不思議な花

 スーリアの育てる花はどれも次々と花を咲かせてはなかなか散らない。それに、不思議な事に季節外れの花が大輪を咲かせることも珍しくはなかった。

 育て始めた当初、スーリアは草木の病気や虫で半数近くが駄目になることも覚悟していた。恵は花屋の娘だったが売り物の花は問屋から仕入れており、実際に一から育てたことは殆どなかったからだ。しかし、そんな心配をよそにスーリアの育てた花は全てが見事に咲いていた。そんなこんなで、いつのまにか農園の一画は隙間が無いくらいの花の園になっていた。


「スーリア、お前に提案なんだが、その花を売ってみてはどうだ? 花保ちがとても良いし、今の季節には珍しい花も多いから、お客さんにも喜ばれると思うんだ。農園の作物と一緒に売りに行けば手間もないしな」


 父親はスーリアに話しかけながら花の園と化した農園の一画をしげしげと眺めていた。薔薇やマーガレットやチューリップ、ガーベラにハイビスカス、とにかく季節感なく色々な花が咲き乱れていた。スーリアはあの事故より以前は花を育てる趣味は無かった。それが、突然やりたいと言い出した園芸でこんなことになるとは父親にとっても驚きだった。


「売れるかしら? じゃあ、もっと私の花畑を広げてもいい?」


 しゃがみ込んで花の世話をしていたスーリアは父親を見上げた。ちゃっかりと花園の区画を大きくしていいかも聞いてみる。元々は花屋になりたかったスーリアにとって、自分の花が売れるのは何よりも嬉しいことだ。


「ああ、きっと売れるさ。うちのかわいいお姫様はお強請り上手だな。あっちの空き地を使うと良い」


 父親は日焼けした顔をくしゃりと崩して笑った。なんだかんだいって娘に甘いこの父親のことがスーリアは大好きだ。


「ありがとう、父さん! さっそく種や苗を買いに行かないとだわ。父さん、その……少しだけお小遣いをもらっても?」

「はっはっはっ。いいだろう。母さんに言って貰いなさい」

「ありがとう、父さん! 大好きよ。もし花が売れたら返すわ」


 満面に笑みを浮かべて喜ぶスーリアを見て、父親も嬉しそうに微笑んだ。

 スーリアは早速町に買い物に行こうと小走りで家へと戻った。息を切らせていると、玄関先でちょうど夕食の買い物に行こうとしていた姉のメリノとばったりと出くわした。


「まあ、スーリア。そんなに急いでどうしたの?」

「父さんが私の花畑を広げていいって言うから、花の苗と種を買いに行こうと思ったのよ」

「あら、ちょうど私も町に夕食の買い出しに行くの。じゃあ待ってるから一緒に行きましょう」

「わかったわ。すぐに準備する」


 スーリアは慌てて自室に駆け上がった。少しばかり土で汚れた服を脱いで手持ちの別のワンピースに着替える。母親に頼んで少しばかりのお小遣いを貰うと、メリノと町へ出かけたのだった。


 町で先に夕食の買い物を済ませると、スーリアとメリノは父親に教えてもらった行きつけの園芸店にむかった。店の中には観賞用の植物から野菜の苗、草花の種までありとあらゆる植物が揃っている。花だけでもスーリアが元の世界で知るものから、今まで全く見たこともないものまで様々だ。

 スーリアが熱心に種を選んでいると、けたたましい鐘の音が鳴り響き、しばらくすると今度は馬の蹄の音がひっきりなしに聞こえてきた。


「何かあったのかな?」

「この鐘の音は空間の歪みが発生したことをしらせる鐘よ。聖魔術師と魔法騎士団が歪みを正しに向かうんだわ。また森かしら……」


 きょとんとするスーリアに対し、姉のメリノは心配そうな表情を浮かべて固い口調まま呟いた。

 魔法騎士団と言えば、瀕死のスーリアを見つけ出してくれたあのエリート集団だ。日ごろから厳しい訓練を積んでいる彼らは万が一にも魔獣が現れてもやすやすと負けたりはしないだろう。しかし、その中に最愛の婚約者がいるメリノにとっては気が気でないようだ。メリノは心配そうに大通りの方を見つめていた。

 スーリアは眺めていた花の種の中に見覚えのあるもの見つけて目をとめた。ナスタチウムだ。『困難に打ち勝つ』『勝利』『愛国心』という花言葉を思い出し、彼らの無事を祈ってそれを買い物かごに入れた。



 ***



 その日の魔獣は少々たちが悪かった。空間の歪みが発生した場所に毎回必ず魔獣が現れる訳では無い。運悪く現れたとしても、普段なら雑魚の魔獣が数匹程度だ。それなのに、その日はその雑魚に混じって大物であるサンダードラゴンが現れたのだ。サンダードラゴンはその名の通り、雷を操り雷撃を仕掛けてくるドラゴンだ。しかもその威力は人間が作り出す雷撃魔法とは比べ物にならないほど強力で、直撃すれば人など跡形もない塵と化す。そのため、奴らの攻撃には当たらない事が鉄則だ。


「これは手強そうだな」


 固い声で呟いたエクリード殿下にアルフォークも眉間に皺を寄せたまま頷いた。


「危険ですから、我々が魔獣を相手している間、殿下達聖魔術師は後方で空間の歪みを正す浄化を始めていて下さい。また別の魔獣が迷い込むと厄介です」

「わかった。アル、頼むぞ」

「お任せ下さい」


 アルフォークは剣を胸に当ててエクリード殿下に礼をした。

 アルフォークは魔法騎士団の団員を即座に三つに分けた。一つは雑魚の相手を、もう一つはサンダードラゴンに拘束魔法をかけて動きの封じ込めを、最後の一つはサンダードラゴンへの攻撃を行う作戦を即座にたて、部下達に指示を出す。サンダードラゴンでも、流石に拘束魔法をかけられている間に攻撃されれば勝てると考えたのだ。

 複数の魔法騎士達に取り囲まれて、元々気が立っていたサンダードラゴンは激しく興奮し始めた。拘束魔法を複数人から同時にかけられているにも関わらず、こちらに向かってこようと激しく暴れる。しかし、こちらの人数が圧倒的に多いため、徐々に弱りはじめて動きが鈍くなった。聖魔法による浄化も順調に進み空間の歪み正されたころ、黒い鱗に被われたサンダードラゴンの頭はとうとうガクリと地面に落ちた。


──よし、仕留めた。


 その場にいた誰もががそう思った。しかし、ここで油断して気が緩んだのが間違いだった。

 気の緩みから封じ込め魔法の締め付けが緩んだその瞬間、サンダードラゴンは頭を持ち上げると敵の親玉だと目をつけたアルフォークめがけて最後の力を込めた渾身の一撃を放った。


──まずい! よけられない!!


 サンダードラゴンの頭から稲妻が向かってくるのがスローモーションのように見えて、アルフォークは目を見開いた。アルフォークめがけて避ける間もなく雷撃が落ち、凄まじい閃光が辺りを包んだ。燃えるような熱さが周囲を覆い、アルフォークは死を覚悟した。

 しかし、アルフォークは無事だった。雷撃があたるのとと同時にアルフォークをドーム状の防御壁が包み込んだのだ。アルフォークが目を開けた時、最後の力を振り絞ったサンダードラゴンは既に事切れており、自分自身は殆ど無傷だった。


「さすがアルフォーク団長!」

「サンダードラゴンの攻撃を防御壁で防ぐなんて凄いぞ!」

「今のは肝が冷えたな」


 まわりで部下達がサンダードラゴンを倒した興奮冷めやらぬままに口々にアルフォークを賞賛し、歓喜した。ただ一人、当の本人であるアルフォークを除いて。


「……どうなっている?」


 アルフォークは事切れたサンダードラゴンを呆然と眺め、自身の手に視線を移した。鎧を付けた手は問題なく動く。自分は無傷で生きている。


 周囲では今日の快挙を喜び、部下達がお互いにねぎらいの言葉を掛け合っていた。



 ***



 自身の執務室に戻ったアルフォークは今日のことを思い返していた。

 

 いったい今日のあの防御壁は何だったのだろうか。急な攻撃でアルフォーク自身が防御壁を張る余裕は全く無かった。まわりの人間があの瞬間にあのレベルの防御壁を張れるとも思えない。大喜びしていた様子からも誰かが咄嗟に防御壁を張ったことは考えられない。狐につままれるよう、とはまさにこのことだ。


 防具のプレートアーマーを外し、汗を吸って冷たくなった下着を脱ぐとポケットから包み紙が出てきて、アルフォークは花を包んで入れていたことを思い出した。なんとなくその包み紙を開くと、包み紙の中の花は真っ黒に焼け焦げて灰になっていた。


 アルフォークはハッとして執務室の花瓶を見た。

 花瓶の花は貰った時と少しも変わらぬ様子でまだ美しく咲き続けていた。

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