舞踏会

 今日は王宮で舞踏会が行われる。一年で一度、宮殿の大広間を開放して行われるこの舞踏会はとても大規模なものだ。国中の貴族に国王の名で招待状が送られる。当然、欠席する者は殆どおらず、どうしても参加出来ない場合は代理が立てられる。


 アルフォークは自宅で上着に袖を通すと、ハァッと大きくため息をついた。

 アルフォークは今日の舞踏会に、兄夫婦の代理として出席することになっている。しかし、行きたくないのだ。かと言って、伯爵家であるアルフォークの実家が国王からの招待を無碍にできるはずもなく、アルフォークに行かない選択肢はない。アルフォークは鏡の前に立ち首回りを整えると、重い腰を持ち上げて部屋を出た。


 宮殿に着くと、宮殿の中はいつもにも増して豪華に飾られていた。特に、随所に置かれた装花は素晴らしく、会場全体に華やかさを添えていた。

 そんな豪華に飾られた廊下を通り抜けると、アルフォークは宮殿の奥へと足を進めた。妙に足が重い。冗談抜きで鉛のようだが、行かないと実家が不敬罪に問われる可能性だってある。アルフォークはなんとか足を進め、一つの扉の前で立ち止まった。


「お待たせしました、リア様」


 扉をノックすると、中からプリリア王女の侍女が顔を出した。すぐにその後ろからプリリア王女本人も顔を出す。今宵のプリリア王女は水色のシルク製ドレスを身に纏っており、そのドレスは彼女の白い肌に映えてとても似合っている。


「どうかしら?」

「とてもお綺麗です」

「ふふっ。そうでしょう?」


 プリリア王女はアルフォークの褒め言葉に満足げに微笑むと、スッと手を差し出した。アルフォークはその手をとり、甲にキスを落とした。


 今日の舞踏会は、アルフォークは従姉妹の子爵令嬢をパートナーに参加する予定だった。ところが、参加直前になって、従姉妹の子爵令嬢が病に伏せって参加できなくなったと言いだした。そして、時を合わせたかのように降って湧いたプリリア王女のエスコート役。


「娘も本当な残念がってるんだが、急病ではどうしようもないから」


 心底申し訳無さそうにそう告げた叔父の子爵は、心なしか視線が泳いでいた。確証はないが、十中八九で何らかの圧力を受けたのだろう。プリリア王女の着ている艶やかなシルクのドレスは、アルフォークの髪と同じ水色だ。これを見た貴族連中はどう思うだろうか? きっとプリリア王女の嫁ぎ先の有力候補がアルフォークだと睨んで、余った爵位のある貴族や子供のいない貴族がこぞってアルフォークを養子にしたいなどと騒ぎ出すのは目に見えている。アルフォークはこれからの数時間を思って、気持ちが沈んでくるのを感じた。

 


 *** 



 スーリアは朝から大忙しだった。前日に王宮お抱えの装花師から、今日は舞踏会があるのでスーリアとミリーも装花を手伝うようにと言われていたのだ。

 まだ日が昇り始めたばかりの朝早くから集まって花を摘み取り、皆で手分けして宮殿の中を美しく飾ってゆく。国王陛下主催の舞踏会は王室の威信がかかっており、万に一つも花がしおれていたり崩れていることは許されない。細心の注意を図りながら作業を進める必要があり、一つ一つの装花にいつも以上に時間がかかった。


「ふぁー、疲れた。やっと終わったねー。でもこの後も長いんだよねー」


 全ての装花が終わったとき、ミリーはグッと両腕を上に伸ばして伸びをした。一日中前かがみで作業していたので、背中がポキッと鳴る。スーリアとミリーの仕事はこれで終わりではない。舞踏会の最中に酔って装花を崩したり、外に出て庭園を荒らす人は必ず一人はいる。そういう人に対応するために、舞踏会が終わるまではいつでも花を直せるように控えているのだ。


「もう招待客の方がいらしているのね。素敵だわ」


 スーリアは物陰から廊下を歩く人々を眺めて、うっとりと呟いた。スーリアがいる場所からは、多くの男女が開放型の渡り廊下を通って広間に向かう姿が見えた。皆とてもお洒落をしており、男性はかっちりとしたジャケットのようなものを羽織り、女性はお姫様のようなドレスを着ている。


「国王陛下が主催の舞踏会だからね」


 ミリーも渡り廊下への視線を向けた。平民では一生手にすることもないような豪華なドレスを着て、美しく化粧を施した女性たち。その傍らにはそれぞれのパートナーが寄り添い、手を添えていた。しばらくして人の波が途切れると、一際豪華な水色のドレスを身につけた若い女性と、背の高い水色の髪の男性が歩いてくるのが見えた。


「アルフォーク団長閣下だわ」


 スーリアはその姿を見て、すぐにそれがアルフォークだと気付いた。濃紺のジャケットとズボンを履いたアルフォークはモデルのように様になっていた。いつもは緩くひとつに結っている髪は、普段より丁寧に撫でつけられ、うしろで編みこまれているように見える。


「本当ね。エスコートしているのはプリリア王女殿下かしら」

「プリリア王女殿下?」


 隣に居たミリーの声を拾い、スーリアは口の中でその名前を小さく呟いた。プリリア王女の名前は何回か聞いたことがある。確か、アルフォークのことがお気に入りで、近衛騎士にと望んでいるのをエクリード殿下が断っていると聞いた。

 スーリアはアルフォークの隣に居る女性に目を向けた。遠目に見ても、とても美しい女性だ。渡り廊下に灯された魔法の光を浴びて、その金の髪はキラキラと輝やいている。


 プリリア王女は何かをアルフォークと喋りながら歩いていた。片手に羽のついた扇を揺らしており、反対の手にはアルフォークの手が重ねられている。口元は隠れているので見えないが、楽しそうに笑っているように見えた。

 スーリアは自分の姿を見下ろした。目に入るのは一日中作業をしたせいで薄汚れたエプロンと、今日の手伝いのために支給されたシンプルなワンピース。装花作業で何度も水を触ったせいで手先はカサカサしている。来賓客の目に入る可能性があるため、装花師同士で化粧をし合ったが、本当に必要最低限だ。遠目に見るプリリア王女と比べて、なんだか自分がとても恥ずかしい存在のように思えた。


 全員が広間に入り、暫くすると外にまで楽団の演奏が聞こえてくる。それに合わせて中で男女が向き合ってダンスを踊っているのが見えた。その中に、淡い水色の髪を見つけてスーリアの心はツキンと痛む。向かい合うアルフォークとプリリア王女はとてもお似合いの美男美女に見えた。ただの平民で、立場的には薬草園併設の花畑管理人であるスーリアには、あの場に行くことは出来ない。


 窓ガラス越しに見えるアルフォークの姿が、とても遠くに感じる。鋭い胸の痛みを感じたスーリアはぎゅっと胸元のネックレスを握りしめた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る