私の恋人はどんな人?
ふと気付いた時、スーリアは久しぶりのその光景に目をぱちくりとさせた。空は虹色のグラデーションがかかり、どこまでも続く真っ白な広い世界。目の前の数十メートル四方の一角だけは緑の芝が生え、美しい花々が咲き乱れている。そして、お決まりのようにバルーンに付いたのぼりが上がっていた。
『ようこそ。女神シュウユのランチピクニックへ』
それを見て、スーリアはようやくそこがランチピクニック会場なのだと理解した。よくよく見ると、草原の中にはレジャーシートが敷かれており、リアちゃんがせっせと何かを並べていた。
「こんにちは、リアちゃん」
「あ、いらっしゃい、恵ちゃん。ちょうどよかったわ。ちょっと手伝って」
スーリアを見つけたリアちゃんはこっちこっちとスーリアを手招きする。近づいてみると、お弁当を広げているようだ。サンドイッチやカットフルーツ、キッシュやフリットなどか彩りよく四角い箱に盛られている。スーリアはそれを広げてお皿を並べるのを手伝った。
「今日は何を?」
「見ての通り、ランチピクニックよ」
リアちゃんとは違う声がして顔を上げると、女神のシュウユがにこにこと微笑んでいた。
「久しぶりに恵ちゃんとも話したかったし、女子会でもしようかと思って」
シュウユはスーリアにレジャーシートに座るように促し、自らも腰を下ろした。リアちゃんもスーリアの斜め前に座り、お弁当を取り囲んで三角形になると、三人は和気あいあいとおかずを摘まみ始めた。
「今日は私が恵ちゃんに与えた力を説明しておこうと思って」
「私に与えた力?」
サンドイッチを頬ばっていたスーリアはシュウユに聞き返し、少し首をかしげた。
「花に浄化の力があることは人から聞いたわ」
「そうね。花は私の神力の器なの。その力は花が枯れても次の花が咲けば再び器として蘇り、何代もの間続く。効果を持続させたかったら、切り花ではなくて直植えがお勧めよ」
シュウユはにこにこしながら頷いた。スーリアはそれを聞いて、次回から魔術研究所には切り花だけでなく、直植えできる株を沢山納品しようと思った。
「あと、恵ちゃんの育てた野菜類には治癒力がある。効果は強力な治癒魔法よりも更に強いわ」
「え? じゃあ、体調不良のミアには私の野菜を無理やり食べさせればよかったってこと?」
「そうね。でも、あれはあれで、恵ちゃんが自分の気持ちに気付くきっかけになったから、よかったと思うわ」
シュウユに微笑みかけられ、スーリアは赤面した。自分の気持ちというのは、すなわちアルフォークへの恋心だろう。薄々知ってはいたが、目の前の女神は何もかもをお見通しなのだ。
「他には何か、私が知っておくべきことはある?」
「そうね……さっき、花は神力の器と言ったけれど、恵ちゃんは器に力を注ぐための水挿しのような役目なの。だから、恵ちゃんが精神的に満たされている時ほど神力はうまく注がれる。けれど、逆に恵ちゃんが深く悲しんでいたり、もうこんな力はいらないと思えばうまく力は注がれない。つまり、恵ちゃん次第なのよ」
「私次第?」
スーリアは今のシュウユの話の意味をもう一度考えたけれど、よくわからなかった。
「そう。恵ちゃん次第」
「ふーん」
自分自身にそんな役目があると言われても、スーリアには実感がない。シュウユはスーリアを見つめたまま、柔らかい笑みを浮かべている。
「ねえ、シュウユ様。私は上手くやれているかしら?」
スーリアはおずおずと尋ねた。
浄化をしてこいと言われて地上に降り立ち、早半年が経つ。自分がきちんと役目を果たせているのか、スーリアは不安だった。
「とてもよくやってくれているわ」
シュウユがスーリアを見つめる。
「ねえ、恵ちゃん。あなたの恋人はどんな人?」
シュウユの思いがけない返しに、スーリアは目を丸くした。アルフォークのことを聞かれるなんて、思ってもみなかったのだ。スーリアは少しの間、アルフォークの人となりを考えた。
「かっこよくて、優しくて、誰よりも誠実な人だわ。とても素適な人なの」
脳裏に蘇るのは優しくこちらを見つめるアメジストのような薄紫の瞳。耳に心地よい『スー』と言う呼び声。抱き寄せられた時の温かいぬくもり。スーリアにとって、アルフォークはいつも優しく、穏やかで、誠実な人だ。自分には勿体ないほど素適な人だと思った。
「へえ、そんなに素適な人なの? いつか私も会いたいわ」
横で聞いていたリアちゃんは、目をキラキラさせて身を乗り出した。
「いつか会えるわよ」とシュウユはリアちゃんに微笑んだ。そして、スーリアに微笑んだ。
「恵ちゃん。今思っていることを忘れないでね。あなたの恋人はかっこよくて、優しくて、誰よりも誠実な人」
優しく目を細めるとふふっと笑ったシュウユを見て、スーリアは首をかしげた。なぜシュウユがこんなことを言ったのか、この時はわからなかったのだ。
***
その瞬間、魔法騎士団の訓練所はシーンと静まり返った。皆、心中では言いたいことは腐るほどあったが、誰も何も言うことが出来なかった。
「聞こえなかったの? 貴女を魔法騎士団から除名します。明日からは来なくて結構よ。再就職先が見つからないのなら、街の警邏隊の仕事を紹介して差し上げるわ」
渦中の人物──王都魔法騎士団で唯一の女性騎士であるキャロルは、信じられない思いで目の前の人物を見上げた。プリリア王女は扇を片手に握り、こちらを見下ろしている。
「恐れ入りますが、私が何か粗相を?」
「何か粗相を? 自分でやっておきながら、自分で分からないなんて。貴女はやっぱり魔法騎士には相応しくないわ」
目を細めて軽蔑するような眼差しを浴びせられ、キャロルはサーッと血の気が引くのを感じた。ここ最近の自らの行為を思い返したが、魔法騎士の職を任免されるほどのことは思い当たらない。一体何がいけなかったのか、本当に分からなかった。
キャロルは咄嗟に周囲を見渡した。同僚達は皆、青い顔で立ち尽くしている。ただ一人、彼女の上司であるアルフォーク団長が厳しい表情のままプリリア王女の前に出て、跪いた。
「リア様、恐れながら申し上げます」
アルフォークはプリリア王女を見上げた。
「キャロルは、魔法騎士の職を任免されるような事は何もしておりません。むしろ、彼女はよくやってくれています。何かの間違えではないでしょうか?」
まっすぐに見上げるアルフォークを見て、プリリア王女は不愉快げに顔を顰めた。
「私が間違えているというの?」
「そのようなことは……。何かの行き違いがあったのではないかと。解雇の通知書はあるのでしょうか?」
「そのようなもの、必要ないわ。王族の私が辞めろというのだから、それで十分でしょう?」
「しかし……」
キャロルは顔色を失った。これ以上王族であるプリリア王女に意見すれば、最悪の場合アルフォークが不敬罪に問われかねない。こんなところで輝かしい未来が約束された魔法騎士団に、職を失わさせるわけにはいかないと思った。
「承知致しました。私が魔法騎士を去ります」
「キャロル!」
キャロルの言葉に、アルフォークが止めようと名を叫ぶ。
「私が去れば、全てが丸く収まります。お世話になりました」
「懸命な判断だわ」
キャロルはその理不尽な仕打ちへの悔しさから、唇を噛んだ。プリリア王女は満足げに微笑む。その笑顔は女神のごとく美しいのに、まるで悪魔のように見えた。
「お世話になりました」
「待て! キャロル!!」
無表情のまま訓練所を立ち去るキャロルを、アルフォークが咄嗟に追いかける。魔法騎士団の面々はただ呆然と見送ることしか出来なかった。
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