プリリア王女の怒り


 面白くない気分のまま自室に戻ったプリリア王女は、部屋に入るや否や持っていた扇をバシンとドレッサーに叩きつけた。その衝撃で扇は割れ、破片があたりに飛び散る。侍女達はオロオロとその様子を見つめていた。


「何もたもたしているの! さっさと片づけて!!」


 短い命令に慌てて侍女達が散らばった部品を拾い集める。プリリア王女はその様子を憮然とした表情で眺めていた。


 プリリア王女の目論見通り、先日アルフォークに伯爵位が授与された。

 プリリア王女としては本当は侯爵位がよかったが、父親と兄に流石にそれは無理だと言われて泣く泣く諦めた。もっとごねることも可能だったが、アルフォークの活躍ぶりを考えれば今は伯爵位でもゆくゆくは侯爵位を賜るのも可能だと考えたことも、大人しく引き下がった理由の一つだ。

 その本来なら納得いかない伯爵位ながら、プリリア王女はアルフォークに自分が降嫁してやることを匂わせた。

 アルフォークは泣いて喜ぶべきだ。なのに、アルフォークは感謝するどころかプリリア王女を隣国に嫁ぐように諭してこようとした。


 そして先ほど。ふと思い立ったプリリア王女は、アルフォークに会いに魔法騎士団の訓練所を訪れた。そこにいたアルフォークは若い女性騎士を指導しており、プリリア王女が来たにも関わらず、挨拶だけそこそこに、あとは彼女につきっきりだった。


 王女である自分が蔑ろないがしにされ、腸が煮えくりかえる思いだ。侮辱された気分だった。


「ちょっと」


 プリリア王女は扇を片付けていた侍女達を呼ぶ。主の不機嫌な声に侍女達はびくりと肩を震わせた。互いに目配せしながら恐る恐る顔を上げる。


「私は美しいでしょう?」

「世にまたと居ない美姫にございます」

「当然よ。──お前は鼻が上を向いていて不格好だわ」


 プリリア王女はその侍女を一瞥すると、ふんと鼻で笑った。侍女はサッと顔色を無くし、目を伏せた。

 プリリア王女は目の前の鏡を見た。そこに映るのは金糸のような美しい髪を結いあげた、色白の若い娘だ。高すぎず低すぎない鼻はすっきりと鼻梁が通り、ぷるんとした唇はピンク色。透き通るような肌は染み一つなく、頬はバラ色に染まっている。そして、アーモンド型の大きな瞳は彼女の気性の荒さを顕すかのように目尻が釣っていた。


 万人が見れば万人がプリリア王女を絶世の美人だと讃える。それもそのはず。プリリア王女は絶世の美女として名を馳せ、市井から王室に召し上げられた母親と瓜二つだった。

 誰もが自分に愛を請う。一国の王子ですら、自分を一目みればダンスに誘わずにはいられない。それなのに、あの男は決してなびかない。アルフォークがプリリア王女とダンスを踊るのは、義務として課せられた最初の一回だけだ。プリリア王女はそれが許せなかった。


 若い女性達の憧れの的である魔法騎士団長。自分に対する素っ気ない態度は気に入らないが、見た目は文句ないほどに完璧。美しい自分の隣に置くにはもってこいの、最高のアクセサリーだ。

 

──もしかして、想いを寄せる女性でもいるのだろうか?


 そうだとすれば、看過することは出来ない。なぜなら、自分が望んで手に入らないものなど、この世に存在してはならないからだ。邪魔者は例外なく排除しなければならない。


「こちらへ」


 プリリア王女は後ろに控える近衛騎士を呼んだ。近衛騎士がプリリア王女の傍に寄る。


「アルの親しくしている女性がいないか、調べてちょうだい」

「畏まりました」

「頼りにしているわ。どんな些細なことも報告して」


 プリリア王女が優しく目を細め、近衛騎士の頬を撫でる。近衛騎士は恍惚とした表情を浮かべプリリア王女の手に頬を擦り寄せた。


「上手くやってくれたら、しばらくの間は私の一番近くで護衛する栄誉を与えましょう」

「お任せ下さいませ、プリリア様」


 近衛騎士が嬉々として部屋を辞したのを見て、プリリア王女は口の端を持ち上げた。女性に人気の近衛騎士も彼女にかかれば容易く落ちる。あの男に自分への愛を請わせる日が、今から楽しみでならない。

 


***



 数日後のこと。

 プリリアの怒りは心頭に発していた。

 怒りで顔を赤くするプリリアに対し、目の前の相手──エクリード第二王子は涼しい顔をしてプリリアを一瞥した。


「お前の要求は全て事実無根だろう? お前からの要求があり、俺は事実関係の確認を行った。まず、魔法騎士団のキャロルだが、訓練にも魔獣の征伐にもしっかりと参加しており、勤務怠慢はない。次に薬草園のミリーだが、薬草の世話をしており、なにも問題はおこしていない。次に、花畑管理人のスーリアだが、沢山の花を育てて納品しており、魔術研究所及び装花師の評判も上々だ。次に魔術研究所の侍女の──」


 エクリードは手元の報告書を淡々と読み上げてゆく。これらの人物は全て、プリリア王女が『職務怠慢』としてクビにするようにと要求してきた人物だ。分かりやすくアルフォークと最近接触があった女性だけが選ばれている。よくまあこんなに調べたものだと感心するほどだ。


「──と言うわけだ。よって、職位を剥奪するような案件は見あたらなかった」


 全てを読み上げたエクリードがプリリア王女を一瞥すると、プリリア王女は真っ赤な顔で、両手でバシンと机を叩いた。


「納得いきませんわ。まず、そのキャロルという魔法騎士はこともあろうに戦闘中にパニックを起こして、庇ったアルが大怪我したと聞きしましたわ。一介の騎士が王都の魔法騎士団長であるアルの怪我の原因を作るなど、職務怠慢以外の何ものでもありません」

「部下の技量を見極められなかったアルにも責任がある。それに、大怪我ではなくて軽微な火傷だ。俺が治した」

「訓練中に、アルに必要以上に構って貰っていました。私、見ましたもの」

「訓練なのだから、必要なのだろう。お前が解雇を申し付けたキャロルには、その話は撤回だと伝えておいたからな」


 エクリードは睨んでくるプリリア王女に素っ気なく言い放った。


「その薬草園のミリーという女と花畑管理人のスーリアという女は、水汲みをアルに手伝わせていたそうですわ。水汲みは彼女達の仕事なのに、職務怠慢です」

「俺はその場に居合わせたが、あれは重い水が入ったバケツを持ってふらつく彼女達を気の毒に思ったアルが自分から申し入れて手伝ったんだ。彼女達のせいではない」

「しかし、手伝いを申し入れられても断るべきですわ」

「魔法騎士団長に言われて断ることなど、平民の彼女達に出来るわけがないだろう。お前はアルが、重い水を持ちふらつく女性を見かけても知らんぷりするような気の利かない男だと思っているのか?」


 エクリードの指摘にプリリアは顔を顰めた。


「でも、侍女は間違いなく職務怠慢です。アルにお茶を出すときに色目を使っていたとか」

「それも俺は居合わせたが、色目とはどんな目だ? 普通にお茶を出されただけだったが」


 エクリードに首をかしげられ、プリリアはギリッと奥歯を噛み締めた。

 先日のキャロルの件があり、プリリアはアルフォークに女の影がないか、近衛騎士に調査させた。その結果、何人か親しくしている女が浮上した。

 魔法騎士団のキャロル以外に、薬草園のミリー、花畑のスーリア、魔術研究所の侍女数名……。プリリアはそれらの人物を全てクビにしてアルフォークから遠ざけようと企んだが、正式な書類を作る段階でエクリードにはね除けられたのだ。これらの人物は皆、エクリードの名の下で採用されていたので、罷免権もエクリードが持っている。


「とにかく、こんな理由ではお前の要求は受け入れられない」


 冷たい声で言い放たれて、プリリアはキッとエクリードを睨みつけた。エクリードは正面からそれを見返した。


「お兄様が分からず屋なので、お父様に直接お願いします」

「ああ、そうしろ。結果は同じだ」

「っ!! 行くわよっ」


 不機嫌なプリリア王女に怒鳴られて、侍女は慌てて後ろを追いかける。豪華な髪飾りが歩くたびにゆらゆらと揺れる。


「何事もなければよいのだが……」


 エクリードはその後ろ姿を見送り、はぁっとため息を吐いた。




 

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