「モール・B4(2)」


…いつのまに積み上がったのだろう。


金釘、針金、歯車…

大量の原型もわからないような金属片の山…

それは、両側に挟まれた屋台の後ろから溢れ出していた。


その上にはニヤニヤと笑うツノの生えた人が乗り、

金属の山はその重さでさらにガラガラと崩れていく。


崩れた金属は土砂のようになり、

勢いをつけ、こちらへと流れ込んでくる。


屋台で食べていた人々は当然ながら

突然なだれ込んできた金属片になすすべなく飲み込まれ、溺れていく。


気づけば、足元には金属片の川が出来ており、

膝丈まで上がったそれはジーンズ越しに足に鈍い痛みを走らせ、

まるで性の悪い遊歩道のように僕らを前へ前へと押し進めていく。


「くそ、なんだよこれ、なんだよこれ…!」


「足が、足が流される…!」


智也は半ばパニックになりながら腕を振り回し、

秀治はその先にいる女性…

今にも流されそうになっている加古さんの手をしっかりと握る。


そして、この周囲の状況を見た加古さんは

僕らの方を振り返り…「にたぁ」と

その顔いっぱいに不気味な笑みを浮かべた。


『ねえ、一緒に行きましょうよ。

 別に怖くもなんともないのよ?』


金属の川に流され、

今やボロボロに破けた深緑のロングスカートを

ひらめかせながら加古さんは僕らに問う。


『だって、ねえ、私がこっちに行くのは必然。

 仕方がないことですもの。』


そこで、僕は気づく。


彼女のスカートの下。

その下から見える右や左に折れ曲りめちゃくちゃになった足を。

カーディガンの下。そこから覗く心臓近くまで大きく抉れた脇腹を。


その時、金属の山に切れ目ができた。


だが、その向こうにはまた金属の山がそびえ立ち、

崩れた山に流される亡者が必死に逃げようともがいている…


すると、彼女がその中の一団に顔を向け、

嬉しそうな声をあげた。


『…ああ、やっぱり、あの人たちも一緒だったんだわ。

 あの人たちも、私と同じようにやってきたんだわ…!』


みれば、僕らの数メートル先の金属の川。


子供や大人まで、おおよそ10人ほどの普段着の人たちが

半ばパニック状態になりながら流されていく。


しかも、彼らの手には金串やりんご飴が握られており

彼らも亡者と同じように飲食をしてしまったのは明らかだった。


そう、飲食…つまりは加古さんも…。


僕は加古さんを見る。


彼女は今や顔を輝かせ、

恍惚とした表情で流されていく人々を見つめていた。


その顔はまるでハイライトのように

陰影が浮き彫りになっていて…


そこで僕は気づく。


彼女の陰影が近くからくる光源によるものだと。

強力な光源によるものだと。


目の前に見えるもの。

巨大な鍋の底のような奈落。


そこから吹き上がる巨大な炎の明かりに、

僕も、彼女も、誰もが顔を照らされていた。


そう、いつしか僕らは

こんな場所まで流されてしまっていた。


奈落の中に金属片は流れ込む。

亡者とともに金属は流れ落ち、炎に溶かされ、

溶鉱炉のようにドロドロに煮溶かされていく。


炎は業火のように吹き上がり、

逃げようとする亡者たちを容赦なく飲み込んでいく。


僕はその光景に息を飲む。


『ねえ、一緒に行きましょうよ!あなただけでも!』


気がつけば、加古さんが秀治の腕をつかんでいた。

ギリギリと締め付けるようにしてつかんでいた。


秀治は痛いのか顔を歪め、

必死に腕を離そうともがいている。


僕はそれを見てとっさに秀治の反対側の腕をとり

彼の体を引っ張った。


智也も同じように秀治の腕をつかみ、

二人分の力で秀治を必死に支える。


しかし、加古さんの手は離れない。


流されながらも、地獄の釜の中に落ちかけながらも

ギラギラとした目を向ける彼女は諦めようとしない。


『ねえ、私たち引っ張られているの。

 わかるでしょ、この感じ。きっと、このまま…』


その時だった。


一段と高い炎が吹き上がると、

その中から何かが飛び出した。


それは、ドロドロに溶けた金属の塊。

溶岩のようになった、赤黒い金属の波。


それは、大きく跳ね上がると加古さんの体にかぶさる。


手に、足に、高熱の金属液が彼女に覆いかぶさり、

叫び声をあげる彼女の体を煮溶かし…そして…


加古さんはまるで引かれあう磁石のように

金属の波に引き摺り下ろされ、

奈落の底へ、溶岩の海へと落ちていく。


そして、彼女が金属の海に沈む瞬間、

周囲の溶岩が急速に冷え、

光源を失った僕たちは闇の中へと飲まれていった…



気がつけば、僕らはエレベータの中にいた。


上昇するエレベーター。

階数が2階、3階と上がっていく。


ここに来るまでに暗闇の中で

誰かに手を引かれていた気もするが、

あまり思い出せない。


ただ、秀治も智也も無事なようで、

二人が二人ともどこかぼうっとしたような表情で

エレベーターの中に突っ立っている。


…まあ、それは僕も同じなのかもしれない。

何しろ今まで夢とも現実ともつかぬ場所にいたのだから。


その時、僕は気づく。


先ほどまで、自分がどこにいたのか思い出せないこと。


確か、ショッピングモールの2階で

食事をしたことまでは覚えているが、

そこから先の記憶が曖昧なこと。


…しかしながら、あまりそれは

大したようなことではないような気もした。


そう、ただ僕らは食事をしただけなのだ。


食事をして3階に停めてある智也の車に向かう途中。

ただ、それだけのことであり…


その時、3階に着いたアナウンスが流れると

ゆっくりとドアが左右に開いた。


「早く、担架早く!」


「ここから先は立ち入り禁止です!」


僕らはエレベーターの中、

3階の喧騒した駐車場の中に立っていた。


周囲には救急車やパトカーが止まり、

警官が交通誘導をし、担架が運ばれてくる。


僕は何事かと思い、隣を見て…気づく。


僕らの乗ったエレベーター。

二つあるエレベーターのうちのもう一方。


…そこに車が突っ込んでいた。


赤いポルシェ。


しかしその車体の半分以上がエレベーターの中に食い込み、

完全に車はへしゃげていた。


救急隊によって運びこまれる担架、

数もわからないほどの大量の怪我人。


僕らはその様子にただ呆然とし…


「君たち、すぐにここを出て、

 ここは事故現場なんだ。」


その言葉に、僕らはハッとしてエレベーターから降りる。


…後で聞いたところによると、

あの車の運転をしていたのは若い女性で

エレベーターに乗ろうと集まっていた人の中に車を突っ込ませ、

かなりの数の死傷者を出していたのだという。


彼女自身もエレベーターの障壁にあたり即死だったのだが、

…なんでも、つい最近まで付き合っていた男性が浮気の末に

別の女性と結婚することになり、その腹いせに結婚式前日に

行きつけの店に行こうとする男性を待ち伏せし、

駐車場のエレベーターに乗り込もうとしたところで

周囲の人たちもろともひき殺したという話だった。


ニュースでは、女性は『半田加古』という名前であり顔写真も公開されたが、

僕は眺める程度でテレビのある食堂をすぐに後にした。


…ただ、あの時。

あの事件のあった日。


僕らが警察に誘導されてエレベーターから降りた後、

僕はエレベーターの中に一人の男性が残っていることに気づいた。


グレーのスーツ姿。

丸ぶちの眼鏡。柔和な顔。


彼はなぜだかわからねど、

僕を見つめているようだった。


そして、僕は知った。

暗闇の中で手を引いてくれたのは彼だと。

このエレベーターに僕らを導いてくれたのは彼だと。


そして、エレベーターは完全に閉まり、

下の階へと降りていく。


その表示はなぜかショッピングモールには

存在しない階を表示していた。


B4階…地下4階。


そして、地下へと下るエレベーターを眺めた後、

僕は友人たちの待つ車へと歩いて行くことにした…

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