「公園後奏曲(3)」

…そして、僕は街の中心部にある駅の構内にいた。


カバンの中には先ほどの汚れたものも含め

きっちり10台のスマホが入っている。


結局、僕はあの時

スマホの電話を取ることはできなかった。


途切れ途切れの着メロを流すスマホを

ただ見つめていることしかできなかった。


だが、そのメロディを聞いているうち、

僕はあることに気がついた。


その着メロに、僕は聞き覚えがあった。


途切れながらも僕はそのメロディを知っていた。


そう、あの曲は…


…その時、駅の構内で電車が到着する旨の

アナウンスとともに一つのメロディが流れた。


それこそ、途切れたものではなく、

完全なメロディ。


僕が今まで聞いていた音の断片。

この駅でしか流れない発車メロディだった。


そして、僕はもう一つ思い出す。

この駅の中の噂を思い出す。


それは…


「ねえねえ、この駅の地下にさ、

 女の子のお化けが出るんだって。」


「え、ヤバくね?ソレ怖いの?」


「縦半分だけの女の子、

 なんでも電車に乗る前に駅構内で人混みに押されて

 やってきた電車に体半分をすりおろされちゃったんだって。」


「ゲー、キモい。そんなの出るの?」


「そうそう、でね、その名前が…」





『半身だけのチカちゃん』





…そう、僕はその名前を知っていた。


知っていたが忘れていた。


ありふれた噂。聞いたような話。

その中にこの噂は混じっていた。


街の都市伝説。

ネットの掲示板でもたびたび取り上げられる都市伝説。


半身だけのチカちゃん。

駅の構内をうろつく縦半分の少女。


構内のベンチでパンを食べる女子高生の横を通りすぎ、

僕は駅の切符売り場にある路線図を見つめる。


…そう、僕は気がついていた。


妙な違和感。

スマホを取り上げた時の違和感。


僕が手に取った時、

どのスマホも振動してはいなかった。


だが、地面に落ちたスマホを見つけた時だけ、

スマホは揺れているように見えた。


それは地面の下を何かが通った証拠。

地面を振動させる何かが通っていった証拠。


僕が回った公園。

その下には地下鉄が走っていた。


広大な地下鉄、広い地下。


そう、彼女は僕の足の下で地下鉄を使い、

街の中を移動していた…


…その時、カバンに入れていた僕のスマホが揺れた。

着信もメールもバイブのみにしている僕のスマホ。


取り出してみれば、着信表示は…『チカちゃん』


僕はすぐさまスマホのボタンを押し、

耳に当てる。


そこから聞こえたのは、幼い声。

明瞭で、簡潔な言葉。


『正解』


次の瞬間、僕は轟音の真っ只中にいた。


吹き上げる風、まぶしすぎる視界。

目の前に迫ってくる何か。


僕はわけもわからずとっさに横に転がり…


「…大丈夫、大丈夫ですか!」


気がつけば、地下鉄の構内。

僕はホームの下にある待避所の中に滑り込んでいた。


電車は僕の顔、数センチのところで止まり、

数人の駅員が僕の前へと降りてくる。


「大丈夫ですか、立てますか?」


僕は半ば泥だらけになりながら立ち上がり、

駅員に抱えられるようにして駅のホーム下から抜け出す。


そして、駅員は僕の体に異常がないかを確かめると

大きくため息をついてみせた。


「…ここ最近、暑さのせいか落ちる人も多いですからね。

 次からは気をつけてくださいね。」


そう言いながら、駅員は僕にカバンを押し付ける。


「隅の方に落ちていましたよ。

 一応、中身を確認してください。」


僕は言われるままに中を確認し…気がつく。


ビニール袋に入れていたスマホ。

公園で拾っていた十台のスマホ。


それがごっそり無くなっていた。


「どうされましたか、何か無くしものでも?」


怪訝そうにそう問う駅員に

僕は「いいえ」と答える。


駅員はそれを聞くと、

僕を構内に残しさっさと業務に戻りだす。


半ば呆然としながらも、

僕はとりあえず地上に戻ろうと歩き始める。


…その時だった。


カバンの中から着メロが鳴り出した。


それは僕のスマホから鳴っていた。

だが僕はその曲をスマホに入れてはいなかった。


途切れ途切れの駅の発車メロディなんか、

僕は入れた覚えはなかった。


取りたくない、この着信は取りたくない。

だが、僕の震える指はスマホのボタンを押し…


『よかったね、助かって。』


気がつけば、線路と線路のあいだ。

その柱から一人の少女がこちらを覗いていた。


赤いワンピースを着た、

小学生ぐらいの髪の長い少女。


彼女は、大量にスマホの入ったビニール袋を持ち、

こちらに向かって、ニヤニヤと笑っている。


『スマホ、返してくれてありがとう…

 また、遊ぼうね。』


そうして、ベリッという音とともに

彼女は柱から身体を引き剥がす。


その体は縦半分。

右半分だけのアンバランスな姿。


そして、彼女は笑いながら。

スマホの向こうで笑い声を響かせながら。


ゆらゆらとアンバランスな体を揺らしつつ、

彼女は、地下鉄の深い闇へと姿を消していった…

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