第19章「針子様(1)」

街の中心部にある小学校。


その敷地内の林に金網で囲われた

3平方メートルくらいのコンクリートの建物がある。


智也の話では、今日は休日なので部活動の生徒以外ひとは来ず、

しかも活動場所はここから離れた体育館で行われているので

完全ノーマークでこの場所に忍びこめるという話だった。


「…あの中に『針子様』が安置されているんだ。

 普段は開放されていないけど、

 針供養の時期になると一時的に開けられて

 みんな不要になった針をそこに収めるんだ。」


そう言うと、智也は金網を見つめながら

スーパーの袋から取り出した魚肉ソーセージを食べ始める。


足元には色づいた落ち葉が降り積もり、

歩くとクシャリと音がした。


僕も智也も分厚い防寒具を着込み、

足元には智也の指定通り安全靴を履いていた。


「なんでコンクリートで囲われているかっていうと

 この辺りは地震が多くて社を何度も作ってもすぐに壊れちまうんだ。

 で、頑丈なコンクリにしたんだって…本当かどうかは怪しいけどな。」


そう言いながらも、魚肉ソーセージを半分ほどまで平らげると

智也はそれを袋に戻し、突然、敷地内の金網を登り始めた。


「俺が聞いた噂じゃあ、そこに大量の針の捨て場…

 いや、『収め場』があるんだそうだ。

 ここに社が建つ前からあったっていう場所でな。

 今じゃ何トンにもなるような量がそこに収められている。

 その山を『針子様』と呼んでうちの地域じゃ祀っているんだ。

 …基本的には入れないんだけどさ。」


そうして金網の向こうに立った智也はこっちを見る。


「一緒に来るか?

 正直、証人は最低一人は欲しいところなんだけど。」


僕はその言葉に肩をすくめ、

夕食の豆腐が入ったスーパーの袋をカバンにしまうと、

そのまま金網を登り始めた…


夏休みの課題。


民俗学のゼミを取っていた僕らは、

街の噂を集め、検証することがお題目となっていた。


その結果、僕の判定はギリギリの「C」

智也に至っては追試の「F」が出されてしまった。

 

どちらもありきたりな内容で、

僕は一応検証内容まで記載していたが、

智也に対しては「よくわかりません」という

あやふやな回答が教授の逆鱗に触れたらしい。


さ来週までに多少マシなものを書かないと

趣味のダーツの的にした挙句にゼミを追放するという

教授の厳しい申し付けに智也は震え上がり、

慌てて自分の祖母から聞いた話を使うことにしたそうだ。


…しかしながら、何も立ち入り禁止の場所に来てまで

検証しろとは教授は言わないだろう。


それに噂の対象は街の子供たち。

智也の祖母は範疇にないはずだ。


僕は何となくそう思っていたが、

単位欲しさの智也を見ているとそれ以上のことは言えず

こうしてダラダラとついてきてしまっていた。


みれば、金網の先は窓もないコンクリートの建物の裏側であり

僕らはぐるりと建物を半周し、表にある一枚のドアへと向かった。


「…鍵、かかってんじゃん。」


ドアノブを触ってみてもガチャガチャと音がなるばかりで、

押しても引いても開かない。


すると、智也は突然腰につけていたショルダーバッグを探ると

曲がった針金を二本取り出した。


「ま、何となく予想はしていたからな。

 鍵屋の息子をなめちゃいけないよ。」


そうして、カチャカチャと鍵穴に細工すると、

カチリと音がし、簡単にドアが開いた。


「…お前これ、不法侵入だからな。」


「いいんだよ、近くに防犯カメラもないし、

 帰るときに閉めときゃ問題ないさ。」


抜け抜けと智也はそう言うと、

中へするりと入り込む。


「お、中を見てみろ。

 変なものがぶら下がっているぞ。」


僕はその様子に溜息をつくと

上に垂れ下がったしめ縄に目をやりつつ、

ドアノブをひねった…


そこは、コンクリートで囲われた四角い空間だった。


天井には棒が何本も渡され、

一抱えはありそうな手毬が何個もぶら下げられている。


その下には太い紐の房があり

古めかしい櫛や欠けたお椀がくくりつけられていた。


そして、その下。

建物の中央部分にあたるところに

腰ほどの高さのコンクリートの台があった。


真ん中に5センチほどの四角い布の針刺しが載せられ、

折れた針や待ち針が10本程度刺さっている。


…それがどうやら、供養された針の全てのようだった。


「え、こんだけかよ。」


智也はその様子を見ると不満の声を漏らした。


「針供養ってもっと大量に捨てられるんじゃないのかよ。」


…いや、考えてみればそれは無理な話だ。


何しろこの場所は狭すぎる。


僕が前にテレビで見た針供養は広い寺のお堂で行われていたし、

このくらいの狭さでは、せいぜい10人が入れるか入れないかと

言ったところである。


そもそも、ここは地域の針供養の場なのだ。

そんな大量に針などあるわけもなく…


「んなわけあるか、ゼッテーここにあるんだって、

 でっかい針の捨て場が…。」


そうして、智也が地団駄を踏んだ時だ。


ゴトッ


コンクリートの床。

その一部が動く音がした。


「ん、なんだ?」


見れば、足元にあるコンクリートの蓋に

U字型の取っ手口がわずかに覗いていた。


「…もしかして、ここ開けれるんじゃね?」


そう言うと、智也は上に乗っているコンクリートの台に飛びつき、

それをどかそうと両端をつかむ。


「悪ぃ、ちょっと重いかも。

 手伝ってくれないか?」


僕はそれを聞くと、やれやれと思いつつ

智也を手伝うことにした。


コンクリートの台は多少の重さはあったが、

男二人でずらすと、あっけなく動かせた。


そこで気づいたことだが、実は台の中は空洞になっており

上の針刺しをどかした下には十円玉ほどの穴が開けられいた。


つまり、その穴に針を入れるとそのまま

下に落ちるような仕組みになっているということだ。


では、その下には何があるか。


僕らは台の下、ちょうど台が覆いかぶさるくらいの

大きさのコンクリートの蓋をめくった。


「マジかよ。」


智也が、驚きとも感嘆ともつかない声を上げた。


そこには、ひと一人は楽に入れるような

長い長い縦穴が空いていた。


縦穴の長さは明らかに10メートルは超えていて、

底を見れば、わずかに銀色に輝くものが見えていた。


おそらく、それが落とされた針の山なのだろう。


「…どうする?行くか?」


見れば、智也が穴の端に設置された

鉄パイプのハシゴを指差していた。


そのハシゴはまっすぐ下へと続いている。


確かに下は何メートルもあるし、

行けないことはないのだろうが…


「たぶん、こんなものを見る機会、生涯ないぜ?」


そう言うが早いか、智也はバッグから出した

ペンライトをくわえると目の前のハシゴを下り始めた。


僕も、周囲を見回した後、

半ば溜息をつきながら下へと降りる。


そうして、下りながらも僕は気づく。

下の方から金臭い匂いが鼻をつくことに。


…そう、僕は単純なことを忘れていた。


この下には折れているとはいえ、

数え切れないほどの針の山があるのだ。


もし、ここで足を滑らせれば

大怪我では済まないかもしれない。


僕の頬を冷たいものがつたい落ちる。


その水滴は、下の針の海の中へと落ちていった…

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