは休んでな」


 イルマもマニーを求めて駆けだした。


 ふたりは所々に生えた植物の陰や岩の裏を重点的に探している。マニーが暗く涼しい場所を好むことをふたりはよく理解していた。しかしマニーはひとの気配に敏感であり、ロゼたちがここに来た時点で大半はどこかへ逃げ失せてしまっているはずだ。


 ――逃げ遅れたマニーを狩り尽くしても宿代になるかどうか……。


 ふたりはこぶし大の石を持ち、岩の下から転がり出てくる貨幣型マニーを見つけては石で叩きつぶした。順調に数を稼いではいるが、1エデンや10エデンといった小額のマニーばかりである。


 徒労感にふたりの表情は陰っていく。立ち止まり、休憩する時間も増えていった。


「ニノ、いまいくらだ?」

「……93エデンです」

「いえーい、勝った! 191エデン! ダブルスコア!」

「……」

「……」


 ふたりは同時に深いため息をついた。そして重い身体を引きずるようにしてマニー探しを再開する。


 ニノはしゃがみこみ、岩の影を覗きこんだ。


「……!」


 目を見開き、口元を押さえる。


 彼女の視線の先、そこには紙幣型のマニー。しかも最高額の1万エデン。

 マニーは眠っているらしい。ニノは石を振りあげた。腕が震える。


 振りおろそうとした瞬間、その腕をつかむ者があった。


 イルマだった。彼女もまた岩の上から1万エデンを見つけていたのだ。


「ニノ、それはわたしが先に見つけた。わたしんだ」


 声をひそめてそう言うとイルマは岩から降り、ニノを眼力で威圧した。反論してこないことに満足そうな笑みを浮かべ、腕を振りあげる。


 その腕をニノがつかんだ。怪訝な顔でイルマが振り返る。


「な、なんだよ……?」

「思っていたのですが……。――わたくしのほうが年上なので敬語を使ってください」

「いま――!?」

「親しき仲にも礼儀あり、ではありませんか」

「それを言うなら先にパーティに入ったわたしのほうが先輩だろ!」

「くっ。たしかに……」

「あと礼儀って言うならな、ひとの目を見て話せよ。それが最低限の礼儀だろ」


 イルマがつま先立ちをして詰め寄ると、ニノはすいっと目をそらした。


「そのような礼儀はありません。じっと目を見つめるのは愛しい殿方と敵だけです」

「愛しい殿方って、お前いつ時代の人間だよ」

「愛に時代は関係ないでしょう」

「ふるーい! イモーい!」

「古いはともかくイモとはなんですか!」

「おっぱーい!」

「そ、そういういやらしいことを言うのはやめてください!」


 ニノは腕で胸を隠した。


「おっぱいぷるんぷるん!」

「な、なんてはしたない……!」


 ――どうでもいいんだが、お前らがバカやってるあいだに1万エデン逃げたぞ……?


 クノハは頭が痛くなった。

 1万エデンの姿が忽然と消えたことにニノが気がついた。


「え!? ああああ……! 1万エデンが……1万エデンが……!」


 ニノはへなへなと座りこんだ。


「ニノのせいだぞ!」

「ど、どうしてわたくしのせいになるんですか!」

「お金は金持ちのところに集まるって言うからな。ニノの貧乏の匂いを嗅いで退散したんだ」

「び、貧乏の、匂い……」


 イルマは手で目を覆った。


「あ~、わたしの1万エデンが~」

「いえ、あれはわたくしの1万エデンでした」


 ニノはぼそりと、しかしきっぱりと反論した。


「わたしが先に見つけたって言ったろ! わたしんだ!」

「わたくしのです」

「わたしんだ!」

「わたくしのです!」


 手に入れてすらいない1万エデンの所有権を巡って言い争うふたり。


 ――醜い……。


 クノハは目をつむった。これ以上あのふたりを直視することができなかった。

 ニノは深いため息をつく。


「とりあえずロゼさんに報告しませんか? そろそろ体調も回復しているでしょうし」

「そうだな。一応わたしが一位だし、祝福のチューくらいしてもらえるかもしれない」


 ニノはもうなにも言わず、イルマに蔑みの視線だけ送った。


 ふたりはロゼのもとへもどる。岩の上で休んでいたロゼはふたりの姿を認めると「お~い!」と手を振った。


「どうだった?」

「まあ、やっぱり初心者用のクエストだな。小遣いにもならな――」


 イルマは目をむいた。

 彼女の視線の先にあるもの、それは大量のマニーだった。ロゼの周りに金銀銅のマニーが散乱していた。


「ロゼ、それ……」

「ああこれ? なんかここに座ってたら勝手に近づいてくるから、剣の柄で」

「いくらある」

「多分1500エデンくらい」


 イルマとニノはぽかんと口を開けて固まっている。

 お金は金持ちのところに集まる。イルマの言葉が図らずも証明される形となった。


 しかし三人分のマニーを合わせたところで2千エデンにもとどかない。しかも取り分はそのうち二割五分である。


 ――三人で紅茶を回し飲みして終わりじゃないか。


 せめて数日分の宿代と食事代がほしいところだ。


 ――極力手は貸したくないが、野垂れ死にされても困るからな……。


 クノハはこっそりその場を離れた。ロゼたちがマニー探しをしている場所から鉄鉱石の採掘現場を隔てたところへ、気配を消しながら移動した。


 両腕を広げ、魔法を唱える。左右の手のひらが淡く輝きはじめた。右は青、左は赤。

 胸の前で拳同士をぶつける。


混合魔法マッシュアップ死に至る冷血の罠クリスタルトラップ』」


 離した拳のあいだに赤みがかった水晶のようなものが現れた。クノハはそれをいくつも作りだし、岩陰に設置した。


 そしてひらりと跳躍して大きな岩の上に飛び乗り、座して待つ。


 やがて、どん、と破裂音がして、岩陰から炎が噴きあがった。


「さっそくかかったな」

 岩陰に向かうと、そこには数枚の貨幣と5千エデン札が落ちていた。

「幸先がいいな。かなり稼げそうだ」


 クリスタルトラップは氷と炎の混合魔法である。氷の結晶のなかに炎を閉じこめてあり、衝撃を受けると氷が割れて爆発する。衝撃がなくても炎が内側から氷を徐々に溶かし、やがて破裂する。感圧式、そして時限式の起爆トラップだ。


 マニーが人間の気配を嫌うなら、罠にかければいい。


 あちこちで炎が噴きあがる。そのたびに数千エデン、多いときは1万数千エデンのマニーを得る。最終的にクノハは、ロゼたちが2千エデンを稼いだのと同じ時間で30万エデン強を稼いだ。


「二割五分だから……取り分は7、8万エデンってところか」


 安い宿なら三人でも一週間は宿泊できる。


 ――で、これを奴らにくれてやらねばならないわけだが……。


 クノハは腕を組んで考える。


 ――そうだな、ついでに新メンバーの力量でも確認するか。


 マニーを詰めこんだずだ袋を肩にかけ、ロゼたちの狩り場を目指して駆けだした。

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