第25話 俺の話を聞けぇぇぇぇ!
「マコト、あの態度は失礼ではないのか?」
管理局へ戻り、調査報告書を書いているマコトにブルーノは先ほどの行動を嗜めていた。
「いや、入管の時はよくやっていた手法さ」
マコトはメモを見返しながら答える。
「わざと散らかしたり、引っ越したばかりで荷物を開けていない箱だらけにして、生活感を消して偽装を図るやつはいる。まあ、今回はお金持ち相手だからちょっと通用しなかったけどな」
「わざとクローゼットを開けさせたのは何故だ?」
「ああ、夫婦の物が揃っているかどうかの確認だ。男物しかないとか、女物ばかりとかで偽装がバレたケースもある。まあ、その前に『妻専用』と先手を打たれてしまったがな」
やはり、入管の手法であったのか。ブルーノは続けて問いかける。
「お前は何故、あの二人が偽装結婚だと思うのだ」
「面談の食い違いだ。俺のヒダカとの面談、ブルーノが聞いたクロエとの面談。合わせるといくつか食い違いを見つけたからだ。出会いの時期は一致していたものの、お互いの出会いの場面でヒダカは『クロエは黄色のドレスを着ていた』と言っているのに対し、クロエは『オレンジ色のドレスを着ていた』と答えている」
「それだけか?」
「ヒダカはクロエが『勇者の嫁になるのは光栄だと言っていた』と供述しているが、クロエは父の意向としか言ってない」
確かに先ほどお互いの面談結果を簡単に話したが、多少の食い違いが出ていた。しかし、記憶違いや感覚の違いと言える範囲だと思っていた。
「じゃあ、『女性の下着』は?」
「あん? 俺のメモを見たの?」
「ああ、性癖を仕事中に書くのはいかがなものかと思うが……」
「いやいやいや、ブルーノさん、それは違うって!」
「まあ、盗まなければ下着を想うのは自由だ。そういう嗜好の絵画や本もあるからな」
「だから、それは……!」
「お前も早く恋人作るなり、結婚しろ、そうすれば下着だけではなく、中身も拝めるぞ」
「だーかーらー! 俺が女性の下着と書いたのは……」
と、マコトが力説した瞬間、ドアが開き、怪訝な顔のチヒロが入室してきた。
「男同士の濃厚な会話なら、日が暮れたあとの酒場でしてくださいね。ブルーノ様まで、マコトの悪影響を受けるなんて失望しましたわ」
「い、いや、チヒロ、違うぞ。私はマコトの性癖に苦言を呈しただけであって」
「いえ、ブルーノ様。ドアの外まで聞こえる大きな声で言っていたのですから、よほど盛り上がったのでしょうね。隠さなくていいです」
「違うって、二人とも」
「いや、マコトのメモに女性の下着とあったのでな。職務中に性癖を書くなと」
「マコトの変態は今に始まったことでは無いですよ」
「だから、俺の話を聞けって」
「いや、チヒロ、マコトはともかく私まで一緒にしないでくれ」
「ブルーノ様……尊敬できる先輩と思っていたのに。ブランシュ様、どうしますか?」
チヒロが振り返るとそこには金色の長い髪を上品にまとめ、落ち着いた雰囲気の美しい女性が困惑して立っていた。
「え? ブランシュ、何故ここに?」
「教会主催のチャリティーバザーの打ち合わせに来たのです。それであなたにも会いにチヒロさんに案内されたのですが……まさか仕事中にそんな下品な話をするなんて」
「ま、待て、ブランシュ。君まで何か誤解をしている」
「失望しましたわ、お父様に申し立てをしなくては」
「待て、私は部下の行動に注意していただけであってな」
ブルーノがひどく狼狽えていることからして、彼女か何かっぽいようだ。しかし、ブランシュと呼ばれた女性はしくしくと泣き始めた。
「って、何? 俺の話を誰も聞かないの?」
「ブランシュ様、しっかりしてください。まだ婚約中だから間に合いますよ」
「ううう、ひどい。真面目な人と思ってたのに」
「ブランシュ、泣かないでくれ、きちんと話そう」
「どうすんの、マコト。一組のカップルを壊してしまって」
チヒロがじと目でマコトに詰め寄る。
「カップルって、何のことだよ!」
なんだかわからないが、とにかくマコトは思い切り誤解され、それで様々な亀裂が生じていることはわかった。そして、誰も人の話を聞かずに暴走するのも。
「だから、俺の話を聞けぇぇぇぇ!」
マコトが叫ぶと同時に、軽い爆発音が轟いた。全員が音のした方に振り返ると手のひらにスパークした光を抱えたアレクがいた。目の光が怒りを含んでいてとてもヤバいのは見てとれる。
「まずは全員静まれ。声が丸聞こえで管理局の威厳に関わる。それともこれを直撃されたいか」
「「「「は、はい!!」」」」
普段怒らない人間ほど怖いものはない。アレクはそういうタイプだ。全員はそう直感して大人しくなった。
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