スーリアの花畑

 アルフォークは翌日、部下のスティフにあの不思議な花をくれた彼の婚約者の妹について尋ねた。

 スティフの話では、スーリアと言うその少女は元々一人でふらりと森に野いちごや木の実を取りに行くことが多かったらしく、あの日も一人で森に出かけてあの事件に遭遇したらしい。大怪我で九死に一生を得た後は森に行くのはぱったりとやめて、代わりに今は熱心に花を育てていると言う。


「おっとりとした、いい子ですよ。すっかり元気になったようです」

「それは良かった。たしか、以前に貰った花は彼女が育てたのものだと言っていたな?」

「はい。あの大怪我以降、園芸に目覚めたらしいです。婚約者の元を訪れると、スーリアは大抵庭で花の世話をしています」

「なるほど」


 アルフォークは考え込むように黙り込んだ。

 魔獣の攻撃をまともに受けたのに傷一つ無いという不思議な出来事が起きて、その時に持っていた異様に花持ちのよい切り花が灰になった。関係があるように思えるが、無関係な気もする。


「その子は聖魔術が使えたりするのか?」

「魔法? たしか、殆ど使えないはずですよ。魔法が必要な時はいつも魔力の隠った小道具を身に着けています。聖魔術なんてとても無理ですよ」


 スティフはハハッと笑った。


 聖魔術とは聖魔術師達が使う魔術のことだ。創造の女神シュウユの系統を成す魔術だとされており、空間の歪みを正すだけでなく裏の世界から来た魔獣の攻撃全般を無効化する効果がある。ルーデリア王国ではかつて創造の女神シュウユの祝福を受けたとされる王族に特に強い聖魔術の使い手が現れることが多く、今は第二王子のエクリード殿下が国一番の聖魔術の使い手だ。


 聖魔術の使い手でも無く、魔力も殆ど無い園芸が趣味の少女。となると、やはり全ては偶然だったのかと思えたが、アルフォークはなんとなくその少女の事が気になった。


「スーリアに会うことは出来るか?」


 アルフォークの言葉を聞いてスティフは驚いたように目をみはった。


「スーリアに? そりゃあ、もちろん会いに行くことは出来ますが、団長が直々に行ったら向こうがびっくりするかも知れませんね。身分も違いますし、恐縮されるかもしれません」

「では、スティフの同僚として会いに行く。それなら大丈夫だろ?」

「さあ、どうでしょう? 突然自宅に魔法騎士が訪ねて来たことに変わりはないので、あまり変わらない気がします。変に誤魔化すぐらいならちゃんと名乗った方がいいかと思いますが。ところで、何故スーリアに?」


 スティフは不思議そうに首をかしげた。


「いや、貰った花が珍しかったものでな。育てているところを見てみたいと思ったんだ」

「花が珍しかった? 団長が花好きとは知りませんでした」


 スティフは意外そうにアルフォークの顔をしげしげと眺めてきた。アルフォークは居心地が悪くて眉を寄せる。アルフォークは別に花好きではない。スティフの言葉は見当違いも甚だしいが、説明するのがいろいろと難しいのでアルフォークは訂正しなかった。


 翌日スティフに案内されて訪れた彼の婚約者の自宅は、王都の郊外に広がるのどかな田園地帯にひっそりと佇んていた。農業を生業としているようで家は典型的な農家のものだ。木造の簡素な造りの住戸の脇には大きな納戸があり、開いた扉からは農業用の道具が顔をのぞかせていた。

 スティフに連れられてその納戸の裏手の回ると、見事な花畑が見えた。


「こんにちは、スーリア」


 スーリアという名の少女はスティフの言うとおり、一人で花の世話に熱中していた。アルフォークが訪れたときは地面にしゃがみ込んで何かをしていた。

 声を掛けられたスーリアはこちらに気づき、にっこりと微笑んで近寄ってきた。助けた時は泥と血にまみれてわからなかったが、スーリアは大きな薄緑の瞳をした色白の美少女だった。やせ形で体も小さく、アルフォークやスティフと比べると頭一つ分以上も小さい。そして薄ピンク色の髪の毛を簡単に一つに結い上げて、儚げな雰囲気を纏っていた。


「こんにちは、スティフさん。今、姉さんは家の中で母さんの手伝いをしてるはずよ」


 スーリアはにこっと笑うと、家の方を指さした。スティフはその様子を見て頷づく。


「ああ、今から寄るよ。ところで、今日は君にお客さんを連れてきたよ」

「私にお客さん? どなた?」


 スーリアはキョトンとした顔をしてスティフとアルフォークの顔を見比べた。


「こちらは魔法騎士団のアルフォーク団長だよ。怪我をしたスーリアをこの近くまで運んでくれた方だよ。君の花が気に入ったようで、会って育てているところを見てみたいと言うからお連れしたんだ」


 スティフの言葉を聞くとスーリアはパッと表情を輝かせた。


「まあ! はじめまして、団長閣下。その節は本当にお世話になりました。私が元気でいられるのも閣下のおかげです」


 スーリアはアルフォークに丁寧に頭を下げてお辞儀をすると、にこにこと人懐っこい笑顔を向けてきた。


「市民を守ることも魔法騎士団の任務ゆえ、気にすることはない。元気そうでよかった」

「はい」


 アルフォークもスーリアの元気そうな姿を見て頬を緩めた。もう駄目かと思ったあの時からは想像も出来ないほど元気そうだ。


「あの、閣下は私の花を気に入って頂けたって本当ですか? あのガーベラは私が最初に育てたものなのです。気に入っていただけて良かったわ」


 スーリアは自分の花を気に入って貰えたのがよっぽど嬉しかったのか、満面に笑みを浮かべている。その様子を見て、スティフは片手を上げた。


「じゃあ、俺はメリノのところに寄るから。ごゆっくり」

「はい。スティフさん、ありがとうございます」


 スティフが婚約者の元へ向かうと、アルフォークは花畑でスーリアと二人きりになった。


「閣下はどんな花が好きですか?」

「……どんな花でも」


 アルフォークは返答に困った。そもそも特に花が好きなわけでは無いのだから答えようがない。花の名前もバラとユリくらいしか知らない。スーリアは少し首をかしげ、気を取り直したように花畑の中の花を一つ一つ熱心に説明し始めた。


「あれは先日種を撒いたナスタチウムです。ちょうど種を買っている時に聖魔術師と魔法騎士の方達が空間の歪みを正しに向かうところだったので買いました。花言葉が『困難に打ち勝つ』とか『勝利』、『愛国心』なんですよ。黄色やオレンジの可愛いお花が咲きます。食用にもできるんですよ。サラダの彩にいれたりします」


 少し離れた一角に草が沢山生えているところをスーリアが指さす。


「随分と成長の早い花なのだな」


 アルフォークが呟くと、それを聞いたスーリアはアルフォークを見上げて笑った。


「私が育てると何故か早く育つのです。それに、花の期間は長持ちするのよ。魔法みたいでしょ?」 

「魔法……」

「それに、季節でない花が咲く事もあるんです」

「それは不思議だな。スーリアは植物に作用する魔法が使えるのか?」

「いいえ、全く。少しは使えたらよかったのに」


 スーリアは残念そうに肩を竦めて口を尖らせた。たしかに、アルフォークがそばに寄ってもスーリアから魔力のようなものは感じられなかった。むしろ、魔力は全くと言っていいほど感じない。ここまで魔力がゼロに近い人間も逆に珍しいほどだ。

 となると、これらの花の不思議な現象は育てた場所の問題なのかも知れないとアルフォークは考えた。 


「ここ地域の作物は全てそうなのか?」

「いいえ。私が育てたものだけなの。面白いでしょう? 父さんもびっくりしてたわ」


 スーリアは無邪気に笑った。その様子を見る限り、アルフォークには何か特別なる魔法を使っているようには見えなかった。しばらくスーリアに案内されて花を眺めていると、スティフが戻ってきた。


「団長、お待たせしました。スーリア、そろそろ夕食みたいだよ」

「あら、もうそんな時間なの?」


 スティフの言葉を聞いたスーリアは残念そうに眉じりを下げた。


「また見に来てもいいか?」

「是非。花好きな知り合いができて嬉しいです。いつでもまた見に来てください。そうだわ、ちょっと待って下さい」


 スーリアは笑顔で頷くと、そそくさと一人で自分の花畑に戻っていった。しばらくして戻ってきたスーリアの手には摘み取ったばかりの花を簡単にまとめた花束が握られている。その様子を見て、アルフォークは心の中で苦笑した。どうやら自分は『魔法騎士団長でありながら花を愛でるのが好きな乙女チックな男』ということで彼女の中でイメージが確定したようだ。


「これ、良かったらどうぞ」


 案の定、笑顔のスーリアはお土産にと彼女の育てる花畑の花で作った花束を手渡してきた。


「ありがとう」


 アルフォークは有難くそれを受け取ると、スティフとともにスーリアの自宅を後にした。


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