素敵な贈り物

 スーリアはバケツの水を地面におろすと、ふぅっと息を吐いた。

 雨が少ないと、花へやる水を水場から花畑までを運ぶ必要がある。スーリアの自宅の花畑は家の脇にあるからまだいいが、王宮はそうもいかない。薬草園の脇には専用の水場があるが、薬草園自体が広いのでそこからでもかなりの距離を運んで来なければならなかった。水は重いので、スーリアにとっては重労働だ。


 バケツの横に立ったスーリアはひしゃくを手にすると、バケツの水をすくって花にやった。花弁は水をはじき、水滴がキラキラと光る。

 アルフォークやルーエンによると、スーリアの花には不思議な力があるという。そのお陰なのか、スーリアの花は害虫がつくこともなく、元気に育っていた。魔術研究所に卸すほかに、近々開催される国王陛下主催の舞踏会でも花を提供することになっている。スーリアは元気に育つ植物達を見て口もとを綻ばせた。


「あら、もうなくなっちゃったわ」


 スーリアはバケツを見て独り言ちた。いつの間にかバケツは殆どからに近い。アルフォークが現れたのは、もう一度水を汲みに行こうとスーリアがバケツを持ち上げたときだった。


「スー、水汲みか?」

「あ、アル。ええ、暑いからすぐに土が乾燥してしまって。今から汲みに行くの。アルはルーエンさんのところに?」

「いや、スーに用事があって来た」

「私に?」


 スーリアは首をかしげた。アルフォークはルーエンに会いに来たついでにスーリアの花畑によく寄ってくれるが、スーリア自身に用事があることはあまりない。


「もしかして、納品したお花に問題がありましたか?」


 スーリアが不安げに聞くと、アルフォークは首を横に振った。


「いや、何も問題ない。とても助かっている。今日は、スーにこれを渡そうと思って」


 アルフォークが差し出した手のひらの上には水色の石のついたネックレスがのっていた。青空のような爽やかな水色で、アルフォークの髪の色に似ている。


「これは?」

「水属性の魔法石だ。いつも水やりの水を運ぶのが大変だろう? よろよろしていて、見ていられない。これがあれば、部分的に水を作り出して雨のように降らせることも可能だ」

「え? でもこれ、高いんじゃ??」


  スーリアはアルフォークの手のひらに乗った魔法石を見た。透き通った水色の石は丸っこく艶々としている。石には金属の留め具が付いており、金色のチェーンに繋がっていた。金のチェーンはきらきらと輝き、素人目には本物の金のように見えた。水色の石も、もしかすると何かの宝石なのかもしれない。


「値段は気にしなくていい。スーのために作ったから、もらってくれ」


 アルフォークはスーリアを見下ろすと、にこりと笑った。スーリアは今の会話を反芻した。『スーのために作った』と言っていた。いつも優しいアルフォークは水を持ってよろよろする自分を見て、親切心で作ってくれたのだろう。しかし、恋心を自覚し始めていたスーリアは胸が高鳴るのを感じた。


「ありがとうございます。付けてみても?」

「付けてやる。後ろを向いてくれるか」


 アルフォークに促されてスーリアは後ろを向いた。スーリアは服の外に出ている首だけが日焼けするのが嫌で、今日は半分髪を下ろしていた。その髪をアルフォークがそっと触れる。感覚のないはずの髪の毛から、熱が広がるのを感じた。男の人にアクセサリーを付けて貰うことなど生まれて初めてだし、ましてや好きな人なのだからドキドキは収まらない。


「出来た。こっち向いて」


 スーリアはおずおずと後ろを向き、アルフォークを見上げた。こちらを見下ろすアルフォークが表情を綻ばせる。


「とてもよく似合っている。綺麗だ」

「ありがとうございます」


 スーリアはどぎまぎしながら答えた。アルフォークはきっと魔法石が綺麗だと言ったのだ。頬に熱が集まるのを感じ、スーリアはそう自分に言い聞かせた。その時、スーリアは暑かったはずの空気がぐんと冷えたのを感じた。


「どう? 涼しい??」


 アルフォークがこちらをじっと見ている。燦々と太陽が照りつけるのに、スーリアのまわりはクーラーが効いたかのように涼しい。スーリアは目をぱちくりとして、アルフォークを見上げた。


「もしかして、魔法?」

「そうだ。顔が火照っていたから。俺は氷属性の魔術も得意だから、今度、氷属性の魔法石も作ってやる」

「そんな、悪いですっ」

「花畑で暑さで倒れたら大変だ。御守りがわりに貰ってくれ」


 アルフォークはスーリアを見下ろして、苦笑した。


「ありがとうございます……」

「どういたしまして。水遣りの練習をしようか? 魔法で水遣りしたことはある?」

「ないです」

「自分のまわりに水が集まる様子をイメージするんだ。頭上に雨雲が集まって、雨が降るような──」


 その直後、スーリアとアルフォークの頭上にだけ豪雨が降った。バケツをひっくり返すような大雨が二人を襲う。洋服はびしょびしょになり、髪からは水滴が滴り落ちた。


「──もう少し小雨をイメージほうがいいかも知れない。雨雲は出来れば真上じゃなくて、斜め前方ぐらいで……」

「ご、ごめんなさい……」


 二人は顔を見合わせた。お互いにびしょびしょになった姿を見て、スーリアはなんだかとても愉快になった。


「ふふっ。アル、びしょびしょだわ」

「スーもな」

「ごめんなさい。ふふっ、あははっ」


 笑い転げるスーリアを見て、アルフォークは唖然とした顔をした。けらけら笑い転げていると、スーリアの顔にピシャッと水がかかる。


「お返しだ」


 ニヤリとしたアルフォークを見て、魔法で水鉄砲を食らわされたのだとわかった。


「まあ、酷いわ!」


 ポスンと軽く叩くと今度はアルフォークがけらけらと笑う。結局、下着までびしょびしょになった二人はルーエンに頼んで魔法で服と髪を乾かして貰ったのだった。


 

 ***



翌日、レッドハットベーカリーでお手伝いをしているスーリアはご機嫌だった。無意識に鼻唄をならし、自然と笑みがもれる。


「リア、機嫌いいな?」

「そう?」


 リジェルが不思議そうにスーリアを見つめる。その時、リジェルはスーリアの胸元できらきらと輝くネックレスに気がついた。


「そのネックレスを買って機嫌がいいのか?」

「あ、これは貰ったの」

「貰った?」

「うん。魔法騎士の団長閣下に」


 それを聞いたリジェルは呆然として目を見開いた。


「え?……まじか。……そうなの…?」

「ええ、そうよ。それがどうかした?」


 まじか、嘘だろ、とリジェルはぶつぶつと呟いている。そんなリジェルの背中を女将さんがバシンと叩いた。


「もたもたしてるから横から掻っ攫われるのよ」


 女将さんに叱責されてがっくりと項垂れるリジェルを見て、スーリアは首をかしげたのだった。


 




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