第26話 な、何だってぇー?

「まずはマコト、お前の釈明を聞かせてもらおう」


 全員が各自の席に座り、ブランシュと呼ばれた女性は来客用の椅子に座ったのを見計らって、アレクがドスの効かせた声でマコトに問いかける。

 視線が一斉に集中しているのがとても痛い。しかも、変態疑惑をかけられているのだから尚更だ。


「え、と。部外者がいるから話していいのかわからないけど」


 マコトはブランシュと呼ばれた女性を見ながら戸惑うが、ブルーノが代わりに答えた。


「彼女は大丈夫だ。それは私が保証する」


(いや、公務員は身内でも守秘義務あるのだが、この世界では違うのだろうか)


 悩んでいても仕方ない、このままだと変態扱いに輪がかかる。マコトは話すことにした。


「慌ててメモを取ると日本語とフロルディア語が混ざるのさ。調査の時、目についたことや気になった事をメモするからなんでも書く。その中に『女性の下着』と書いたのは確かだ。とはいえ、女性の下着は詳しくないから、後でチヒロかばあちゃんに聞こうかと思っていたのさ」


「うえええ、わざわざあたしに聞く?! マコト、やっぱり……」


「チヒロは黙っていろ!」


 アレクがドスの効いた声で牽制する。マズイ、答え次第では自分は血祭りにあげられるのかもしれないとマコトは畏怖したが、やましいことは無いはずだと言い聞かせ、答えつづける。


「調査でクローゼットを開けてもらった時、下着が目に入ってしまったのだけど、貴族の女性が使うものなのか不思議に思ってな。それでとっさにメモしてしまったわけだ」


「なぜ、そう思ったのだ?」


「詳しくわからないけど、綿だか麻の簡素なものに見えたのさ。貴族ならシルクとか、飾りが付いた豪華なものでなのではないかと思って。だから、下着を使っているのが本当に妻クロエなのか、疑問に思ったのさ」


「ふむ、筋は通っているな」


 アレクが納得した表情になったのを見て、マコトは安堵した。勇者のチートは無効でも異世界人の魔法までは無効になるかわからない。先ほどの魔法をくらったら、まず間違いなく黒焦げだろう。


「確かに領主の娘ならシルクを使いそうだな。上流階級の女性ならば、ちょうどブランシュがいるから聞いてみよう」


「え?!わ、わたくしですか?」


 いきなり話を振られたブランシュは顔を赤らめてうつむく。


「え、と、その、この人は?」


 先ほどの修羅場などで、ブランシュという女性はブルーノの彼女っぽいのはわかったが、まだ紹介は受けていない。


「ああ、まだ紹介していなかったな。彼女はブランシュ・アレクサンドル。アレクの遠縁であり、私の婚約者だ」


 ブルーノが済まなそうに紹介する。アレクの遠縁というが、金髪というくらいしか共通点はなく、顔は似ていない。


「ええ、ちょっとこんな形で挨拶はなんですが、ブランシュ・アレクサンドルと申します。ブルーノがいつもお世話になっております」


 ブランシュという名前だけあって、色白の美しい女性だ。そういえば、先ほどの修羅場でも「恋人作るなり云々」というのも自分が今、幸せなのだから出て来たセリフだったのか。


「そうですわね、確かに上流階級の方は下着にはシルクを使いますわ。それは旦那様の物ではなかったのですか?」


「いや、開けさせる直前『妻専用』だと言っていた。だから女性の服や下着で間違いない」


「つまり、彼らの結婚は偽装ではないかとマコトは疑っているのだな?」


「うーん、さすがに部外者がいるとこれ以上は話しにくい。チヒロ、下のカフェにブランシュさんを案内してくれないか」


「わかったわ。では、ブランシュ様、案内します」


「あ、あの……」


「いえ、この空間にいると変態がうつります。ブランシュ様にはそんな汚れは知ってもらいたくないので」


 そう答えると、チヒロはブランシュの手を取り、退室していった。なんだか誤解は解けたはずなのに失礼な物言いだ。しかし、釈明ができて収拾がついたのは安心した。


「はあ、嵐が去っていった」


「安心するのはまだ早い。マコト、ヒダカとクロエは偽装結婚というには、今の話だけでは不許可にするには弱い。何か補強材料を掴まないとならないぞ」


「それも多分、ある程度は掴めると思います」


 マコトは淀みなく答える。


「あそこに使えている執事やメイドは口が固いとは思います。探るとしたら出入りの業者です。上流階級でも食料や燃料を届けにくる業者はいるでしょうから」


「それでわかるものなのか?」


「まあ、業者が二人の生活ぶりまでは知ってはいないだろうが、例えば納入した食料や燃料の数で推定できそうだし、食べ物の仕入れで誰と誰が暮らしているかわかるかもしれない。例えば、夫が嫌いなはずの高級食材をたくさん仕入れていたら、夫ではない人間が暮らしている可能性がある。そう簡単には尻尾をつかめないでしょうけど」


「なるほど、さすがは入管職員だけあるな」


「その入管職員を変態扱いしたのはどなたでしたっけ」


「む、すまん。そこは謝る。しかし、巨乳好きな話はチヒロやタマキ殿から聞いているから、つい、な」


 祖母はどこまで孫の性癖をばらしているのだろう。マコトは身震いした。


「いや、それはちょっと違うから」


「済まないな、巨乳好き繋がりで、下着も好きなのとばかり思っていた。しかし、お前は元の世界では結婚していないのか?」


「ああ、俺の年で結婚した奴がちらほらいるかな、というくらいだ」


「あり得んな。この国では二十歳過ぎればどんどん結婚する」


「え? ブルーノっていくつ?」


「私は二十四だ」


「ええ? 俺より年下?! え、と、アレクはいくつだ?」


「私は二十七だ。しかし、妻と子はいるぞ」


「えええ?! お、俺より年下?!そもそも、教会の聖職者って結婚できるの?!」


「お前、わかっていないな。魔導師と聖職者は別だ。それに、女神フロルディアは繁栄の女神でもあるから子孫繁栄も推奨している。聖職者や魔導師でも例外ではない」


 上司が全員年下であることや、妻帯者やそれに準じることに衝撃を受けてマコトは頭を抱えてしまった。これでチヒロまで婚約者なり夫がいたら思い切り肩身が狭くなる。


「どうした、マコト」


 アレクが怪訝そうに尋ねる。


「勝手にタメで独身だと思ってたのに……」


「国が違えば習慣も変わるそれは異世界でも当然だ。ほら、そろそろお茶休憩時間だ。休んでくるが良い」


「はい……」


 フラフラとマコトは執務室を出て、カフェに向かっていった。

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