第14話 まさか、性別まで変わるとは

「いらっしゃい、ツツジ亭へようこそ。お泊りですか? お食事ですか?」


「いえ、どっちでもないの。このおばさんが、聞きたいことがあるって言うから案内してきました」


 チヒロとエマがにこやかに一人の人物を指す。髪はチリチリパーマ、小柄な体にでっぷりとした肉付き、服はご丁寧にもヒョウ柄だ。二人は笑いを噛み殺しながらそばに立ってコソコソと話す。


(見事な変身術です、チヒロさん。あれは噂に聞く異世界の人“オ・オサカのオバちゃん”ですか? 堂々として、値切り上手だから商人が召喚することがあると聞きましたが、確かにすごい迫力ですね)


(ええ、マコトの国に行った時に見かけた人をイメージしたのだけど、思いのほか再現できたわ)


 ……そう、どこからどう見ても、マコトは大阪のおばちゃんそのものに変身していた。


「ちょっと聞ぃたねやけど、ここに勇者が泊っとるんやって? あたしゃ、ええ男、勇者には目が無くて追っかけしとんのよ。どんな男なんだい?」


「ああ、ナカヤマさんね。まあ、勇者は宿代支払いは免除なんだけど、それでは申し訳ないと言っていくらかお金を支払ってくれるし、律儀な人だね」


「まあ、真面目な人だねえ! ますます追っかけしたくなったんで! サインもらわなきゃ! その人、どこぞ出かけとる? それとも部屋に戻ってへん?」


(マコトさん、迫真の演技ですね)

(まあ、腹をくくったのでしょうね)


 なんで、調査のためとはいえ、大阪のおばちゃんにされてしまったのだろう。チヒロは本当に日本になじみがないのだろうか、と疑わしくなってくる。しかし、あの時のナカヤマは絶対に何かを隠していた。その違和感を探らないとならない。そのためには例え、性別を変えられても……やはり嫌だとマコトは考え直した。とにかく今は少しでも情報を引き出すことに専念しよう。



「うーん、まあ、でもおばさん、残念だねえ。ナカヤマさんは彼女と一緒に出かけているよ。堅物そうに見えてやはり勇者だね、女にはモテるから。夕飯の時も見ているこっちが恥ずかしいくらいアツアツだよ。他の女が勇者をナンパしようとしたら、彼女がいるからと断ってたし」


「ありゃ、ちょっと残念やねん。彼女ってパーティーのメンバーでっか?」


「うーん、一緒に旅してきたとは言っているけど、パーティーのメンバーとは雰囲気が違うなあ。剣士でも魔法使いでもなさそうだし」


 宿の主人が重要な情報を出してきた。勇者の在留更新中は滞在先はもちろん、同行しているメンバーも申告せねばならない。例えそれが一般人でもだ。確か、ナカヤマは一人でこの街に来たと言っていた。食い違いが出たのならそれを調査せねばならない。


「彼女さんかあ、べっぴんなんだろうねえ。うーん、おばちゃんもあと三十年若けりゃ……って、何を言わせるんだい! で、どんな子やった?」


「ああ、フードを被ってたけど、色白だったねえ」


「へえ、やっぱべっぴんは得やなあ!」


「でもねえ、ずっとフードを被っているから何か顔に傷跡でもあるのかもしれないね」


「ふーん、まさか、お尋ね者を匿ってるとちゃうよね? 勇者はんに限って、そんなんせえへんと思うけど、お尋ね者を衛兵に引き渡すとかじゃないの?」


「うーん、あのイチャイチャぶりはそんな雰囲気ではないね。まあ、訳ありの彼女連れだとしても、あの人は本当に真面目だよ。今も召管の更新手続きで留まっているけど、認可が終わればすぐに出発すると言ってたよ。やはり、早く魔王を倒しに行きたいのだろうね」


 二つ目の食い違いが出てきた。ナカヤマは面談ではパーティーメンバーと早く合流すると言っていた。しかし、ここではメンバーのことには触れていない。


「へえ、女の子と二人で魔王討伐かい? 仲間がいなくても倒せる自信があるんやねえ」


 マコト扮するおばちゃんの物言いに主人も首を傾げる。


「そういえばそうだな。もしかしたら、あの女性はどこかのお嬢様で、実は駆け落ち中なのかもしれないな」


「まあ、駆け落ち! ドラマチックやねえ!

 どこのお嬢さんよ! ええわあ、身分の高いお嬢様で、父親が例え勇者でも結婚を許さなかったから、意を決して愛の逃避行! ええわー」


 マコトの迫力に宿屋のおじさんもたじたじとなっている。しかし、これ以上は情報を引き出せ無いだろうと判断したマコトは引き上げることにした。


「あらやだ、おっちゃんにお嬢様のことを聞いてもわからへんやろうね。あー、でも勇者ナカヤマさんのサインは欲しいからまた来るわ! おおきに」


(ううう、こんな姿と喋りをエマさんに見られているって、なんて罰ゲームだ)


 晴れやかなオバチャンの笑顔を作りながら、マコトは心の中では泣いていた。






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