第33話 マコト、祖母に弱みを握られる

「ばあちゃんよぉ、もうちょっと考えてくれよ」


 その日のカフェ・ジェラニウムでマコトはカウンター席にて祖母に文句をつけていた。


「いくらなんでも、うちの仕事と一緒にするのはまずいよ」


「いいのじゃない、異世界のお役所仕事は元の世界よりコンプライアンスが緩そうだし」


 タマキは意に介さず、マコト達の夕飯を手際よく作っていく。今日はタマキの提案で中華料理ができないかと試作品を食べることになっていた。


「はい、ワイバーンの出汁でラーメンを作ってみたけど、どうかしら?」


 器にスープと麺が入ったそれは一見ラーメンっぽく見えるが、一口食べてマコトは微妙な顔をした。麺には中華麺のようなコシも風味もない。ワイバーンの出汁はうま味はあるが、中華のそれとは違う。


「これ、スープパスタというか、洋風うどんだよ。どっかで重曹を手に入れないと中華麺は難しいのじゃない?」


「うーん、タブレットに入ってたかん水を使わない中華麺のレシピを見たのだけど、失敗だったかしら」


 タマキはタブレットの画面を見ながら、唸る。確かに作りもしないのに料理本もいくつかダウンロードしていたが……と思ってマコトは重要なことに気づいた。


「ばあちゃんっ! また人のタブレットを持ち出したのか。って、またパスワードを破ったのかよっ!」


「今時、誕生日をパスワードにするなんて、異世界とはいえガバガバよ、マコト」


「う……」


「そして、隠していたファイルも見つけたわ」


「げげっ!」


 なぜ破られてしまったのだろう。あれはもっと複雑なパスワードにしていたはずだ。


「生年月日と電話番号とあんたの好きな野球選手の背番号の足しただけのパスワードなんて、ガバガバ過ぎるわよ」


 なんてことだ、少しはひねったはずなのに破られるなんて。マコトが頭を抱えると同時に祖母はにやりと不敵な笑みを浮かべた。


「それで、見いちゃった♪」


 まさか……嫌な予感しかしない。ごくりと唾を飲むとタマキは不敵な笑みを崩さずに言った。


「あんな漫画やエロ小説。チヒロちゃんに言いつければアレクサンドル様やブルーノ様にも知られるわよね」


 まずい、ますます変態という評判に歯止めがかからなくなる。それは避けたい。


「な、何が望みだ」


「私をカルムへ連れて行きなさい。私のマリエル様のお見舞いに行くってことで、あんたは付き添い。それでワイバーンの仕入れがてらあんたは調査すればいいじゃない。どうせ、異世界なんだから有休は簡単に取れるでしょ」


 ……やられた。祖母のしたたかさに敗れた。


「あ、いい匂い、タマキ様、私もそれください!」


「げげっ! チヒロ、いつの間に」


「何? なんかまずいところに出くわした? また巨乳談義をしてたの? あんたも実の祖母相手によくまあそんな会話できるわね」


「違げーよ! え、ええと。カルムへ見舞いに行きたいからついてこいってさ」


 フィルじいさんの手前、あまり詳しくは話せない。取り繕うとした時。


「ああ、マコトさんの調査のやつだね。気をつけて行ってこいよ」


「フィルじいさん、聞いてたのか」


「実は最初からな。タマキさんが危険にさらされるのは気がかりじゃが、友人に会いたい気持ちもよくわかるからな。しっかり守るんじゃぞ」


「うう、皆にバレているのか」


 頭を抱えていると、フィルじいさんがポケットからごそごそと何かを取り出した。


「マコトさんは特殊なスキルがあるから大丈夫じゃろうが、この教会に置いてあるお守りじゃ。持って行きなされ」


 それはメダイのようなお守りであり、女神フロルディアが象られている。


「ありがとう、フィルじいさん」


 マコトは礼を言って首にかけた。



「それで、タマキさんにはこれじゃ。女性に人気のデザインのメダイじゃ」


 確かにそのメダイはピンクゴールドのような地金、赤い石が埋まっていたり女性らしい雰囲気がする。心なしかマコトがもらったものよりグレードが高い。


「あらあらあら、ありがとうございます」


「マリエル様のお見舞いだけなら安全と思うが、くれぐれも気をつけなされ」



「マコト、情報流出のつけは高いわよ」


 二人のやりとりを見つめつつ、ラーメンもどきの麺をすすりながらチヒロが睨んでくる。ドイツ育ちのハーフなのになんで麺を音を立ててすすれるのだと一瞬思ったが、お叱りの方が厄介だ。


「どうしよっかなー。ファイルの中身とやらをタマキ様から聞き出そうかなーっと」


 やはり聞かれていた。このままでは上司に変態疑惑が高まってしまう。


「な、何が望みだ」


「フフフ、カルムの調査は私にさせなさい。あんたは休暇でタマキ様のガード」


「ファッ?!」


 予想外の提案だ。そんなに仕事熱心だったろうか。


「カルムって、温暖な海沿いの町なのよね。真珠はまだ養殖されてないけど、珊瑚や白蝶貝の細工のアクセが豊富なのよ。ふふふ、楽しみだわ」


「買い物かよっ!」


「あんたはタマキ様のガードに専念しなさい、この世界での唯一の身内でしょ。大事にしなきゃ」


 言われてハッとした。確かにこの世界では唯一の身内だ。万一、祖母に何かあったら天涯孤独となってしまう。


「そう言えば、チヒロ、お前も祖父と一緒にこの世界に来たのだったな。やはり俺みたいに何かで転移したのか?」


「……今は言いたくない」


「え?」


「タマキ様ー! この麺料理、干しトマトや生トマトをを入れると美味しくなりませんか?」


「あら、いいわね。スープパスタみたくなるかも」


 そのまま、チヒロは祖母と料理談義を始めたので、それ以上は聞けなくなった。

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