第37話 マコト、さすがにタマキを窘める

「まあ、タマキったら、相変わらず大胆ねえ。五十五年経っても変わらないわ」


 そうやって上品ににっこりと笑うのはアレクの大叔母であり、タマキの旧友でもマリエル・アレクサンドル。

 彼女は体調を崩しているとのことで、気候が温暖で、ありとあらゆる食材が集まるカルムにて静養している。

 ……のは表向きの理由で、とっくに体調は良くなっているのだが、首都フィエルテより気候的に快適であり、好物の海産物が豊富なのでこちらで過ごしているのが本当らしい。


「そうなのよ、調査や隠密なんてスパイみたいで素敵じゃない」


 タマキはカラカラと笑う。この二人は五十五年ぶりに再会したというのに、そのブランクを感じさせない。


「でも、ビックリしたわあ。あなたがこの世界に来たということはラージやブランシュから聞いていたのだけど、急に来るのですもの」


「ラージって、誰?」


「あんたねえ、上司の名前くらい覚えなさいよ。ちなみにブランシュ様はマリエル様の孫にあたるわ」


「あー。じゃ、ブルーノはアレクのハトコと結婚して縁続きになるのか」


 年配二人が盛り上がっているそばで、マコトとチヒロはこそこそとやりあっていた。


「しっかし、どうしよう。まさかカルム支部の人までだまくらかすとは」


「さらにマリエル様まで巻き込んでいるし」


「「はぁ~~~」」


「あら、若いお二人は昆布茶は苦手でした?」


「いえ、そんなことは無いです」


 チヒロがにっこりと湯飲み茶碗を持って営業スマイルを作って答える。


「なんで、異世界なのに昆布茶に湯飲みなんだよ」


「タマキ様が海沿いで農業指導している時に広めたそうよ。最初は北の奥地からの出稼ぎ者が飲んだら具合が良くなったというから、薬としてだけどね」


「ミネラル欠乏症か……」



「それで、タマキはどうやってその密輸を調査するの?」


「まずは市場へ行って、ワイバーンを仕入れがてらハンターさん達のことを聞いてみるわ。あとは日の出と共に市場が開くのなら、夜明け前の闇に乗じて取引が行われると思うから張り込みかしらね」


「うーん、さすがにそこまで行くと物騒ね。うちの警備隊から何人か付けましょうか?」


「いえ、要らないわ……」


「ばあちゃんっ! さすがにそれは付けてもらおう! ガチのマフィアだと俺でも危ないっ! いや、そもそもばあちゃんは調査禁止だ!」


 突然、大声でマコトが反論したから一同は驚いて固まってしまった。


「隠密行動な以上、衛兵には頼れない。マリエル様の警備隊から何人か同行してもらう」


「ま、マコト? でも、あんたなら勇者のチート無効があるから必要ないでしょ?」


「それでも、向こうが銃を持っていたら危ない。この世界には防弾チョッキなんて無いだろ?」


「あんた、まさか、まだ……?」


「……とにかく警備隊から協力してもらう。マリエル様、ばあちゃんへのボディーガードをお願いします。ただ、不自然にならないように、ばあちゃんに寄り添う孫という感じくらいの年齢の方で黒髪の人にしてください」


「そんな、まあ、大袈裟な」


「大袈裟でもなんでもいい。それからばあちゃんはやるとしても、せいぜい聞き込みだけにしてくれ。張り込みは俺がやる」


「あ、あの、あたしは?」


 迫力に気圧されながらも、チヒロがおずおずと尋ねる。


「ああ、変身術で俺をまた大阪のおばちゃんにさせてくれ。それなら商売人に混ざって仕入れをしながら聞き込みしても、怪しまれない。なんと言っても、俺は休暇中だから表立って動けないからな」


「わ、わかった」


 すっかりと緊張してしまった空気をほぐすようにマリエルが口を開いた。


「皆さん、宿はお決まりなの? 良ければうちに滞在していきませんか? タマキともまだお話足りないし」


「いえ、そこまでは……」


 マコトがきっぱりと断りを入れるが、マリエルは退かない。


「あら、随分と真面目なお孫さんね。でも、ブランシュからマコトさんには世話になったと聞いています。ブランシュの祖母としてもお礼したいのです。部屋には余裕がありますわ。タマキへの警備も付けやすいですし、悪い話ではないわ」


「しかし……」


「マコト、今回は受けましょう。確かに街の宿屋より、ここの方が警備もしっかりしているわ。タマキ様もその方が安全よ」


「う……」


 そのまま、なし崩し的にマリエルの館に滞在することになった。

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