創造の女神からの依頼
──あれ? ここはどこだろう??
そんな単純な疑問が恵の頭に浮かぶ。
気が付いた時、恵は見知らぬ場所にいた。見知らぬ場所と言うか、何も無い場所だ。
見渡す限り続くのは白く平坦な世界。空はよく知る水色ではなく、透き通った七色のグラデーションのようななんとも不思議な色をしていて、雲は一つもなかった。そして、恵の目の前にはイベント会場にあるようなバルーンがたくさん飾られたゲートがあった。ゲートからはのぼりがあがっており、のぼりの一番上にはピンク色の大きなバルーンが付いている。
『ようこそ、女神シュウユの世界へ!』
のぼりには日本語でそう書かれていた。ゲートの奥には見たことも無いくらい綺麗な女の人と、息を飲むような可愛らしい女の子がいた。
「こんにちは、恵ちゃん。私の世界へようこそ!」
女性が恵ににっこりと微笑みかける。恵は訳がわからず表情を強張らせると、混乱する記憶の欠片を必死にたぐり寄せた。
最期の記憶はブレーキの音と身体に走った激しい痛み。自分は車にひかれたはずだ。となると、ここは死後の世界なのだろうか。では、この二人はあの世への水先案内人と言うことだろうか。恵はその女性と女の子を見てそう思った。
「私は水先案内人じゃないわよ。恵ちゃんが死んだっていうのはあってるけどね。私、恵ちゃんにお願いごとがあるのよ」
恵は驚いて目の前の女性を凝視した。女性の瞳はこの世界の空と同じ虹色。初めて会うはずの恵の名前を知ってる上に、何も言って無いのに心を読まれた?
「細かいことは置いといて、早速要件を言うわね。今はあまり時間がないの。私はシュウユ。ここ世界の人間にとっては創造の女神と言われる存在よ」
その女性は少し得意げに胸を張るような格好をして微笑んだ。
「今下界に空間の歪みがたくさん発生してて、みんなが困ってるみたいなの。普段は私はただ見守るだけなのだけど、毎日毎日助けてくれってこうも祈られるとねぇ。根負けしちゃったわ。と言うことで、恵ちゃんが浄化してきて」
恵は目を見開いた。空間の歪みだとか、浄化だとか、何のことだかさっぱり意味がわからない。
「ちょっと待って。一体どういうことなの? 空間の歪みって何?? 私浄化の仕方なんて知らないわ。そもそも、どうしてわたしなの?」
目の前の笑顔の女性には聞きたいことだらけだ。恵は、思いつくままに矢継ぎ早に質問をした。
「そうねぇ。恵ちゃんとリアちゃん、ちょっと手を繫いでくれる?」
女性に促されて『リアちゃん』と呼ばれる女の子が手を差し出してきた。薄いピンクの波打つ髪は腰まであり、淡い緑の瞳は吸い込まれそうな程に澄んでいる。その子を見て、まるでアニメのキャラクターのような色彩の子だな、と恵は思った。本当にびっくりするくらい可愛らしい子だ。
恵はおずおずと差し出された手を握った。まるで測ったかのようにしっくりとその手は恵の手に馴染んだ。次の瞬間、恵の中に流れ込む怒濤のような記憶の山……
──生まれはルーデリア王国の王都。今十七歳で、名前はスーリア。郊外で農園を営む両親と二つ年上の姉の四人家族で暮らしていること。ルーデリア王国のある世界は表と裏の世界があり、女神シュウユが造った表の世界は人間の世界、男神ガングが造ったのが裏の世界は魔獣の世界であること。そして今日は野いちごを摘みに一人で森に行き、たまたま発生した空間の歪みから現れた化け物に遭遇したこと……
「あなたは死んだの?」
「そうみたい」
最後まで記憶を辿った恵が震えた声でたずねると、リアちゃんは少し寂しそうに微笑んでから頷いた。
「でも、私の身体はあなたに渡すから安心しているわ」
「私に身体を渡す?」
眉をひそめる恵に対し、リアちゃんは大きなエメラルドグリーンの瞳を細めてニコリと微笑んだ。隣にいた大きな自称女神様が恵をのぞき込み、改めて説明を始めた。
「まず、私は先ほども言ったとおり、この世界の創造の女神よ。そしてこちらはリアちゃん。
リアちゃんの記憶から理解したと思うけど、この世界は表と裏があるわ。表側は私が創造した人間達の世界、裏側は私の友人が創造した別の世界よ。この表側と裏側の住民はどうも相性が悪いのよ。時折空間に歪みが発生して穴が開くとそれぞれの住民──この場合は人間と人間によって魔獣と呼ばれる存在になるわ──はすぐに喧嘩を始めてしまうの。
私も友人も基本的に下界で起こっていることには関わらず、何千年、何万年もの間ただ彼らを見守っているだけだった。でも、ここ最近空間の歪みが多くなってきて、双方の世界の住民が反対側の世界に迷い込むことが多くなってきたの。
困った愛し子達は私に救いを求めて祈りを捧げるようになった。それはもう、十年以上も続けられているわ。さっきも言ったけれど、私は下界のことには基本的に手を出さない主義なのよ。でも、自分が造った世界の可愛い愛し子達が困り果てている姿を見るのは忍びないから、ついに重い腰を上げて少しだけ手助けしてあげることにしたわけ。だから、恵ちゃんがリアちゃんの体に入って浄化してきて欲しいの」
うんうんと頷きながら聞いていた恵は眉間に皺を寄せた。さすがに今の話の流れには疑問を覚えた。なぜなら、シュウユが空間の歪みを正して下界を救うのと恵がリアちゃんの身体に入れられることは全く関係ないはずだ。
「ちょっと待って。最後のところが意味わからないわ。なんで手助けするのと私がリアちゃんの身体に入れられることに関係があるの?」
シュウユは片手を頬にあてて恵を見下ろす。
「それがね、手助けするのって結構難しいのよ。下界の人間はそれはそれで完成形だから、あとから私の神力を付与するように手を加えるのは難しいの。困ったなって思ってた時に偶然恵ちゃんとリアちゃんが同時に天に召されて、もうこれしかないと思ったわ」
「これしかない?」
恵はよくわからず、首をかしげた。リアちゃんは横で黙って二人のやり取りを聞いている。
「恵ちゃんとリアちゃんは同じ『人間』という種族で知能レベルは同じ。性別も身長も体重も魂の年齢も全部一緒。つまり生まれた瞬間も死んだ瞬間も一緒ってことよ。だから、恵ちゃんとスーリアは魂が入れ替わっても拒絶反応がほぼないのはわかっていたわ。それに、恵ちゃんには魔力が全くないから後から私の神力を付与しても魔力属性と合わなくて力が発揮できないこともないし。つまり、恵ちゃんがスーリアの身体に入って下界に行けば私が神力を付与できるのよ。ね、これしかないでしょ?」
ね、と言われても恵も困ってしまう。こんな世界を救う聖女みたいなお役目、自分にはとても無理だと思った。そもそも、その浄化の仕方とやらがわからない。困惑する恵にシュウユは微笑みかけた。
「恵ちゃんには今これより下界を浄化するために、リアちゃんの身体を渡します」
「浄化?」
「そうね、また花でも育ててみたらいいと思うわ。それは私の神力を注ぐ器になる。恵ちゃん自身は毎日楽しく過ごしてくれればそれでいいわ。そうでないとうまく力は注がれないの。それに、あとは何とかなるわ。大丈夫よ」
にっこりと頬笑む女神様はかなりとんでもないことを言っているが、そんな笑顔もとてつもなく美しい。思わず見惚れた恵はハッとした。
──大丈夫じゃないし!
そう言い返そうと口を開きかけたとき、「そろそろ行かないと。時間がないわ」とシュウユが言った。意識が暗闇にのまれていく。
「私の家族をよろしくね。私もいつか会いに行くから」
薄れゆく意識の中で、リアちゃんの声が聞こえた。
***
気が付くと、今度は白い天井が見えた。そして、体の上にもまわりにも沢山の切り花が置かれていて肌にあたる部分がちくちくとした。目だけを動かして様子を窺うと、まわりで見知らぬ人達がさめざめと泣いている。
──この花はなに?
──どうして泣いているの?
聞こうと思ったが喉が掠れて上手く声が出ない。体を起こそうと力を込めると、体の節々がミシミシと悲鳴をあげて思うように力が入らなかった。やっとのことで右手を少しだけ持ち上げることに成功すると、体の上にのせられていた切り花がポロリと床に落ちた。
部屋にいる女性の一人は花が落ちたことに気づいたようで、腰を上げてこちらに近づいてきた。薄い黄色の髪をしたその女性はまだ若く二十歳前後に見えたが、疲れているのかひどくやつれて顔色が悪かった。
恵が言うことを全く聞かない体を強張らせたまま視線だけをその女性に向けていると、花を拾い上げたその女性と目が合った。その瞬間、その女性は信じられないようなものを見るように、零れ落ちそうなぐらいにその緑の目を見開いた。
「父さん、母さん、スーリアが目を覚ました! 信じられないわ!!」
女性が叫ぶと少し歳のいった男性と女性が駆け寄ってきて恵を覗き込み、同じように驚愕の表情を浮かべた。男性は驚きすぎて近くにあった椅子にぶつかり椅子が大きな音を立てて床に倒れた。しかし、その男性はそんなことはどうでもいいといった様子で恵の片手を握りしめると嗚咽を漏らし始めた。横にいる年配女性は最初に恵に気づいた女性と抱き合って泣いていた。
どうやらこの人達は恵のことを心配していて、今は恵が目を覚ましたことに喜んで泣いているようだ。しかし、恵にとっては三人とも全く知らない人達だった。しかし、先ほど与えられたスーリアの記憶を覗き、すぐに三人が誰のなのか理解した。
──私、本当にリアちゃんの身体に入ったんだ。
恵は自分がスーリアになったことを悟った。思うように動かない身体で、恵改めスーリアは
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