「人寄せる牛(2)」

「…あった。やはりこの手のものは

 こういう場所にありがちだからな。」


教授はそう言うと、

半壊した家の仏壇下から何かを取り出す。


「ほら、これで5組目だ。」


そうして僕に放ったものは、

あの病院の院長室で見たものと同じ

2枚合わせで一組となった金属プレートだった。


「…輪の部分に擦れたような跡が多い。

 回った民家に1、2組平均で落ちていたということは、

 大量に紐に繋げて持っておくようなものだったんだろうね。」


ついで、教授はスマホを見て舌打ちをする。


「…どうやら、長居をしすぎたようだ。そろそろ戻ろう。

 何だかんだでここの地盤は今も動いているようだからね、

 こういう場合、暗くなる前に帰るのが鉄則だ。」


そう言うが早いか教授は踵を返して歩き始める。


先ほど見つけたプレートは他のプレート一緒に

簡易ケースの中に入れられ、教授のポケットに収められた。


「…そうそう、君は気づいているかい?

 どうして病院にあったはずのプレートが

 周囲の家に散らばっているのか。」


道中のコンクリートは大きく斜めに傾いでおり、

上るのには一苦労だった。


「…はっきり言ってしまえばね、

 ここの町の人間はほとんどが関係者なのさ。

 無論…全員が全員だというわけではないが。

 院長のしていたことについても彼らは大方承知はしていたんだよ。」


教授はそう言うと、

帰りの道すがら話してくれた。


「この町はね、もともと一つの集落であり、

 そこを取り仕切っていたのが天城家の人間だったんだ。

 名士と言われていたのもそう言うわけでね。

 天城くんの曾お祖父さんはその中でも海外の先駆的な

 医療技術に興味を持っていたんだよ。」


町との境界線である橋の上を進むと、

周囲には崩れた棚田が見えていた。


「…ただ、持ち帰った技術の中に医療関係以外のものが混ざっていた。

 天城くんの曾お祖父さんは自分の町の発展のために病院を作り、

 外部から持ち込んだ魔術をそこに組み込んだ…将来の町の繁栄のためにね。

 まあ、それは半分は成功していたんだろう。実際には公にされていないが、

 政界や著名人にはこの村の出身者が多いんだよ。」

 

それを聞いて、僕は思い出す。


以前、天城さんのお見舞いに病院を訪れた時に

大量の著名人の名札が付けられた贈り物があったこと。


病室を出た時に有名な政治家とすれ違ったこと。


「…おそらく、それは村の出身者だ。

 皆、天城家と関わりがあって訪れていたんだろう。」


…でも疑問は残る。


なぜ老人病棟の人たちが

犠牲にならなければならなかったのだろう。

彼らだって、村の出身者であることは変わらないはずなのに。


すると教授はこちらを向いてうなずいた。


「…ああ、確かにそれはイレギュラーな出来事だったんだろう。

 じゃなければ、天城家から大量の援助金なんて出ないだろうからね。

 表向きは街の役所で支払われるような形を取っていたようだが…。」


そう言うと、教授は自分のポケットから

先ほど民家で見つけたプレートを取り出した。


「…だが、この話の肝となるのは彼らのしていた信仰。

 どうして天城くんの曾お祖父さんがこの神を信仰していたのか。

 それが未だにわかっていないのさ。」


片方は無地で、

片方は『牛』の文様が描かれたプレート。


それをひとしきり眺めると、

教授はポケットに戻す。


「それにね、彼女…結衣花くんは気づいていなかったようだが、

 彼女の実家のある場所は五十年前に土地改良がなされた場所でね、

 古い建築方法で建てられてはいるが、そう古い家ではないんだよ。」


…しかし、彼女の話では離れの座敷は

『牛』の相を持つ子供を育てる場所で…。


すると、教授が眉をひそめる。


「…おそらく、その話ができたのは地盤沈下以降のことだ。

 その時点では、確かに『牛』の相を持つ子供はいたんだろう。

 だからこそ崩落した町から離れ、今の土地に屋敷と離れの座敷を作った。

 そして、その子供を産んだのは…時期から考えると彼女のお婆さん

 なのかもしれない。」


その時、僕は気がついた。


2枚で一組のプレート。

片方は無地で、片方には『牛』の模様が入ったプレート。


それは双子を表しているのではないのかと。


…そうだ、そうでなければおかしい。


彼女のお婆さんが子供を産んだとするのならば、

子供は『牛』の相をしていたはずだ。


だが葬式の時、彼女の両親は二人とも出席していた。

…もちろんごく普通の人たち、普通の見目の人たちだった。


それは片方が『牛』の相を持ち、

もう片方が普通の子供であったのならば辻褄が合う。


それに、彼女が見た夢で

前後を女性に挟まれて牛を引く部分があった。


彼女と同じ着物を着た、前を歩く女性。


おそらく、天城さんのお婆さんも彼女と同じ

子供を産んでから亡くなったのだ。


だからこそ、若い女性の姿で彼女の前を歩いていた。


そして、彼女の後ろにも女性が歩いていたとすれば、

おそらく天城さんが産んだのも…


「…もしかしたら、天城くんの曾お祖父さんが

 本当に欲しかったのは予言する子供のほうだったのかもしれない。

 不老不死の研究や町の繁栄はあくまで付属的なものであって…

 だからこそ『牛』の相を持つ子供を大切に養育する部屋を作った。

 自分の信じる『カミサマ』の言葉を聞くために…」


教授はそう話を締めくくりながら坂道を登る。


…僕は、葬儀のことを思い出す。


出産後の赤ん坊の生死については

誰も触れることがなかった。


『牛』の相についても、何を予言したかについても

誰も何も言わずに淡々と彼女の葬式は進んでいった。


その赤ん坊は、一体、何を予言したのだろう。

あの町の発展か衰退か、それとも…。


…気がつけば、随分と道を歩いていた。

目の前には柵が見え、あと少しで車にたどり着く。


その時、教授が不意に足を止めた。

僕もそれに合わせて立ち止まる。


…目の前の柵、そこに一人の女性が立っていた。


赤い着物姿の一人の女性。

そのシルエットにはどこか見覚えがあり…


「天城…結衣花くんなのか?」


教授の言葉にその女性は

…牛の頭部を持つその女性は、

こくりとうなずき、静かにこう言った。


『もうぐ、蘇る』


それは女性の声では、

ましてや天城結衣花の声ではなかった。


知らない、声。

男とも女ともつかない声。


そして牛の頭部を持つ彼女は、

地面に溶けるように消えていった。


しばらく、僕も教授も声が出せなかった。


そう、僕らは見ていたはずだ。

葬儀の中で棺に入っていた天城さんの顔を。


ゼミ仲間のあいだでも一番綺麗な女性だった

…彼女の死に顔を。


だけど、今見た顔は…


「…行こう、彼女は亡くなったんだ。

 あれは予言でもなんでもない…ただの事実だ。」


教授はそう言うと柵を開けて車に乗り込む。

僕も同じように車に乗り込み、教授に聞いた。


「…教授、事実とはなんですか?」


すると、教授はエンジンをかけながらこう答えた。


「…それは、今後君が知るべきことだよ。」


そして、教授はそれ以上何も言わず、

車のアクセルを踏み込んだ…

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る