第13話 知る権利、知らないでいる権利

 全てを話し終えると暫く沈黙が続いた。夜の七時というのはバーにとってはまだ早い時間帯なのだろうか、ブラインド・レモンの店内に客は僕とトラオさんを除いて誰もいなかった。マスターは離れたところでグラスを拭いている。

 トラオさんは途中何度か驚いた表情をしていたけれど、僕の、この長いあかねとみどりの話を黙って最後まで聞いてくれた。少し顎をあげ上を向いている。何かを考えているようだ。


「レミ、ラフロイグくれや、ロックでな」

 

 トラオさんが沈黙を破る。


「オッケー、分かったわ。ラフロイグね。ダブルで良かったかしら?」


「ああ、ダブルで頼む。いつものように手を滑らして、多めにしといてくれよな」


「オッケー! 任せといてー」


 これ、レミ! とマスターの叱責。マスターは聞いていないようでお客の会話をしっかりと聞いている。


「いやあ、しかし、まあ、何というか、驚いたねえ、なあ、レミちゃんよ」


 水割りか、と思ってしまうほど並々と注がれたラフロイグを手元に寄せトラオさんはいう。


「そおねぇ、まさかあのみどりちゃんがたかお君とねぇ」


 あのみどりちゃん? どういうことだ?


「二人はみどりの事知ってるんですか? 一体みどりは今何処に……」


「知らねえよ。居場所はな。それよりお前まだ手紙の続き読んでねえんだよな?」


「読んでないです。今のこの精神状態で読んだら、頭がおか」


「いいから読め」


 トラオさんが言葉を遮る。


「つべこべ言わず読んでみろ。お前の今の質問の答えがそこに書いてあるから。恐らくだけどな」


 トラオさんやレミさんが何故みどりを知っているかという答えが手紙に書いてある? どういうことだ? まさか、知り合い同士で悩みを相談しに来たとでもいうのか? けれども、トラオさんは居場所は知らないといっていた。ならば何故読んでもいない手紙の内容が分かるというのだ? もう分からない事だらけで訳が分からない。もう、何でもいい。この訳の分からない「分からない」から抜け出したい。

 分かりました、とトラオさんに答え、手紙を取り出し続きを読む。


 「あなたの話はちゃんと聞いていたけど、私は途中からある疑問が思い浮かびました。『何故、たかお君は突然こんな話をし出したのだろう?』

 あなたは『話すタイミングが分からなくて』と言ってたけど、それも分からなくはないけれど、料理の準備ができない程の何かのきっかけがあってのことなのかな、と私は考えました。あなたの話を聞き終えた時、私は心当たりを確認したくて仕方ありませんでした。そう、私が隠して置いたあなた達のバンド『エゴサーティ』の自主制作CDのことです。あなたは上手に戻したつもりでしょうけど、触った跡かな? ひとつだけ私の指とは違う大きさの指紋が残っていました。

 ついにこの時が来てしまった。思っていたよりずっと早く。

 何故あなたがあれだけあるCDの中からピンポイントで探し当てたかは分かりません。そして、バンドマンのくせに、音楽や映画に全く興味を示さず、私といる時でも一度として自分から音楽を聞こうとさえしなかったあなたがあのCDを見つけるなんて、今でも不思議に思ってます。

 でも、いずれにせよあなたは気付いてしまった、私があなたを知っていたことを。

 私はあなたに嘘をついていました。

 私の元彼、それはあなたのバンドのボーカルギター、堂本です」


 えっ? と思わず口にしてしまった。堂本の元彼女? 散々尽くした挙句に捨てられたとみどりが話していた元彼が堂本? どういうことだ?


 「正確に言うと私があなたを初めて見たのは、あのCD発売ライブの時でした。堂本と別れたとはいえ、私も結成当初から裏方として支えて来た身、やはりバンドの事は心配だったし心残りもありました。まして、私が堂本と別れたあとトラオさんがバンドを辞めたと聞いたのでなおさらです。『へー、これが新しいドラム君かあ』、最初にあなたを見た時はそのくらいの感想でした。あなたが悪い訳じゃないけれど、トラオさんが抜けた事で全く違うバンドに変わってしまった気がして、バントを影で支えて来た身としては凄く寂しい気持ちになったのを覚えています。

 もう私は必要ないのだな、このバンドにも堂本にも。そんな想いを痛感しました。

 それでも私はCDを買って帰りました。もう関わることも無いのだから、私が捧げてきた青春の記念にしておきたい、恥ずかしいけどそう思ったんです。

 私はもうこの街にいる意味を見失い、地元に帰ってやりなおす為に準備を進めてきました。アパートを押さえ、仕事先を探して、後は今の仕事を約束の期日まで働くのみでした。

 そんな時にあの事件が起きたのです。ライブが終わって友達と飲みに行った帰り道、人だかりのなかにあなたが倒れていた、あの夜のことです。最初はあなただと気付かなかった。でも野次馬の一人があなたを仰向けに寝かせた時、はっと気付きました。ドラム君だ。どうしたんだろう、どうしよう。

 その後のことはあなたにも話しましたよね。あなたの知り合いのフリをして咄嗟に友達とふたりあなたを私の部屋に運んだことを。運んだはいいけど、どうする? 私と友達は思い悩みました。その時の事です。あなたの携帯電話が鳴ったのは。誰か知り合いだったら事情を話してあなたを引き取ってもらうよう頼もう、そう思ってあなたのポケットから携帯を取り出すと、画面には堂本の文字。私は反射的に携帯の電源を切ってしまいました。

 堂本。きっと今、いつものように打ち上げで馬鹿騒ぎしてるんだろうな。そして一緒になって楽しそうにしてる新しい彼女。その姿を想像すると嫉妬心から来る怒りが込み上げてきました。そして、私は怒りのあまりとんでもない事を思い付いてしまったのです。

 この、ここに酔い潰れてる新しいドラム君を、何かに利用できないか。堂本に復讐する為に」


 





 


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