第2章 冒険に必要なものはコミュ力と仲間、そして少々のお金だ①

 トッカは鉄と鍛冶の町だ。質のよい鉄鉱石の採れる鉱山の麓に位置しており、起源は出稼ぎに来た坑夫たちの集落だったらしい。いまもこの町に出稼ぎにくる者たちは多く、そのなかには王都を追われた犯罪者などもいて、あまり治安がよいとは言えない。


 王家の紋章をかたどったブローチを門の衛兵に見せると、ロゼはあっさりと町のなかへ通された。勇者の資格だけはあるロゼは町への出入りが自由なのである。


 ――くそ、こんなところで格差が……。


 勇者の力しかないクノハはしぶしぶ入場料を支払い、彼女を追った。


 ロゼは石畳の道をきょろきょろしながら歩く。時折じゃららんに目を落としては、また周囲に目をやっている。そんな彼女は狼の群れに飛びこんだ羊も同然だった。酒場の店先で酒をあおっていた三人組の男たちは、ロゼの姿を認めると目配せをしてうなずきあった。一人がおもむろに立ちあがり、ロゼに歩み寄ると、彼女の細い肩に手を伸ばす。


 ――お呼びじゃねえ、引っこんでろ!


 クノハは男の毛深い腕をつかんで路地に引きこみ、背後から首に腕を回して絞め落とした。酒場のふたりには仲間が消えたようにしか見えなかったのだろう、ぽかんとしている。


 建物の角から顔を出し、ロゼの背中をにらむ。


 ――田舎者丸出しで歩いてるんじゃねえよ、まったく……。


 無事に町に到着したとたんこれでは先が思いやられる。

 クノハはロゼとの距離をつめては隠れ、またつめては隠れして、あとをつける。


 ロゼはとある店の前で足を止めた。店先にぶら下がった看板には達筆で『冒険者たちの酒場 たたら亭』と書かれている。

 ロゼはじゃららんと看板を交互に見て「ここだ」とつぶやき、店のなかに入った。

 冒険者の酒場で仲間を集めるらしい。


 ――なかなか役に立つな、じゃららん……!


 たかが観光ガイドとバカにして申し訳ない気持ちになった。


「仲――旅の友、か……」


 クノハは初めての、そして最後の仲間たちのことを思い出し、腹のあたりがずんと重くなった。


 クノハはフードを目深にかぶり、音もなく店に入った。


 店内は広々としていて、客も多く、活気に溢れていた。胸元の大きく開いた服を着た艶っぽいウエイトレスがテーブルと厨房をせわしなく行き来している。店内を見渡せる隅のテーブルにつき、ロゼの姿を探した。


 酒場に来たのがはじめてなのだろう、ロゼは勝手がわからず店の真ん中できょろきょろしている。


 ――バカ……! またそんな田舎者丸出しでいたら変な奴に捕まるぞ……!


 ロゼに近づく影があった。


 小柄な少女だった。少し癖のある金髪のロングヘアーで、前髪はまっすぐ切りそろえられている。白を基調としたワンピースにジャケットを羽織り、大きめのリボンネクタイをつけていた。小脇には分厚い革表紙の本を抱えている。


 ――神官か……?


 少女はロゼの身体を上から下に、そして下から上に視線で舐めまわし「ははあ?」とか「ほほお?」などと感嘆の声をあげている。そしてようやくロゼの顔を見て言った。


「彼氏はいる?」


 ――ほらな! 捕まった!


 ロゼは首を横に振った。少女はなおも尋ねる。


「彼氏がいたことは?」

「ないけど……」


 少女は「よっし!」と小さくガッツポーズをとった。


「いきなりごめん。わたしはイルマ」

「はじめまして、わたしはロゼ」

「ロゼ、わたしは役に立つ。パーティに加えるべきだ!」

「え? あ、うん」

「回復ができる! 補助魔法も! それに女の子同士なら安心だろ!」

「う、うん……」


 必死の形相で売りこむイルマに、流石のロゼも気圧され気味だ。


「変なことしないから! 変なことしないから! パーティに加えて! 頼む! 変なことしないから!」


 ――すっごいしそう……。


 否定すればするほど怪しさが増す。

 イルマはぜいぜいと息をした。


「ご、ごめん。わたし、よく理性のたがが馬鹿になってるって言われるんだ。これは根治不可能だからあきらめて」

「あきらめちゃダメだよ。理性のたがだってきっと治るよ!」

「え? い、いや、どちらかというと治す気はないというか、治ってしまうとわたしがわたしでなくなるというか。それでもなお受け入れてはくれまいか、的な」

「???」


 ロゼは困ったような笑みを浮かべている。


「だから要するに、病気じゃないし困ってないし変なことはするよ!」

「あ、そうなんだ。病気じゃないんだ。よかった……」


 ほうっと安堵の息をつく。イルマは急にうずくまって叫んだ。


「ピュアか! あなたという新雪にわたしの足あとをつけたい!」


 顔を押さえてぷるぷる震えながら「マジ無理……尊すぎる……死ぬ……」とつぶやいている。ロゼは心配そうにイルマの背中に手を当てた。


「あの……大丈夫?」

「ごめん、大丈夫」


 ――いや、お前は大丈夫ではない。


 ロゼひとりだって振り回されっぱなしだというのに、こんなパンチの効いた奴が仲間になるなどと考えたくもない。さすがのロゼも、自分の身体を性的なターゲットにすると宣言してはばからない人物をパーティに引き入れたりはしないだろう。


 イルマは小さな手を差しだした。


「改めて。わたしはイルマ。どうかパーティに加えてほしい」

「うん、よろしく、イルマ!」


 ロゼはイルマの手を握った。


「即決!?」


 思わず声に出た。ウエイトレスのお姉さんがびくりと立ち止まる。


「いや……そ、そ、そ……ソーセージください」

「は、はい、ただいま……」


 お姉さんは早足で厨房へと消えた。

 イルマは指であごをさすりながら言う。


「さて、ロゼは聖騎士だな。剣と魔法が使えるはずだけど、それぞれひとりずつ専門職の人間がほしいな。つまり前衛の戦士タイプと魔道士。さしあたり火力と防御力を上げたいから前衛の戦士タイプがいいだろう」

「あ、じゃああのひとがいいよ」


 ロゼが指さしたのは、水牛の頭蓋骨の兜をかぶり、毛皮の腰巻きを巻いた筋骨隆々の斧闘士の男だった。がぶがぶとビールを飲んでは口の端からだらだらとこぼし、流れ落ちたビールで胸毛がごわごわになっている。なにがおかしいのか「がはは!」と笑っていた。


「声かけてくるね」


 斧闘士のほうへ向かおうとしたロゼの腕をイルマは目にも止まらぬ早さで引っつかんだ。


「待て、あれはダメだ」

「なんで? マッチョだよ?」

「わたしのハーレム計か――」


 イルマは激しく咳払いした。


「わたしの経験上、男ひとり女ふたりだと、男とどちらかの女がくっついて、ひとり余る。余ったらかわいそうだろう」

「かわいそう」

「だから女がいい」

「そっかあ」


 ばればれの後付け設定に、あっさり騙されるロゼ。


 ――どこまでひとがいいんだ、あいつは……。


 ロゼは店内をぐるりと見回す。


「でも、女の子の前衛なんて……あ」


 壁際の席に目をとめる。


 ひとりの女がいた。袴にブーツの出で立ち。テーブルには刀が立てかけられており、一見して職業は侍であるとわかる。背筋をぴんと伸ばし、うつむき加減でじっと座っていた。長めの前髪で目元は見えない。なにか近寄りがたいオーラのようなものが感じられた。


 イルマがきりっとした表情で言った。 


「あの女がいい。すごくおっぱいが大き――相当な手練れと見える」


 ――理性ガバガバだなこいつ……。


 ロゼは侍の女に歩み寄ると、弾けるような笑顔で「こんにちは!」と声をかけた。


 侍の女は泰然自若、まったく動じない――のかと思いきや、あからさまにびっくりして、頬を真っ赤に染め、

「あ、あの、え? わ、わたくし……?」

 などとあたふたしている。そしてぺこぺこと頭をさげた。


「ご、ごめんなさい……! お茶一杯で八時間も粘ってごめんなさい……!」

「ううん、いいよ」


 ロゼは首を横に振った。


 ――そりゃお前は構わんだろう。


 侍の女はロゼたちとは視線を合わさず、そわそわもじもじしている。近寄りがたいオーラの正体は、人見知り特有の『話しかけないでオーラ』だったようだ。


「わたしの名前はロゼ。この娘はイルマ。あなたは?」

「ニ、ニ、ニョ……んニ、ニニョオ……!」


 ――噛みすぎだろ……!


 ロゼは微笑んだ。


「ニノ、だね」


 ニノと呼ばれた侍の女はこくりとうなずいた。


 ――どうしてわかった!?


 ロゼはニノの正面に座った。


「わたしたち仲間を探してるの。そしたらあなたが目に入って。イルマもあなたのことをおっぱいが大きいって褒めてる」


 イルマはぎょっとしたが、すぐに、

「聞かれていたならしかたない。正直に言おう。わたしはお前の双子の山を、桜色の頂きを目指して登りたい」

 と居直った。ニノは「ひぃ」みたいな声をあげて胸を腕で隠した。


「しかし安心してもらいたい。当面わたしが狙うのはロゼだ」


 ロゼはニノに微笑みかけた。


「だって。よかったね」


 ――いや、お前はそれでいいのか。


 するとニノがおずおずと意見した。


「あ、あの……ロゼさんはそれでいいんですか……?」


 クノハは目を見開いた。


 ――まともな意見……!


 ロゼ、イルマとエキセントリックな少女との出会いがつづいて、つぎに加わるのも当然、奇矯な人材だと思いこんでいた。しかしニノはひどい人見知りだが常識人ではあるらしい。

 クノハは深い感動を覚えるとともに、肩の荷が軽くなったような気がした。


 ロゼは首を傾げる。


「なにが?」

「いえ、あの……だって……狙うって……そういう」


 イルマがニノをにらむ。ニノは首をすぼめる。


 ――が、頑張れ、負けるなニノ! ツッコめ! 奴らを修正しろ!


「と、とても、性的で不純な……」


 イルマが指でテーブルをトントントン! と叩いて威嚇する。

 ニノはしゅんとうなだれた。


「な、なんでもありません……」


 ――嗚呼……おしい……。


 額を抑えて仰け反った。

 そこにウエイトレスのお姉さんがやってきて、クノハのテーブルに皿を置いた。


「ソーセージです」

「このタイミングだと性的にしか聞こえないなっ」


 クノハははっとした。流れで思わず関係ない相手にツッコミを入れてしまった。


 お姉さんは青ざめた表情で後じさり、

「わ、わたし――そういうんじゃありませんから!」

 と、厨房へ逃げこんだ。クノハはその背中に手を延べた。


 ――違うんです! 違うんですよ! あの無闇にボケる連中が悪いんですよお……!


 そう弁解したかったが、目立った行動をしてはロゼたちに気取られてしまう。クノハは涙を飲んで震える腕を引っこめた。


 ロゼは身を乗りだし、ニノの手を握る。


「わたし、ニノが仲間になってくれたら嬉しいな」


 ニノは頬を染め、ますますうつむく。


「わたくしが仲間になると、嬉しいのですか……?」

「うん!」


 ニノはしばらく考えこんだあと、言いにくそうに言った。


「仲間になったら、このお茶……割り勘にしていただけますか?」

「うん、いいけど」


 ロゼがそう返事するや否や、ニノは残りのお茶をくいっと飲み干し、深々と頭をさげた。


「仲間になります。よろしくお願いいたします」

「仲間になってくれるって! やったね、イルマ」


 ロゼは飛びあがらんばかりにはしゃぐ。


「そうだな。あとは美尻の魔道士がいれば完璧なんだけど、ここにはいなさそうだ」


 イルマはきょろきょろしながら言った。もはやいかがわしい発言をごまかすつもりもないらしい。


「まあ、三人のパーティなら受けられるな」

「なにを?」


 首を傾げるロゼ。イルマは不敵に笑い、冒険者たちへの依頼が数多く貼りつけられた掲示板をばんと叩いた。


「クエストだ」

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