第2章「ミイラ」

展示ケースの中。壁という壁にミイラが並べられている。


骸骨のような落ちくぼんだ眼下に身体中を包帯に巻かれたミイラ。

布に包まれ、ほぼ人の姿を残した少女のミイラ。


どれにも説明書きのパネルが添えられ、

ミイラとは何か、なんの目的で作られたかが書かれている。


僕は、僧侶の衣装を身にまとい「即身仏と仏教」と

書かれたミイラの説明書きを読んでいた。


「すごいでしょう、ここまで集めるのには5年以上もかかりました。

 先生のご紹介ということで、開館セレモニー前にご意見を頂くのも

 なんなのですが…どうですかね、ご感想は…。」


そう言いつつ、スーツ姿の男は

「歴史民俗博物館 学芸員:田辺」と書いた名札をちらつかせる。


代理人なら誰でもいいだろうという教授のいい加減な指名に僕は

内心困惑しつつ「ああ、いいんじゃないですかね」という曖昧かつ

適当な返事をしておくことにした。


それに対し、「田辺」は僕の『特別許可』の名札をちらりと見ると、

あーあーと言わんばかりに両手を広げ、ため息をついてみせた。


「…まあ、そうですよね。見たとこ、あなた学生さんですし、

 こんなもんだとは思いますよ。でもね、これ、すごいんですよ!

 わかんないかもしれないけど、世界の、ミイラを、集めたの!」


どうやら代理人であることも「セレモニーだって言っても式辞だけ

読みに行けばいいだろう」という教授の内心もバレバレだったのだろう。


僕は教授が本当に来るのかいぶかしみつつ、とりあえず代理人として

中を見に来たという形だけでも取り繕おうと、教授に言われたことを

話してみることにした。


…でも、それを言うと正直余計に怒られそうな気もする。


何しろ、話すのは今回のミイラ展のことではない。

今、ここにいる建物のことについてだからだ。


しかし、意外なことに「田辺」は怒らなかった。

むしろ、嬉しそうに建物についても話してくれた。


「ああ、そうですよ。今日オープンするこの建物は設計も建築も

 都の有名な建築デザイナーにお願いしましてね、多大な寄付と

 街の予算によって造られたものなんですよ。」


それから、少し小声でこう付け加える。


「…もっとも予算と土地買収の関係で予定の場所から少しずれては

 しまいましたが…でも、今後歴史と伝統ある建物になることには

 間違いありませんから!」


そう断言する「田辺」に僕は尋ねた。


…では、この建物の裏手にある津久毛神社のことは知っていますか、と。

ここに建物を建てることをデザイナーにはきちんと知らせましたか、と。


それに対し「田辺」は首をかしげてみせる。


「ええ…知っていますけれど、確かここの土地神サマですよね。

 建てる際のゴタゴタで、デザイナーにはそこまで話をしては

 いませんけど…それが、何か…?」


僕は、それを聞くと、嫌々ながらも教授から聞いた言葉を

素直に伝えなければいけないと思った。


…でしたら、裏口の戸は開けないようにしてください。

教授がそのように申しておりました、と。


その瞬間「田辺」は憤慨し、声をあげた。


「何を言っているんですか、あと15分でセレモニーが始まって

 しまうんですよ。それまでに裏口を閉めろですって!?

 他のお客さんもいますし、無理に決まっているじゃないですか!」


「田辺」はそう言うと、怒ったように矢印を指差す。


「いいですか、ここは入り口からお客様に入っていただいて、

 二階の館内を回ってから裏口から出ていただく。そういう順路なんです。

 設計上もそうしていますし、館内案内図もそうなっているんです!

 それを今からすぐ直せって、あなたねえ…!」


そう言って、怒る「田辺」の声に合わせ、僕のスマホが鳴った。


見れば、着信は教授からだ。

僕は「田辺」に断りを入れると部屋の片隅に行き電話を取った。


すると取った瞬間に電話口の向こうで教授の明るい声が響いた。


『もしもし、元気してる?…うん?素直に話をしたら田辺を怒らせた?

 あいつは昔から人の話を聞こうとしない男だからねぇ…ま、いいや。

 じゃ、今すぐ表口から建物を出て、東口のバス停に乗りなさい。

 今すぐに、だからね。』


そうして唐突にプツリと電話は切れた。

僕は何が何だかわからないままも「ちょっと急用で…」と言って、

順路を逆に進みながらもその場を後にする。


そうして外に出ると、僕は言われた通りに「東口」と書かれた

バスに乗り込んだ。


バスは僕が乗り込むと同時に発車し、そのまま駅へと向かっていく。

そうして僕が一息つく頃、不意に隣の席の女性に声をかけられた。


「よ、お疲れ。」


気がつくと、通路を挟んだ隣の席に教授が座っている。


一応、式典には出ようと思っていたのか、胸に赤い花のコサージュをつけた

シンプルなパンツルック姿で、髪はひとくくりにして肩に垂らしてあるが、

今は気楽そうに片手でスマホをいじっている。


そうして、ちらりと窓に視線を移すと、

自分の前の席に座るようにと勧めた。


そして、僕が座ったのを見計らうと、嬉しそうに窓の外の神社を指差す。


「ここはねえ、昔から器物が動きだす付喪神の伝承が多いところでね。

 この神社の『津久毛』…つくもという字は付喪神からきているんだよ。

 で、この神社は役割として鬼門を封じているんだが…見てごらん。」


バスは今まさに曲がり角を右手に曲がるところで、

先には僕が今しがた出てきた博物館の裏口が見えるはずである。


そして、角を曲がる瞬間、僕はその様子を見て固まった。


博物館の裏口。式典を行うために開け放たれた裏口。

その向かいには神社の鳥居が道路を挟んで建っており…


その間を、人ほどの大きさの無数の黒い円筒形の物体が、

ゆらゆらと揺らめきながら進んで行く。


それらは、鳥居から、裏口へと、

まるで決められた道のように進んで行く。


「…古文書によると、ここは元々そういう魂の通り道だったらしい。

 道すがらにいろんな魂…主に、器物に取り憑く付喪神が多かった

 そうだが、神社が建立されてから、随分良くはなったそうだよ…。

 まあ、全部は封じきれずに、こうして時どき漏れ出すようだけどね。」


教授は、スマホでカシャカシャと通り過ぎざまに写真を撮り、

写ったものを確認する。


「だからこそ、元々通り道だった場所には建物は…

 ましてや器物になりそうなものは置いて欲しくはなかったのだけれど

 もう、こうなったら仕方ないね。我々だけでも退散しよう。」


教授は遠くなっていく神社を見送りつつ、スマホの待受を変える。

そこにはあの円筒形の物体がぼんやりと写っていた。


「今、展示しているのはミイラだからね。

 ミイラなんて魂の入っていないただの器みたいなものさ。

 中に入ってくださいと言わんばかりだろう?この後のことを

 考えると、危なっかしくてあんな場所にはいられないよ。」


そういうと、教授は「田辺」からの緊急の呼び出しコールが

鳴らないうちにスマホの電源をすぐに切った。


同時に、僕らの乗るバスの横を数台のパトカーと救急車がすれ違い、

サイレンをならしながら神社から博物館の方へと曲がっていく。


僕はそれを横目で見たあと、募る不安をよそに、

そこから、目をそらすことした…。

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