第15話 謎は全て解けた
「お疲れ様でした。なかなかの演技でしたね」
支部の事務室に戻り、笑いながらエマがお茶を出して労ってきた。
「さすがに性別まで変わるのはショックだぜ……」
「マコト、関西弁うまかったわね、大阪出身なの? 」
「いや、入管の新人研修の時、大阪出身の同期がいたんだ。関西弁を崩さない奴だったから自然と覚えてしまった」
「へえ」
「いろいろ博学だし、面白い奴だったし、別々に配属されてもよく遊んだな」
「だった?」
チヒロが過去形なことに気づいて問い返したが、マコトは気づかなかったのか、疑問点をエマに告げた。
「それよりも、エマさん、ナカヤマには食い違いが出てきましたね」
「はい、面談では隠していた女性の存在と、パーティーメンバーを置き去りにして旅をしている疑惑ですね」
「メンバーがパッシオンにいるというのも嘘かもな、伝書鳩の返事は無いのか?」
「うーん、鳩は帰ってきたのですが、手紙の筒は空だったのです。読まれているけど、本人達なのかどうか……もし、本人達ならば、真っ直ぐ向かってくれれば明日の午後にでも到着するはずです」
通信が未発達なのも考えものだ。電話が無いのがもどかしい。
「あ、召喚師のジェレノーさんから返事は来ました。明日の舞台を観るために、ちょうどドラゴン便でアルモニからシャンソニアへ来るそうです。上演前ならば協力できるとのことでした」
「舞台? ドラゴン便?」
また新しいキーワードが入ってきた。異世界なのだから演劇の一つくらいはあるのだろうが、ドラゴン便とは不思議な言葉だ。
「ええ、シャンソニアは芸術活動が盛んな街ですので、演劇やコンサートが頻繁に行われます。明日は劇団ラヴィソント・レーヴによる“カルム侯爵夫人の優雅な休日”という舞台の初日なのです。
ドラゴン便は馬よりも早い移動手段です。料金は馬車よりも高いですが、急いでいる方は利用しますね」
「へえ……ドラゴンに乗るのかな」
「あ、明日はその舞台でしたね! 私、観に行くのです!」
後ろで仕事をしていた職員のユーリが弾んだ声で割り込んできた。
「君、演劇が好きなの?」
「はい! その劇団ラヴィレヴ……あ、略称ですけど、エルフが沢山いて、カッコいい人も多いので! ヴィクトル様というのが私の一番の推しです! 演劇好きだからシャンソニア支部へ志願したくらいですっ!」
ユーリはいきいきと語りだす。どの世界にも沼にハマっている者はいるようだ。
「でも、一時は上演が危なかったのですよ。数日前に小道具がゴッソリ盗まれたのですが、ファンが寄付をしたり、協力して作り直したおかげで、予定通り明日が初日なのです。私も少しばかり寄付をしました!」
「へえ、災難だったのね、その劇団。何が盗まれたの?」
チヒロが興味津々でユーリに尋ねる。
「確か、衣装と化粧道具とか。衣装はファンの有志が名乗りをあげて、突貫で作り直したみたいですよ。すごいですよね! 推しが見たいが故の熱情!」
「そいつはすごいな。それにしても、化粧道具……チヒロ、やはりこの世界にもメイクってあるの?」
「うーん、口紅とかスキンケアはあるけど、ファンデーションは無いわね。白粉は上級階級だけだけど、お肌に悪そうだから私も保湿くらいしかしないの。でも、演劇には老人や子供だけではなく、時にはドワーフやオーガも演じないとならないから。ドーランみたいなのはあるかな」
「ふうん、メイクはあるのか……」
「なんか、引っかかるの?」
「ああ、ちょっとな。明日、ジェレノーさんから聴取をしたら、ナカヤマに会いに行くか」
「あら、ナカヤマさんの呼び出しなら私どもが手続きを……」
「エマさん、多分、それではダメだ。アポ無しの突撃でないと現場は押さえられないだろう」
「何かわかったのですか?」
「確証は無い。しかし、ナカヤマは恐らくクロだ。場合によっては即時強制送還になる。エマさん、この支部に異世界転移の術を使える人は誰ですか?」
「支部長である私だけです。強制送還用の召喚石も私が厳重に管理しています」
「わかりました。その召喚石の準備と、使用許可の緊急の決裁を回してください。間に合わなかった時の上申書も念のため、明日までにお願いします。
チヒロ、念のため聞くが、お前は確かブルーノから召喚魔法はまだ禁止されていたな?」
マコトが話を振るとチヒロは気まずそうに頷いた。
「う……マコト達の件からしばらく召喚禁止令が出されてるの」
「ならば、補助魔法でのサポートを頼む。沈黙魔法もあるし、捕縛ツタはここにもあるな? 万一の強制送還にはエマさんにやってもらおう」
「マコト、何かわかったの?」
いつになく険しい顔でマコトは答えた。
「まだ確証は無い。だが、誰がやったかわからないが、『女たらしで勇者にふさわしくない』というタレコミは恐らく真実だ。勇者にはあり得ないことをしている恐れがある」
「女たらしで強制送還モノなの?」
「それはどういうことなのでしょうか?」
「うーん……。明日、協力者達からの聴取内容次第です。もしかしたら、アレクが懸念したように、俺が盾になるかもしれない」
「マコト……」
作戦を考え始めたマコトに対して、チヒロが口を開いた。
「悪いけど、その格好に声だと緊迫感ゼロよ」
そう、まだ変身術を解いていないので、マコトはまだ大阪のおばちゃんの姿と声のままであった。
「……お前が解いてくれないからだろ」
「面白いから解くのもったいなかったんだもの。まさか、こんなシリアスな話になると思わなかったし」
それは表向きの理由で、本当はエマに手を出さないようにするための牽制に違いないとマコトは言いたかったが、本人の手前、黙らざるを得なかった。
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