今日もいい日でした
スーリアが家に戻ると、夕食の準備はすっかりと整っていた。今日のメニューは鳥肉と野菜の煮込み、フレッシュサラダ、パンとスープだ。皿からは湯気が上がっており、よだれが出そうないい匂いが部屋全体に漂っている。
「お待たせ」
スーリアは急いで手を洗うと食卓についた。思ったよりも、もたもたしてしまったようだ。四人は今日も祈りを捧げてから食事を頂いた。
「スーリア。今日、団長さんが来ていたんでしょ? 直接お礼が言えてよかったじゃない。どんな人だった?」
鳥肉を頬ばっていると、姉のメリノがスーリアの方を見つめていた。人気の魔法騎士団長がどんな人物なのか興味津々の様子だ。
「うーん、そうね……。すごくハンサムだったわ。それに、優しそうないい人だった」
「へえ、やっぱりそうなのね。スティフからもそう聞いてるわ。なんでも、王女殿下のお気に入りで常日頃から近衛騎士に欲しいと望まれているのを第二王子殿下がはね除けてるって」
「王女殿下? 第二王子??」
スーリアは初めて聞く人物に首をかしげた。
「魔法騎士団って聖魔術師と一緒に行動するでしょう? 今の聖魔術師団のトップは第二王子のエクリード殿下なのよ。スーリアに治癒魔法をかけてくれたのはエクリード殿下だってスティフが言っていたわ」
「第二王子殿下が?」
スーリアは思いがけない話に目を丸くした。第二王子殿下がただの町娘に治癒魔法をかけるなど、とても恐れ多い話だ。しかし、第二王子殿下ともなると身分が違いすぎてお礼も言うことも出来ない。さすがにスティフに頼んでも手紙を渡すのは難しいだろう。スーリアは心の中で顔も知らぬ恩人にお礼を言った。
アルフォークは、近くでみるとびっくりするような美丈夫だった。水色の流れるような髪を後ろで緩く結び、薄い紫色の瞳は吸い込まれそうな印象を受ける。鍛え上げられた身体は引き締まっているのが服の上からでもわかり、背は百八十センチ以上はありそうにみえた。魔法騎士団長として立場も申し分なく、多くの女性に人気なのも納得だ。王女殿下のお気に入りと言うのも頷づける。
「団長閣下は花が好きみたい」
「花が?」
メリノは驚いたように目をみはった。
「ええ、そうなの。また見に来て下さるって言っていたわ」
アルフォークはスーリアの花談義に隣でじっと耳を傾けていた。この世界に来て初めての花愛好仲間ができたことにスーリアの心は踊った。しかも、相手があんな美丈夫であればなおさら気持ちが浮ついてしまう。
「花と言えば…」
もくもくと食事をしていた父親のベンが思い出したようにフォークを止めた。
「お前の花はよく売れたよ。今日も完売だった」
「本当?」
ベンの言葉に、スーリアは目を輝かせた。つい先日から、スーリアの育てた切り花を野菜と一緒に売り始めたのだ。買ってくれる人などいるのかと心配だったが、思いのほか売れ行きは好調らしい。
「パン屋さんがとても綺麗だから店の軒先で売ってはどうかって言ってくれてるんだが、どうする?」
「パン屋……。リジェルのところね?」
「そうだ」とベンは頷いた。
「リジェルったらすっかりと大きくなって、今はパン作りの修業中なのよ。背もこんなに高くなって」
横で話を聞いていた母親のマリアも話に加わり、手を高く上げて見せてきた。スーリアは入れ替わる前のスーリアの記憶からパン屋の記憶を辿った。パン屋は町に沢山あるが、スーリアの家でパン屋と言えば昔から行きつけの一軒だけだ。跡取り息子のリジェルはスーリアの一つ年上で、小さなときから何ごとも単独行動を好んだ元のスーリアには数少ない幼馴染みでもある。
「じゃあ、お言葉に甘えちゃおうかしら?」
「ああ、そうするといい」
ベンとマリアはスーリアを見て微笑んだ。
その晩、スーリアは今日の出来事を思い返した。
初めて会う魔法騎士団長のアルフォークはとても素敵な人だった。優しくて大人で花が好きなハンサムな男性。そして、スーリアの育てた切り花の売れ行きも好調で、幼馴染みのリジェルのお店からの嬉しい申し出。
素敵な事が二つもあった。今日はいい夢が見れそうな気がして、スーリアはご機嫌で布団にもぐりこんだ。
***
スーリアは見慣れない光景に目をパチパチとしばたたかせた。目の前には白いテーブル。その上にはショートケーキにマカロンにカップケーキ、カヌレ、クッキー……とにかく沢山のスイーツがセンス良く並べられている。中央には結婚式のテーブル装花のような装花がされ、豪華さを際立たせていた。そして、上にはバルーンに繋がれたのぼりがあがっていた。
『ようこそ、女神シュウユのお茶会へ!』
テーブルの向かいには一度だけ会った女神シュウユと身体を譲ってくれたリアちゃんが座っていた。シュウユは白いドレープのかかったドレスを、リアちゃんはピンクのふりふりのワンピースを着ている。
「恵ちゃん、久しぶりね」
女神シュウユは相変わらず目が眩みそうなほどの美しさだ。虹色のグラデーションの瞳を優しく細めてスーリアに頬笑みかけてきた。
「今日はお茶会をしようと思って。好きたなだけ食べてね。私の特製スイーツは、食べても食べてもいくらでも食べられる優れものよ」
シュウユは両手を広げてテーブルの上のものスーリアに勧めるような格好をした。好きなだけ、と言われても沢山あり過ぎて目移りしてしまう。散々迷ってからスーリアがおずおずとチョコレートケーキに手を伸ばすと、シュウユはとても嬉しそうに口元を綻ばせた。
「なにかこの世界で困っていることはない?」
シュウユの問いかけに、スーリアは首を横に振った。
「とてもよくして貰っているわ。なにも困ってない。ただ、浄化してきてと言われたけれど、私は何もしていないわ。いいのかしら?」
スーリアは肩をすくめて見せた。
「ええ。今のままでいいのよ」
シュウユは紅茶を注ぎながらにっこりと微笑んだ。
紅茶から芳醇な香りが漂う。スーリアはシュウユの隣でプリンを食べているリアちゃんに視線を移した。
「ねえ、リアちゃんはいいの? 私は楽しくすごしているけど、私に身体を渡したばっかりに……」
──私に身体を渡したばっかりに、あなたはここにずっといなくてはならなくなったのでは?
そう聞こうとして、スーリアは途中で言葉を止めた。それでも、リアちゃんはスーリアの言おうとしたことをすぐに理解したようだ。
「前も言ったけれど、私もそのうちそっちに行くわ。今はタイミングを見計らっているの」
「タイミング?」
「ええ、そうよ。転生のタイミング。だから、私のことは気にしないで。みんなが笑顔でいれて、恵ちゃんには感謝してる」
スーリアであったリアちゃんは死んだ。つまり、本来であればスーリアは次の生へと向かわなければならないのだ。
「そういえば、困ることと言えば一つあったわ。元の世界の事を無意識に話してしまいそうになるの。今日も、無意識に『花言葉』の話をしてしまったのだけど、よくよく考えるとこっちの世界に花言葉は無いわよね?」
スーリアは今日、無意識にアルフォークに花言葉の事を話した。アルフォークは特に何も追求してこなかったが、不審に思われてもおかしく無い状況だった。スーリアの話を聞いたシュウユはふむと頷いた。
「それなら、前世の記憶もちって事にすればいいんじゃないかしら?」
「前世の記憶もち?」
ルーデリア王国にはさほど多くは無いが、一定の割合で前世の記憶をもつ人が存在する。
「事故のショックで思い出した事にすれば大丈夫よ」
「え? そんなので大丈夫??」
「大丈夫、大丈夫」
シュウユはあっけらかんと笑った。
なんでもかんでも『大丈夫』とか『いいのよ』っていうけど、本当に平気なのだろうか? シュウユのあまりにも平然とした様子に、スーリアはかえって不安になったのだった。
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