「半身だけのチカちゃん(2)」

「…アキラか?」


山口さんはゆっくりとしゃがみ、

驚きながらも血だまりの中に浮かぶ顔に話しかける。


すると、顔はうなずいた。


『…そうだ、俺が悪かった。

 俺があんな馬鹿げたサイトを作らなければ、

 こんなことにはならなかったのに…』


すると、右半分だけの少女が山口さんと同じようにしゃがみこみ、

くすくすと笑いながら顔を見つめる。


『あのね、津久毛さんの話だと、

 私たちって神社の家にあった

 パソコンから生まれたんだって。』


そう言うと、部屋の周りを囲むパソコンに

ぐるりと目を向ける。


『付喪神っていうらしいんだけど、

 正直、よくわかんないんだよね。

 …ねえねえ、津久毛さん。また話してよ。

 そのあいだは顔を潰さないから。』


無邪気に物騒なことを言いながら

半身だけの少女は笑う。


その様子を血だまりに浮かぶ顔は一瞥した後、

静かに口を開いた。


『そうだな、順を追って説明した方がいいだろう。

 その方が山口にもわかりやすいだろうからな…』


そうして、血だまりに浮かぶ顔

…いや、津久毛さんは僕らに語る。


自分の過去のことを、

ここまで至る経緯を。



話は、大学時代に遡る。


当時、大学4年生の津久毛さんは

開設2年目にして自分のサイトに疑問を持ち始めていた。


掲示板のサイトの管理、日々送られてくる書き込みを見ていく中で、

架空の存在である『チカちゃん』の目撃情報を書いてくる人間が

日に日に増えて行く一方だったからだ。


『チカちゃん見ましたよ。

 駅のホームで赤いスカートをはいた子が

 線路の真ん中に立っていたんですよ。』


『あの子がチカちゃんかな?

 半身だけの女の子が駅のホームをうろついていたの。

 話しかけようとしたら、壁に潜っていっちゃった。』


最初こそ、誰かがふざけ半分で

何回にも分けて書き込んでいるのかと考えていた。


しかし、投稿されるのはいつも目新しいIDで、

目撃場所も、時間もバラバラで、

一人が複数回書き込んでいるとは考えにくかった。


半年後にそれは膨大な量となり、

掲示板には、ほぼ毎日のように目撃情報が寄せられるようになっていた。


『ホームの下に女の子がいたから「危ない」と言って声をかけたんだ。

 そしたらその子は笑いながら体を引き剥がしたんだが、

 …その身体が半分になっていたんだ。』


『スカートを引っ張られて、何かと思ったら壁にくっついた女の子で、

 見たら身体が半分しかないの。きっとここで死んだ女の子の霊よ。

 地下鉄の駅員は早く霊媒師を呼んでお祓いをするべきよ。』


『いや、お祓いは効かないよ。

 俺の持っていたお守りが電車の中で突然、弾けたんだ。

 窓を見たら身体が半分だけの女の子が笑っていてさ…』


毎日のように増える書き込み。


目撃情報の他にも憶測が飛び交い、

何が本当で、何が嘘なのかもわからない。


…最初は、たった二人で作った噂話だったのに

いつしか、こんな騒ぎになっている…。


卒業論文で忙しくなっていた

津久毛さんはこの状況にだんだんと嫌気がさしていた。


元より、最初の書き込みを行って以来、

駅へは近づいていなかった。


自分の家の近くにあるものの、

大学に行くときには車を使っていたので

特に利用する必要がなかったのだ。


だからこそ、掲示板の管理人として書き込むときも

大部分を想像で補って書くことが多かった。


しかし今では、目撃情報を書き込む人の方が

状況をより鮮明に詳しく書いてくるように思えた。


それに意見を出す人も専門的な言葉を用いて議論し、

管理人として自分が言えることはほとんどないように思えた。


津久毛さんはこの状況を鑑み…そして…


『管理人の都合により、しばらくサイトを閉鎖します。

 再開は未定です。ご理解ください。』


そう短い文を残し、津久毛さんはサイトを閉鎖した。


…こんな子供だましのことから卒業しよう。

そう思ってのサイトの閉鎖だった。


論文発表も間近であり、

あらかじめ目星をつけていた会社の内定も決まっていた。


そうして、一ヶ月後。


津久毛さんは掲示板の書き込みに使っていたパソコンを自宅に残し、

都内の会社へと就職した…



それから10年以上経ち、

津久毛さんは都内で働いたキャリアを活かし、

地元へ戻るといくつもの不動産を持つ経営者となった。


スタッフや職場にも恵まれ、

家庭を持っていないことを除けば

何不自由ない生活ができた。


そんな折、ある女性スタッフの話を小耳に挟んだ。


「知ってますか?この近くの駅で女の子のお化けが出るんですよ。

 身体が縦半分だけの女の子。ネットですごい噂になっていて…。」


それを聞いて津久毛さんは耳を疑った。


…どうして、今更そんな話が出るのか。

もう、10年以上は経つはずなのに…


だが、一時流行った噂話が

何らかのきっかけで再燃するのはよくある話で、

今回の話もその類かと思い、津久毛さんは念のため

女性スタッフに詳しく話を聞いてみることにした。


「…あ、興味あるんですか?

 そうなんですよ。ネットの掲示板で

 『チカちゃんの噂について』

 っていうところがありまして…。」


その晩、津久毛さんは当時住んでいた

マンションの自室でネットを繋げると、

慌ててそのサイトにアクセスした。


…それは、外観こそ多少の違いはあれど、

自分が創設したサイトと全く同じものであった。


タイトルは『チカちゃんの噂について』


そして、管理人のIDアドレスを見た瞬間…

津久毛さんはすぐさま実家へと電話をかけた。


…そう、それは津久毛さんのID。


しかも、ここ一月のうちに

何度も更新がされている。


それは、何年も使われていないはずの

自分のパソコンから誰かが書き込みをしている証拠。


ネットの回線がどうなっているかは

実家の両親しか知らないこと。


津久毛さんは慌てて聞いた。


しかし、その答えは単純にして、

信じられないものだった。


『ネットはもう繋げていないわよ。

 あなたの引越しと一緒に解約したのを忘れたの?』


そう、10年以上も前のことですっかり忘れていた。

すでにパソコンとネットは繋がっていないはずだった。


だが津久毛さんは納得がいかず、

休日に実家まで足を運んだ。


聞けば、パソコンは今は半ば物置に

なりつつある自室に置かれているという。


翌日には仕事があるので泊まらないことを両親に告げ、

津久毛さんは離れにある自室へと向かった。


…自室は日当たりの悪い北東の方角にあり、

いつも湿気がこもりがちだった。


ドアを開けるとムッとしたカビ臭さが漂い、

年をとった母親があまりこの部屋の換気を

していないことをうかがわせた。


そうして、部屋に入った途端、

津久毛さんは妙な音を耳にした。


それは、パソコンのキーボードが叩かれる音。

カチャカチャと言う、断続的な音。


その音は部屋の奥に置かれた

立てかけられたキーボードから発せられており…


『…そこで私は見たんだ。

 自分のパソコンが勝手に起動し文字を生み出していることに。

 サイトに繋がったパソコンが勝手に更新されていく状況に。』


そして、パソコンを見た

津久毛さんはパニックになった。


そう、解約したとはいえ回線はそのまま繋がっていたのだ。


考えられるのは、回線から侵入した

ウイルスか、ハッキングによる遠隔操作か。


とにかく、パソコンを回線から

引き抜かなければならない。


そう思い、慌ててパソコンに向かうと、

津久毛さんはあることに気づいた。


…古いブラウザ。

その画面にメールマークが表示されていることに。


その宛先は自分のパソコンであり、

送り主は…『チカちゃん』と書かれている。


津久毛さんはそのメールをクリックし…



次の休日、津久毛さんは段ボールを一つ

後部座席から降ろすと地下の階段を下っていった。


その場所は以前、仕事の関係で購入したテナントで、

今も借りる人がいないために空きテナントとなっていた。


しかし、人が入った時にはすぐにでも使えるようにと

電気関係の設備は全て整えてあったため、

津久毛さんは段ボールから出したパソコンを床に置くと

電話回線からネット環境を全て整え、パソコンの電源を入れた。


すると、パソコンにすぐさまメールが入った。


内容は短く『ありがとう』のみ。


同時にポップアップ画面が出現し、

『チカちゃんの噂について』のサイトに繋がると、

勢いよく文字を吐き出し始める。


その時、壁から少女の笑い声が聞こえてきた。


誰もいないはずの部屋。

津久毛さんしかいない部屋。


その壁から、一人の少女がずるりと現れた。


『うん、あの家にいた時よりもずいぶん動きやすくなった。』


それは、縦半分。

右半身だけの赤いスカートをはいた少女。


…そう、そこで初めて、津久毛さんは自分と友人が作り出した

想像の産物が実際に動き出していることを目の当たりにしたのだった…

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