第11話 出張前夜、又の名を巨乳派か貧乳派かという不毛な議論
「ばあちゃん、滅多に会えないとか言ってたけど明日、エルフに会えるよ!」
仕事を終え、教会内のカフェ『ジェラニオム』。マコトは夕飯にありつくべく、カウンターにてタマキに報告をしていた。
アレクが自分の屋敷へ住んで欲しいと申し出てくれたのだが、身の丈に合わないということや、タマキがカフェの仕事をする関係で結局教会の宿泊室に滞在することになった。その流れで食事はこのカフェで取ることが習慣となりつつある。
「あらまあ、でも夢を壊すようだけど、エルフって貧乳よ? 」
ポットにお湯を注ぎながら、タマキはクールに孫にツッコミを入れる。そういえば、さっき見せられたホログラフィーも胸はそんなに大きくなかったとマコトは思い出した。
「そ、そんなことここで言わなくていいだろっ!」
「だってねえ、あのタブレットの中のエルフは皆巨乳だから、そう思い込んでいたら、現実見てがっかりするわよ」
そう言いながら、タマキはポットからお湯をカップに注ぐ。するとお湯ではなく、緑色の液体が出てきた。タマキのスキルで彼女が入れるお茶は全て緑茶となる。
「はい、チヒロさん、緑茶で良ければどうぞ」
「ありがとうございます。って、マコトは巨乳が趣味なんですか? タマキ様」
「ええ、元の世界にいる時も、おっぱいが大きい女の子が出るゲームや漫画ばかり……」
「わー! ストップ、ストップ! ばあちゃん、黙ってて!」
マコトは慌てて遮るが、時すでに遅く、チヒロがタブレットの画面を見てしかめっ面をしていた。
「うっわっ、ホントだ。うわあ、頭より大きいバストってあり得なーい」
「チヒロっ! 勝手に人のタブレット覗くなっ! って、何でここにタブレットがあるんだよっ!」
「あら、マコト、悪いわね。中に入ってた小説を読ませてもらおうと借りてたの。沢山入ってたから、池波正太郎でもないかと思ってねえ」
タマキがしれっと答えるが、マコトはパスワードを設定していなかったことを激しく後悔していた。あんなものや、あんなものや、あんなものが入っているのを見られてしまったのは確実だ。
そして、隣に座っている年下の先輩からは、だんだんと軽蔑の眼差しが刺さってくるのを感じ始めたことから、これからの仕事がしづらくなるのが予想できて頭が痛くなってきた。
「そんな、バッテリーだって少ない……」
「ソーラーチャージャーも持ってきたでしょ。昼間はちゃんと日光に当てて充電してるわよ」
「ははは、男子はちょっとくらいエロが好きでもいいじゃないですか、はい。お待ちどうさま、今日は卵を使ったカルボナーラ風のパスタとチキンサラダ、ジャガイモスープじゃ。ワイバーンの卵を使っているから、生クリームが無くても味は濃厚ですぞ」
フィルじいさんが笑いながら、ほかほかと湯気を立てたスープ、パスタの皿とチキンサラダをマコトの前においた。ワイバーンの卵なんて初めてだが、鮮やかな黄金色のソースから確かにうまそうな匂いがする。
「良かった、理解者がここにいた」
ほっとしながらサラダを頬張った。教会の敷地を利用した自家栽培の野菜を使っているということで、取れたてのしゃきしゃき加減が心地よい。まさか中世でこんなに美味しいものが食べられるとは思わなかった。これも祖母のおかげだと感謝しようかと思った。
……しかし、その祖母にたった今、性癖をばらされた訳でもあるが。
「おじいちゃんも、まさか巨乳が……」
「うーん、わしは胸よりも尻が……って何を言わせるんじゃ」
「はあ、そう言いながらも、死んだおばあちゃんは若い時の写真を見ると巨乳だったっけねえ。あたし、そっちの血をひきたかったわ」
「と、ところでエルフの認識は、ファンタジー小説や映画の通りなんですかっ!? 人間に対しては敵対してるとか無いですよねっ?
大丈夫なんですかっ!?」
だんだん不毛な空気になってきたので、マコトは慌てて、別の質問に切り替える。
「ああ、わしが知っている限りではエルフは友好的だぞ。シャンソニアは芸術の街だからエルフの劇団があるし、その関係で沢山定住しているし、人間と結婚しているエルフもいるな」
「おお! 異類婚ってまさにファンタジー!
いいなあ、いつまでも若いエルフが奥さんって!」
「ちょっと、マコト、口の中に食べ物入った状態で喋んないでよ、汚いなあ」
チヒロが慌てて自分の皿を避難させる。
「まあ、国際結婚みたいに難しい部分もいろいろあるようじゃがな」
「そうでしょうね」
フィルの言葉に祖母までも同調するので、マコトは冷や水を浴びせられたような気分となった。
「なんで? 愛さえあれば大丈夫なんじゃ?」
「寿命が大きく違うでしょ。覚悟していても人間が早く死ぬもの。エルフはその覚悟をいつも胸に抱えるのよ。もし、貞節を守る真面目な人だったら、その後の百年単位を独りにさせてしまうのよ。自分だったら、相手にそんな悲しいものを抱えて欲しくないわ」
「ばあちゃん、ごめん……」
マコトは気まずくなった。そうだ、祖母は結婚して数年で祖父を病気で亡くしている。その後は女手一つで父を育ててきた。その間の苦労や寂しさは計り知れないものだったに違いない。
「まあ、お祖父さんとはあれが運命だったのよ。息子は立派に育ったし、孫は……うーん、立派……なのかしらねぇ?」
「ちょ、ちょっと、そこは孫も立派と言ってよ!」
「まあ、あんたは見た目に惑わされやすいから、彼女選びは慎重になさいね。そのエルフさんに手を出すのじゃないわよ。チヒロさん、ちゃんと見張っていてくださいね」
「任せてください! タマキ様! あ、お茶のお代わりいいですか?」
「まあ、チヒロちゃん、いい飲みっぷりねえ。今日のデザートはざらめ煎餅でいいかしら? それとも白砂糖煎餅?」
「ちょっと! そこ! 何、女同士で結託しているのさ!」
なんか、自分はダメ人間扱いされているらしい。何としても明日からの出張で挽回せねばなるまいとマコトは固く誓うのであった。
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