第40話 タマキ、ある提案をする

「え? ヒガシさん、この数日帰ってないのですか?」


 カルミットの丘にてヒガシの家を訪ねがてら、井戸端会議していた近所の女性達に尋ねたチヒロは予想外の答えに戸惑っていた。


「ええ、そうなのよ。羽振り良かったと思ったのだけど、急にがらの悪い男達が押し掛けてくるようになったのよ。きっと借金取りよ」


「そうよねえ、あんなに派手な暮らしなんて変だったもの」


「はあ、では、夜逃げしたのですかね」


「さあ、あたし達にはさっぱり」


「他に家族はいなかったのですか?」


「うーん、女は入れ替わり立ち替わりだけど、家族じゃないわね、ありゃ」


「遊び仲間じゃない? 酔っ払ったような叫びも聞こえてたし、ドンチャン騒ぎしていたわねえ」


 どうやら評判も素行も悪いらしい。ただ、これだけでは単なるガラが悪いハンターだ。何か掴めないだろうかとチヒロは考えこんだ。


「ドンチャン騒ぎって、お酒を飲んでたのですかね」


「うーん、あれ、お酒にしちゃおかしいわね」


「ええ、なんか意味がわからないことを叫んでたわ。もう、本当にうるさかったわ」


 多分、何らかの薬物を斡旋してパーティーしていたのだろうと推測できるが、証拠も行方も掴めないことにはどうしようもない。


「わかりました。あとはハンター仲間さん達に聞いてみます。ツケの回収、厳しいかなあ」


 適当なところで女性達に挨拶して聞き込みを切り上げる。留守だというが、ヒガシの家に近づいて窓の中を伺う。調度品は豪華を通り越して豪奢とも言うべき内容だった。やたらと宝飾品が多い。銀食器らしきものも見える。


「うへえ、成金。家よりも調度品の方がお値段高そうね」


 もう少し見えないか、と背伸びをしたその時。


「マシロ!」


 聞き慣れない声に振り替えると、タマキの警護をしていたはずのダニエルが立っていた。


「あ、え? ダニエ……」


「何を水くさいこと言ってるのさ、マシロ! 僕たち夫婦だろ? 新婚だからって照れないでくれよ!」


「え?え?」


 ダニエルがそっと腕を回し、抱き締めるようにして耳打ちをしてきた。


(今は新婚の商売人夫婦のふりをしてください。この家の周りには不審な人物がいて見張られています。名前も本名は言わないで)


(ええ?! わ、わかりました)


「足が早いよ、マシロは。それでどうだった? ツケは回収できそう?」


「あ、ああ、ごめんなさい。やはりヒガシさんはいないわ」


「そっか……参ったなあ。馴染みになってきたからと油断したな。仕方ない、今日は引き上げよう。そろそろお義母さん達も仕入れが終わるから、仕込みをしないと夕方の開店に間に合わなくなるぞ」


(私の目だけを見て、決してキョロキョロしないでください。後ろに二人ほど潜んで睨んでいます)


(は、はい)


 そうして二人は商売人夫婦のふりをして、ヒガシの家から遠ざかり、大通りの雑踏へ向かっていった。


「ふう、この辺りでもう大丈夫でしょう」


 人通りが多くなり、周りを慎重に見渡してダニエルは安全宣言した。


「ありがとうございます、ダニエルさん。でも、どうして?」


「マコトさんに頼まれたのです。今回の調査は単独行動は危険だから、追いかけて警備してくれと。自分は今は女性の姿だから警備に向かない。だから代わりに行ってくれと」


「マコトが……」


「二人は嫁と姑のふりをして市場にて聞き込みをしていますよ」


 とっさに機転が効くのは祖母譲りのようだ。


「それにしてもヒガシの家を見張っていたのは何者なのでしょう?」


「わかりませんね。借金取りなのか、非合法な品物を扱っていた組織の者か。今、仲間が奴等を捕まえるべく、ヒガシの家に向かっています。だから、間もなくわかるはずです」


「さすが、アレクサンドル家の私設警備隊だわ……。そこらの騎士団よりも精鋭揃いと聞いてたけど」



「おっ、チヒロ……じゃなかった、チヒロちゃん。ダニエルと合流できたのね。気が急いてるからって、新婚の旦那を置き去りにしたらあかんで」


 待ち合わせ場所の飲食店にて相変わらずおばちゃんの姿のマコトが二人を確認して声をかける。


「あんたがチヒロちゃんに付いていけと言ったのだけどね。今の姿ならあれもでき……」


「ばあ……お義母さん! 余計なこと言わんといて! ところでダニエル、ヒガシの家はどうやった?」


 ダニエルはそっとマコト達に今の結果を告げた。


「見立て通りでしたよ。ヒガシの家はもぬけの殻です。やたら豪奢な調度品はありましたけど、持ち出した形跡は無かったです」


「そうやろな」


「え? マコト……マコおば様はわかっていたの?」


「いや、女の勘や。先ほどのアンさん以外にもいろんなハンターや業者に聞いたら、ヒガシは狩場にも市場にも最近は来ていないと」


「手がかり無し、調査は空振りなのかしらね」


 女の勘って、今だけだろうと思いつつ、チヒロはがっかりしているとマコト(おばちゃん)はニヤリと笑った。


「いや、そうでもないで。聞き込みをしたらヒガシには女がいて、多分そいつの所やと何人か言ってた」


「いっそ、あの家に張り込んでいたのが組織の人間だったら、ヒガシは呼びかけたら出頭するのではないかしら?」


 タマキが突拍子も無いことを言ってきたので、皆、驚いた顔を彼女に向けた。


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