第34話 マコト、アレクに誤解される
「さて、これはどういうことだ?」
翌日の執務室。諸々の書類を前にしたアレクが渋い顔をしてマコトに問いかけてきた。
「お前の休暇届はまあ良い。しかし、チヒロがカルムへの調査願いを同時に出してきたぞ」
「あ、えーと。調査は止めさせたのだけど、ばあちゃんがどうしてもマリエル様のお見舞いには行きたいと言うから、俺が暴走ストッパー兼カバン持ちをすることになったから休暇を出したと。そしたら、チヒロが是非とも代わりにカルムへ調査へ行きたいと志願したがっていたから、その関係ではないですか?」
つっかえながらも、マコトは表向きの理由を述べる。まさか祖母に弱みを握られたとか、チヒロはリゾート地だから行きたがっているとは言えない。
「ふむ、まあ、二人とも独身だから問題はないか」
「はい?」
「こうもあからさまだとな。しかし、制度上は不備は無いし、カルム支部から応援要請も来ている。まあ、タマキ殿が心配な気持ちもわかるし」
何か誤解されている気がする。マコトは嫌な予感がした。
「まあ、健闘を祈るぞ。しかし、お前の好みとは違うがいいのか?」
「あの?? ホントにばあちゃんのカバン持ちとボディーガードとして……」
「ああ、最後まで言わなくていい。チヒロに調査を任せよう」
「ぜってえにアレクに誤解されてたぞ、あれ」
その日のカフェ『ジェラニウム』での夕食。マコトは試作品の肉じゃがを食べ、外で買ってきたエールを飲みながらチヒロにぼやいていた。閉店後なので、酒の持ち込みは可能なのだ。まあ、従業員が身内で多目にみてもらうことができるからなのだが。
「えーと、名物でもエビは欠かせないよね。あとはホタテに、魚のフライもなかなか……」
チヒロはどこかから手に入れたカルムのガイドブックに夢中で気が付いていない。
「って、お前、どうすんだよ」
「で、名産品アクセサリーは貝細工かな。サンゴは高いからなあ……どうするって何が?」
相変わらずチヒロはガイドブックを読みながら、本日の日替わり定食のペガサスのハンバーグを食べている。以前、ちらっと思ったが、まさか本当にメニューにあるとは思わなかった。祖母に聞いたら、騎士団にいる年を取ったペガサスを利用しているため、肉が固いからこの調理法なんだそうな。ペガサスを食べるなんて恐れ多いと思わないのだろうか。
チヒロと一緒にペガサスハンバーグの注文にさせられそうになったので、祖母の新メニュー試食へ逃げた訳なのだが、醤油が無いということがネックになり、どう見ても、匂いも味もポトフであった。
「ブルーノは今日休みだったのは、結婚式の準備だと言ってたぞ。言わなくていいのか?」
「声が大きい!」
チヒロが睨みながら注意してきた。本当にこの話題になると彼女は凶悪になる。とはいえ、この片思いを知ってしまった以上は気にかかる。
「じゃあ、どうすんだよ」
「いいのよ、結婚式の後にやけ酒して飲んだくれる」
「お前なあ……」
「あー、旅行の下準備の楽しい気分が台無しだわ。ちょっとエールをもらうわね」
そういうとチヒロはピッチャーのエールを自分のグラスに注いで一気に飲んだ。
「おい、エールでも一気飲みは危険……」
「大丈夫!」
「それに旅行じゃなく、出張だ。元勇者の在留資格調査と密輸調査だぞ」
「それはわかってるよ。それにしても、カルム支部の人は何か掴んでないのかしらね」
「アレクから聞いた話では、カルム支部の調査では尻尾を掴めてないと」
「って、調査は全てカルム支部にやらせればいいのに。ま、出張できるから……いいか……な」
言い終わらないうちにチヒロは眠くなったらしく、テーブルに突っ伏して眠ってしまった。
「おや、チヒロは寝てしまったのか。この子は酒に弱いのに無理するから……」
フィルじいさんが食べ終わった皿を片付けながらため息を付く。
「なあ、そういえばフィルじいさんとチヒロは何でこの世界に来たのだ? 何か技術者として召喚されたのか?」
「あー、いや、そうじゃない」
「じゃ、俺みたいに事故で
「まあ、マコトさんとは違う。文字通りわしとチヒロは死んでしまってな。この国でも珍しい異世界転生なんじゃ。幸い、チヒロには魔力があったから、ここで見習いとして働いているが、わしは菓子取り寄せくらいしかできない普通の人だったから、ここで下働きしている訳じゃ。まあ、多少若返ったから苦ではないけどな」
まずいことを聞いてしまった。確かに以前アレクが、この世界に来るのはほとんどが転移で転生はわずかと言っていた。彼らはそのわずかなケースだったのか。
「わしらの国でテロが多発していたのはご存知かね?」
「あ、ああ。移民や難民受け入れに反発する過激派によるテロだな」
「ああ、チヒロが十七歳の時だから四年前じゃな。わしと一緒に買い物へ出かけて、バスターミナルにいた時にトラックが暴走して突っ込んできた」
やはりトラックにはねられて転生なのかと思ったが、黙って聞くことにした。
「突っ込んだ位置の関係からかすぐには死ななかったのだが、犯人が降りてきて銃を乱射してきた。さすがに、チヒロもわしも撃たれてしまって、そこで死んだのだ。あれはテロだったのじゃろうな」
さらに話が重くなってきた。マコトは聞いて後悔していた。
「そういう訳でしてな。最初は転生はチヒロだけだったらしいのじゃが、祖父が助からないのなら一緒に転生させてくれと、女神フロルディアに直訴したらしい。その代わりチートは無しでも構わないと」
以外と祖父思いの孫な一面がある。
「そうしてこの世界に来た訳じゃ」
「そうだったのか……」
「まあ、帰ることはできないから送還されることは無いし、チヒロも頑張って働いているが、チートが無いからかのう、いろいろ苦労しているようじゃ。優秀な先輩に大して焦りもあったらしくてな、以前は暗い顔をしていることも多かった。わしのために苦労をかけさせてしまったのかと、思いもしたものじゃ」
その先輩にはかなわない片思いというややこしい感情もあるわけだが、そこは言わないでおく。
「でも、マコトさんが来てからずいぶんと明るくなりましたよ」
「いや、俺は変態扱いされてばかりで、何も」
「いえ、そうやって気楽に話せる人なのでしょうな、マコトさんは。
カルムへの出張、チヒロのことも頼みますぞ」
「はあ……」
「じゃ、そろそろ、チヒロを起こして部屋に連れていきますわ。こら、チヒロ、起きなさい」
「ふあーい、終点?」
「全く、この子は……。部屋に帰るぞ」
「んー、わかった。乗り換えね」
「まだ酔ってるな、やれやれ。では、失礼します」
そうして一人残されたマコト。残ったエールを流し込み、いろいろな事実を知って考え込むのであった。
「いろいろと重てぇなあ……あいつも銃の犠牲者なのか」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます