第45話 準備あれこれ

「チヒロ、ありがとな」


 仕事を終え、恒例の夕飯タイムでのカフェ・ジェラニウム。マコトとチヒロは夕飯をとっていた。


「いいのよ、あたしもそいつは放置できない」


 そう言いながら、ワイバーンシチューを一口すくった。今は風月ヴァントーズ、つまり二月なので温かいメニューが人気だ。

 こないだの出張でかなりの量の塩漬け肉を安く仕入れたので、この冬の定番メニューとなりつつある。


「マコトも辛い思いをしていたのだね」


「ああ……まさか異世界こんなところで敵討ちになるとは思わなかったけどな」


 話題が話題だけに雰囲気が暗くなりそうなので、切り替えようと明るく別の話題をふることにした。


「とりあえず、身体を鍛えておくかな。俺は魔法使えないし、久しぶりにいろいろとしなきゃな。チヒロは魔法の特訓か。そういや、属性未確定って何のことだ」


「この世界の魔法使いは何らかの属性が必ずあるの。アレク様は光属性、ブルーノ様は水属性と言った具合。でも、あたしは補助魔法は使えるのだけど、属性魔法がなかなか出てこなくて。……言いにくいけど、大人になっても属性が無いのは落ちこぼれなのよ」


「……やはり、チート放棄のツケか?」


「やだ、いつ話したっけ?」


 まずい。あれはフィルじいさんから聞いたのであって、本人からではなかったと気づいたため慌ててごまかした。


「い、いや、お前が以前に飲んで酔っ払った時にさ」


「そっか、飲むとすぐに酔うからなあ。とにかく、チート放棄したのは後悔してないよ。おじいちゃん助かって欲しかったからね。なんとか魔力を上げないとなあ」


「お前も大変だな。あと、それからな。このことはまだばあちゃんには内緒にしてくれ」


「なんで?」


「まず、俺の命が危険に晒されることを知られて心配させたくないこと」


「うん」


「……それから、俺が良民リィアンミンを送還させるということは、俺だけ元の世界に帰ってしまうということだ。元々、ばあちゃんを一人にできないから一緒にこの世界にいたのに、敵討ちとはいえ、一人で帰ってしまうことになる。ばあちゃんはこの国で大事にはされるとは思うけど、置いていくようで忍びない」


「……」


「こんなことにならなければ、ばあちゃんの気の済むまでここに一緒にいるのだけどな」


「ごめん。元はといえば、あたしのミスで巻き込んでしまったのだよね」


「いや、それは別に気にしてないさ。ここの暮らしも悪くない。飯は旨いし、仕事はあるし、それに敵討ちが果たせそうだしな」


「マコト……」


「さ、まずは食べて体力つけるか! ばあちゃん、シチューとパンのお代わり!」


「はーい、はい。ちょっと待ってなさい」


 カウンターの向こうから祖母の声が聞こえてきた。思えばこの祖母にはずいぶんと翻弄されてきたが、別れが近いのだ。そして、自分の口から話すと言ったものの、気が重い。


「あ、じゃあ、あたしは湯冷ましをもらってくるわ」


「はい、お待たせ。よく食べるわね。」


 チヒロが席を立ったのと入れ替わるようにタマキが山盛りのパンを持ってテーブルへやってきた。


「ばあちゃん、頼みがあるのだけど」


「なんだい?」


「仕事で荒っぽいこと増えてきたからさ、また朝稽古付けてくれね?」


「あら、あんた、珍しいわね。恥ずかしいと言ってたのに」


「そうも言ってられなくなった」


「いいけど、道具はどうするの?」


「騎士団から似たものを借りてこようかと。場合ありがとによっては特注かな」


「ふうん、ま、私はあんたが再び始めるのならなんでもいいけどね」


「ありがとっ! じゃ、早速明日の朝からな!」


「って、マコト、道具無いでしょ」


「あ、そっか……」


 そこへチヒロが湯冷ましを持って戻ってきた。


「はい、持ってきたよ。あら? 何かお話の途中だった?」


「マコトがね……」


「あ、いや、なんでもない」


 マコトが慌てて打ち消し、タマキに耳打ちする。


(ばあちゃん、チヒロ達には内緒にしてくれ。誰にも言ってないんだ)


「あら、そうなの」


 あっちこっちに内緒にすることが増えてしまったなと思いつつ、これからのことに思いを馳せるのであった。











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