第17話 アポ無し突撃、一転??

 夕焼けの淡い光が差し込むシャンソニアの外れの城門、そこには門番が達が退屈そうに佇んでいた。


「あーあ、舞台の方が良かったなあ。今日が当番なんて、ついてないぜ」


「ぼやくなよ、ザール。舞台は明日も明後日もあるだろ」


「そうは言ってもよぉ、ヤニク。初日は特別だよ。やっぱり……」


「おい、誰か来たぞ。任務に戻れ」


 門番のザールとヤニクが慌てて元の配置に戻ると、カップルと思われる男女が門へ近づいてくるのが見えた。男性は武装をしているから一見して冒険者とわかる。対して女性はフードを被り、うつむき加減に歩いている。


「勇者バラキ・ナカヤマと言います。こちらは連れのカトリーヌ。魔王がこの街ではなく隣の都市ミルティーにいるとの情報を掴んだので、移動するため開門願います」


「ああ、勇者さんね。でも、もうすぐ日没だぜ。ミルティーまでは無理だし、ここから一番近い村でもかなり距離があるけど、明日の朝ではダメなのかい?」


「急いで魔王を追わないとならないのです」


「しかし。そのお連れさんはパーティーのメンバーとは違うみたいだけど、魔物が襲ってきたらどうするんだ?」


「その時は俺が一人で倒します!」


 勇者の頑なな態度に門番たちもちょっと戸惑う。二人は顔を見合せ、ヤニクが言いにくそうに切り出す。


「そうは言ってもよぉ、まあ、日はまだ落ちてはいないから行かせてもいいけど、あの人達が許可するかな?」


「あの人?」


 ナカヤマが訝しむよりも前に底抜けに明るい声が響いてきた。


「どうも、召喚管理局でーす!」


 チヒロが杖を片手に勢い良く飛び出してきた。


「呼び出しをしたのに、なんでこちらにいらっしゃるのですかね? ナカヤマさん」


 マコトとエマが続いてナカヤマ達の前に立ちはだかる。


「くっ! 召管め、諮ったな!」


 勇者が腰の刀に手をかけようとする。マコトは自分の腰にあてた護身用の刀を腰に手をかけて牽制する。


「諮ったのはどっちだよ。なんで嘘をついた? なんで呼び出しを無視して逃亡しようとした? 全てはその女だろう?」


「か、彼女は違う!」


「怪しいよな、ずっとフードを被っていいてさ。なんか訳ありだろ」


「彼女に触るな!」


 ナカヤマはカトリーヌの前に立ちはだかる。


「じゃあ、何故隠した? そして頑なに人目を避ける?」


「か、彼女は、その……」


「もぉ、いいょぉ、バーラぁ」


 カトリーヌが初めて口を開いた。舌足らずの甘えたような声だ。


「あたしがいけないのぉ、これを隠したいと言ったからぁ……でもぉ、バーラにこれ以上迷惑をかけられない」


 そう言うと、カトリーヌはフードを少し上げて顔を晒した。そこには大きな傷痕があった。


「子供の頃ぉ、薪割りを眺めていたら跳ねた薪が当たったの……。それから苛められるようになったの。でも、バーラはぁ、そんなカトリーヌのことを好きになってくれてぇ……」


 最後の方は涙声になっている。それを見て、ナカヤマはマコト達を責め立てるように声を荒げた。


「どうしてくれるんだ? 彼女を傷つけて!

 どこへ行ってもこの傷痕のせいで好奇の目に晒される。だから、この街にもいられないと思って出ようとしたんだ!」


 しかし、マコト達は動じない。


「それと召管の呼び出し無視と何の関係がある?」


「か、彼女も連れてこいと言っただろ! また傷痕を晒す羽目になるのは避けたかったんだ!」


「不法滞在覚悟で? 無理がある設定だねえ。チヒロ、あれを出せ」


 チヒロがカトリーヌにつかつかと歩み寄る。手には布を持っている。


「傷痕にいい薬があるのですよ。この油を染み込ませた布でこすればねっ!」


 そういうとチヒロは素早くカトリーヌの傷痕を布で擦った。

 すると、傷痕はもちろん、肌の色まで落ち、地肌が見えた。その色は浅黒く人間の肌の色ではなかった。


「きゃっ……?!」


「やはりね。傷跡はフェイク。本当はその肌を隠すためだったと。劇団から盗んだ化粧品なら肌の色は簡単にごまかせるものね。フードも本当は角を隠すためでしょっ!」


 チヒロが勢いよくカトリーヌのフードをひっぺがす。露わになったカトリーヌの頭には耳の上の辺りに丸い跡があった。人間ではありえない、角を切り落とした跡だ。


「ジェレノーさんから全て聞いた。魔王カトリーヌを倒すためにあんたを召喚したと。女の魅力で男を惑わし、秩序を乱す存在だという魔王だということもな」


 魔王と正体がわかった途端、門番の二人は悲鳴を上げた。


「ま、魔王だと?!」


「しかも、倒すはずの勇者がグル?! やべえ、一旦援軍を呼ぶぞ!」


 言い終わるか言い終わらないうちにあっという間に二人は走り出した。いや、おそらくは逃亡したのだろう。まあ、魔王が目の前にいるというなら無理もない。こちらも万一の備えはしているが、リスクは計り知れない。


「本来なら倒さなくてはならない魔王カトリーヌと手に手を取って逃避行しようとしている。何故だ?」


「う……」


 偽装がバレてしまったナカヤマは黙り込む。


「もう、よしてぇ、カトリーヌが悪いのぉ」


 弱々しくカトリーヌが泣き出した。魔王という割にはなんだかイメージが違う。


「カトリーヌ、寂しかったのぉ。ずっと、ま、魔王と言われて恐れられて、ぐずっ」


「カトリーヌ、無理するな」


 ナカヤマがそっとカトリーヌの肩を抱く。


「そんな時、バーラが相談に乗ってくれたのぉ。何回も話を聞いてくれてぇ。

 そしたら、バーラが『一緒に逃げよう』ってぇ。カトリーヌ、とても嬉しかったの。でも、お肌とかでバレちゃうって言ったら、バーラが任せろって言って、お化粧道具を持ってきてくれたのぉ」


 メソメソとカトリーヌが白状する。確かに男性によっては守りたくなるのかもしれない。

 しかし、女性であるチヒロとエマは冷ややかに二人を見ていた。


「典型的な相談女という奴ね」


「勇者なのに引っかかるなんて情けないですわね」


「女に免疫無かったのじゃない? 多分、まだ童貞よ、キモッ」


……女は同性とそれに引っかかる男には手厳しいようだ。





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