水沢ひなた/6:ともだち
きっかけと誓いにつながれて、何も見えなくなってしまってた。
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普通に考えたら、
完全に出遅れて、振り返るともう夏織が見つからなくなっていた。
大きな音を立ててあがった花火を見上げて、人混みが邪魔をする。
出遅れた理由は、多分、夏織が突然振り返って逃げ出した理由と同じでもあり、ちょっと違くもある。
お姉ちゃんと青葉が一緒にいること自体は、びっくりすることじゃない。
でも、手を繋いでるのはちょっと、いや、かなり想定外だった。
青葉の告白が成功したのか?
そんなことが頭の中を駆け巡っていた。あぜんと、していた。そして、出遅れた。
でも。
うちの心臓がこんなにドクドク言ってるのはなんで?
そんなことを考えている間にも、どんどん夏織との距離は離れて行ってしまう。
急がなきゃ。
人混みをかき分けて、水色、金魚柄の浴衣を探す。
小さな頃にも、こんな風に大事な友達の背中を追いかけて走ったことがあったな。
あの時と同じ匂いが鼻先をかすめる。
* * *
たしか、うちが小2の時のことだ。
当時小6のお姉ちゃんと一緒に来ていたお祭り。
ヨーヨー釣りでヨーヨーが2つ取れたうちは、それまで繋いでいたお姉ちゃんとの手を離して、両手の指にヨーヨーのゴム紐を通して歩いていた。
多分、お姉ちゃんは誰か友達とたまたま会って話をしていたんだろう。
手元にだけ集中して歩いていたうちは、いつの間にか一人になってしまっていた。
はぐれたことに気づいたのは、知らない男子二人組に話しかけられた時だった。
「お前、ヨーヨー二つも持ってる! ずるい! それ、くれよ!」
「こういうのは、ビョードーのために持ってない人にあげなきゃだめなんだよ!」
多分お姉ちゃんとおなじくらいの歳の男の子。
でも、当時のうちにとってはすごく大きい『男の人』だった。
とにかく
「じゃあな!」
男子は、二人で笑いあいながら駅の方に向かう。
その瞬間だった。
「どうしたの、ひなた」
ヒーローみたいに、輝く花火を背に、青葉が現れたのだった。
必死に、迷子になったことやヨーヨーを取られたことを説明すると、
「その人たちは、どこに行ったの?」
と聞かれた。
彼らが去った方向を指差した途端、
「よし、取り返そう」
と言って、勢いよく走り始めた。
今思うと小さい子供の身のこなしがぴったりだったみたいで、人混みの中でも青葉はどんどん進んでいった。
そして少し遅れて、うちもそれを追いかける。
一人にされたくなかったのもあるけど、それよりも、青葉があのガキ大将たちにボコボコにされることが怖かった。
青葉には、勇気はあっても、力はないから。
私は当時、とにかくトロかった。
一生懸命走ったけれど追いつくことができず、青葉を見失なった。
それでもとにかく同じ方向に走った。
足が遅いと、友達を守ることもできないのか、と思った。
その時、『足が速くなりたい』と心から思った。
どれくらい走ったか覚えてないけど、息を切らして人混みはずれた小さな公園に着く頃には、もう遅かった。
ガキ大将二人に青葉が食ってかかって、もみくちゃになっているところだった。
「それはひなたのヨーヨーだろ! 返せよ!」
叫ぶ青葉。
当時から頭が良い代わりに全然強くない青葉一人と、プロレスごっこを日課にしているようなガキ大将二人。
戦力差はもちろん歴然で、火事場の馬鹿力すらも発揮できず、青葉はやられた。
泥だらけの青葉が這いつくばりながら、ガキ大将の足首を掴む。
その時。
「お前ら何してんだよ」
学ランを着た中学生がやってきた。
「いじめてんのか? 遊んでんのか?」
声変わりなんかとっくに終わった低くかっこいい声で一睨みすると、ガキ大将たちはヨーヨーを地面に投げつけてすぐ逃げて行った。
「そんな覚悟ならやるんじゃねえよ……」
学ランは呆れた顔をして、倒れた青葉に近く。
「おい、お前、西山さんとこの坊主だろ。大丈夫か?」
青葉を抱き起こす。
自分の力でたった青葉は、目尻をこすりながらそっと頷く。
「頑張ったな。えらいぞ」
中学生が青葉の頭を撫でる。
うちは、怖さで全然動かない身体をなんとか動かして、青葉にかけよった。
「青葉、なんで……?」
そう聞くと、青葉は、
「友達は絶対、大切にしなきゃ」
とそれだけを言って、落ちたヨーヨーを拾って、うちに手渡してくれた。
「はい」
ありがとう、と言いたかったうちの口は震えて、何も言えないまま、大声で泣き出してしまった。
そのあとのことはよく覚えていない。
かっこいい声の中学生がどこにいったのかも、自分がどうやって家までたどり着いたのかも。
多分だけど、お姉ちゃんが探しに来てくれたんだと思う。
そもそも、青葉は一人で来ていたのかな。
うちは、その時以来、友達を大切にするべきだという信条を、頭ではなく、心の真ん中らへんに半分義務みたいにしっかり持っている。
今も昔も変わらない。
青葉は大切にすべき「友達」だ。
* * *
夏織を追いかけ続けて数分。
息が切れる。陸上部なのに情けない。もう、間に合わないのはいやなのに。
夏織の進んでいった方向に走っていたら、公園についた。
あの日、青葉がうちにヨーヨーを渡してくれた公園。
見つけた。
そこには、花火が上がるのと反対側の空を見上げた夏織が立っていた。
「夏織!」
近づきながらうちが呼びかけると、静かにこっちを向いて目のあたりをそっと拭った。
「ねえ、さっき、西山くんが女の人と手を繋いで歩いてるの見ちゃった。いつかちゃんと西山くんに告ろうって思ってたのに、もう、何も言えないじゃんね。私、ばかだなあ……」
震える声で、夏織はいう。
「こんなことだったら、フラれたとしても、伝えれば良かったのにね? もう、当たって砕けることもできないな……」
うちは、夏織の両腕を支えるように掴む。
このままだと、ガタガタになって崩れちゃいそうだった。
「ねえ、ひなた。私、いつかね、大人になったら、好きだったんだよって西山くんに言おうと思うんだ」
なんとか、吐き出される声。
「うん、うん」
「ねえ、その時は、良い思い出に、出来るかなあ?」
「そうだね」
でも、もう、ダメみたい。
「初めて、こんなに好きだったんだよ……」
そのあとは言葉にならず、花火の音では隠せないほどの
他に誰もいない公園で、うちはぎゅうっと夏織を抱きしめた。
なんだかわからないけどうちも泣けてきちゃって、夏織の背中をそっとさすりながら、呼吸を整えさせる。
その時だった。
「どうしたの、ひなた」
こういう時に、あいつは来るのだ。
よく知った声に、夏織も、振り返る。
「え、吉野さん? ん? 泣いてんの? どうしたの!?」
西山青葉がそこにいた。
自分の目も赤いくせに、人の心配をし始めるのが、青葉らしいな、と思う。
放心状態で泣き止んだ夏織が首をかしげる。
「西山くん、デートは……?」
「デート……?」
青葉も首をかしげる。
公園のはじっこにある花火が見えるベンチに移動して、青葉の話を聞くことにした。
うちを真ん中に、右に青葉、左に夏織が座る。
青葉は成り行きを話してくれた。
青葉は昨日うちがお願いした通り、撮影の後にお祭りにお姉ちゃんを連れ出して、今、孝典さんとお姉ちゃんを引き合わせて自分は去って来た、と。
そのたった一文で表せる行動にどれだけの想いがあったのか、どれだけ痛かったのか。
恋を知らないうちでも、分かる気がした。
本当にごめんね、青葉。
夏織はその女の人がうちのお姉ちゃんだったことにすごく驚いていた。
そりゃそうだよね。
ごめんね、夏織。
「大人同士の話し合いに僕みたいなのがいたら邪魔だからさ」
照れたみたいに髪を触る。
なぜか、うちの胸がチクリと痛む。
青葉を抱きしめたくなる自分のこの腕は、やっぱり友達を大切にするためにあるんだなあ、と思う。
友達が辛い時、苦しい時、うちに出来ることはないかと思う。
すごくすごく大切な友達がそれを教えてくれたから。
「じゃあ、なんで手を繋いでたの……?」
夏織がおずおずと聞く。
怯えながら聞いている夏織とは裏腹に、
「手? 繋いでなくない?」
ほえ? みたいなアホみたいな顔で青葉がいうもんだから、
「「繋いでたじゃん!」」
女子二人は大声でハモってしまった。
相変わらず頭の上にハテナマークを浮かべながら、青葉が続ける。
「ん? 繋いでないでしょ。なんで僕と日和さんが手を繋ぐの?」
無自覚?
無自覚で手を繋ぐほど、青葉は女慣れしているのか? どうして?
「いやいや、それはさすがに……」
うちが言おうとすると、
「あっ……」
青葉が思い当たったように声を出す。
「ああ、手を繋ぐね、そういうことか……」
何か一人で言っている。顔が赤くなってる。
「あれは、そういうんじゃないよ。手を引いていたっていうか、無意識だったから……。そっか、でも感触が残ってんな……」
そしてちょっと気持ち悪いことまで言い始めた。感触残すなよ……。
「とにかく、僕は日和さんとは付き合ってない! です!」
手をひらひらと振りながら、青葉が空元気で笑う。
うちは、その手をぎゅうっと握りたくなる。
偉かったね、青葉。いつも、本当に、偉い。
何年間も、青葉は、ずっとそうやって生きてきているんだ。
「お疲れ様、青葉」
いろんな思いを込めて、そう、口にした。
すると、しみじみとつぶやくうちの左側で、夏織がいきなり立ち上がった。驚いてそちらを見上げる。
「あのさ、西山くん!」
夏織がキッと青葉を見据える。
何を言おうとしているんだろう?
もしかして……。
「誤魔化しちゃ、だめだと思うから。絶対無理だって分かってるんだけど、もう後悔したくないから言うね!」
今、青葉はどんな表情をしているんだろう。
気になっても、うちは夏織から目が離せなかった。
嫌な汗が噴き出す。
夏織がこれから言おうとしていることは分かっている。
でも、それの何が、うちをこんな気持ちにするんだろう?
友達は絶対、大切にしなきゃ。
夏織は、うちの大切な友達。
それなのに。
やめてほしいと思う自分を、心の奥に見つけてしまった。
夏織はまっすぐ青葉の目を見て、完全に、誤解のしようもなく、伝えた。
「私は、西山くんが、好きです。西山くんに他に好きな人がいても、叶わなくても、好きです。それだけ、知っておいて欲しい……です」
夏織の精一杯を聞きながら、血の気が引いていくのを感じた。
目の前の風景がスーッと遠のいていく。世界から、音がなくなる。
あれ、おかしいな。
みんなの言葉がごちゃごちゃとたくさん、フラッシュバックする。
『ひなたちゃん、いつから青葉くんのことが好きなの?』
お姉ちゃんにそう聞かれたとき、うちはどう思った?
『じゃあ、水沢はにしやんのこと好きじゃないの?』
昨日、奈良にそう聞かれたとき、うちはどう思った?
『ひなたちゃん。うやむやにして、後悔、しないようにね』
うち以外、みんなが分かっていたんだ。
『友達は絶対、大切にしなきゃ』
青葉。
青葉。
青葉ぁ……。
今、青葉に、夏織に、言うべき言葉はいくらでもあるのに、うちの口はわなわなとしか動かない。
ここまできてやっと、ここまでされてやっと、心の底から思い知る。
うちは、大馬鹿だ。
本当は分かっていたくせに。
ずーっと前から、ちゃんと分かっていたくせに。
そのきっかけのせいで、誓いのせいで、がんじがらめになって、うちにとっては、言葉にしてはいけない気持ちになってしまったんだ。
ねえ、だって、友達は絶対大切にしなきゃって、あなたが言ったから。
この感情を『友情』って呼ぶんだって、ずっと思い込んでいたから。
目を大きく見開いた青葉がそっと答える。
「ありがとう、正直めちゃくちゃ驚いてるけど……。まだ、すぐに気持ちを切り替えられるわけじゃないけど……。とにかく、気持ちは嬉しい、です。ありがとう、吉野さん」
「ありがとう、西山くん」
パアッと笑顔になる夏織。
クライマックスのスターマイン。
これでもかと、大きな花火があがる。
うちにはもう、その綺麗な綺麗な花火を見上げることしかできなかった。
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