第36話 タマキ、ノリノリではったりをかます

「お疲れ様です、チヒロさん、マコトさん。そしてタマキ様、お会いできて光栄です。私が支部長のディディエです」


 どうにか到着したカルム支部。三人はカルム支部にて歓待されていた。

 支部長のディディエとオリヴィエという職員、あと二人いるそうだが、調査で外回りに出ているとのことだった。


「応援に来たチヒロ・カウフマンです。よろしくお願いします」


「すみません、職員でもないのにお茶を出していただいて」


「いえいえ、この国の農業の母であるタマキ様にお目にかかれて嬉しい限りです。今回はタマキ様のご友人のお見舞いとか」


「ええ、五十五年ぶりだからわかってもらえるかしら」


「大丈夫ですよ、タマキ様はお若く見えるからわかりますよ」


 三人が和やかに雑談している中、マコトは青い顔で椅子に腰かけていた。

 ディディエは心配げに声をかける。


「え、ええと、マコトさんは大丈夫ですか?」


「ああ、ほっといて大丈夫。マコトは初めてのドラゴン便でドラゴン酔いしているだけだから。懐かしいわね、私も最初はこんな風に酔ってたわ」


「まあ、いきなりオスのドラゴン乗ったからきついのはわかるけどね」


「ならば、ちょうど裏手に炭酸泉が湧いているから水を汲んできましょう。吐き気に効きます。オリヴィエ、悪いがちょっと汲んできて」


「……すみません……」


 鉱泉を汲みに行くオリヴィエに青い顔のまま、マコトは会釈をする。ここの作法とは違うのはわかっているが、ドラゴンから降りて大分経つのにまだ気分悪いからあまり動きたくはない。

 そうして、支部にはディディエ一人になったタイミングでタマキは切り出してきた。



「それで、ディディエさん。孫たちから聞きましたが怪しいハンターがいるのですって?」


「え?」


「ええ、実は私も本部から調査協力の依頼がありまして。表向きは友人の見舞いですが、本当は密輸調査の隠密行動ですの。だからマコトは休暇を取って私の付き添いになってますが、実質的には三人での調査となります」


 ディディエは驚愕の表情を浮かべ、しどろもどろに聞き返す。


「し、しかし、本部からは何もそのような事は聞いてませんが」


「ああ、これは極秘事項なのです。カルム支部の皆様への知らせるのはもちろん、情報漏れの危険がありますから本部へも連絡取らないでくださいね。

 以前、伝書鳩が捕まって手紙を抜き取られたことがあったそうなので、私達が調査を終えて直に報告することになっています」


 タマキは大胆にもカルム支部に嘘をついた。まさか、真っ正面から斬り込むとは、マコトはもちろん、チヒロも唖然として何も言えない。いや、マコトは吐き気の方が勝っているからなのだが。


「ああ。そういうことでしたか。わかりました。ここはリゾート地でもあることから、ありとあらゆる食材や品などが集まります。

 そして、仰るとおり非合法の武器や薬も出回っていると噂があります。タレコミによると怪しいとされているのはワイバーンハンターのヒガシ・コーエンジというらしいのですが、どうにも証拠がなくて」


 この世界へ引き寄せられるのは鉄道マニアという法則があるのかもしれないと思ったが、とにかく口を利く元気がない。誰か調査研究してくれないだろうか。

 いや、その前にいくら国民的英雄の言うこととは言え、役所が老人に隠密行動を頼むというはったりを信じてしまうあたり、このディディエはかなりのお人好しというか、間抜けと言わざるを得ない。

 だから、調査の尻尾を掴めないのではないだろうか?


「それからね、ここへ来た目的の一つにワイバーンの干し肉など乾物の仕入れもあるから隠密行動に向いているとのことでね。卸売市場はどちらにあるのかしら」


「え? しかし、仕入れとは言え、不穏な噂もありますから危険ですよ。ヒガシも出入りするでしょうし」


「だ、大丈夫です、ばあちゃんは俺がガードするから。俺はチート封じがあるし、異世界人相手ならなんとかなります……うぷ」


「ならばいいのですが、無理はしないでくださいね。タマキ様に何かあったらそれこそ我々が国賊扱いされてしまいますから。

 卸売市場は毎日開かれており、時間は日の出からです。くれぐれも安全のために仕入れは日が昇ってから行ってくださいね」


「わかってますわ」


 にっこりと笑う祖母と、やられたと顔に手を当てて呆然とするチヒロを見て、くらくらとしたのはドラゴン酔いだけではない、さらに胃の辺りがむかむかして、キリキリと痛むのであった。




  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る