第二章 勇者ナカヤマの在留更新

第10話 エルフとお仕事?!

「はあ~あ、変な勇者ばかりで嫌んなるぜ」


 マコトは事務室で大きく伸びをした。


「昨日のタナカといい、先週のワタナベといい、なんか拗らせた奴が続いたな」


「悪貨は良貨を駆逐する、ですよ」


 チヒロが報告書を書きながら相づちを打つ。


「お前、よく日本のことわざ知ってるな」


「何を言ってるの。ことわざじゃなくて経済学の言葉よ、イギリスのグレシャムの法則で……」


「ストップ、ストップ。こんなところまでお勉強は勘弁だ。たたでさえ、文字の勉強で頭がいっぱいなのに」


「ならば、おしゃべりせずにアレク様からの課題の文字の書き取りをこなすのですね」


「異世界の文字なんて記号だよ。アルファベットとも違うし、よくわからん」


 マコトの手元にはペンと紙。規則正しく文字を書き取っているらしく、同じ形の文字が並んでいる。


「私からすれば、何種類も文字がある日本語ができている時点で驚異的だけどね」


「お前、日本人とのハーフだろ?」


「ドイツ生まれにドイツ育ちだからね。たまに母方の祖父母の家に行ってたくらいだから、日本語なんて読めないわよ」


「二人とも、私語はそこまでにしろ」


 アレクが事務室に入ってきたので、ブルーノが嗜め、慌てて二人は姿勢を正した。


「す、すみませんブルーノ様」


「まあ、変な勇者が続いたから腐るのもわからないでもない」



 アレクは入ってくるなり、まっすぐマコトの元へと近づいてきた。


「マコトは……いるな。次の仕事は在留審査だ」


 そういうとアレクはマコトの前に書類を置いた。相変わらず文字は読めないが、似顔絵が書いてあることから勇者の書類なのだろう。


「在留審査?」


 マコトが反芻するとアレクが答えた。


「ああ、出頭してきた勇者は大抵は残留を希望している。そこで、この国に利益を出す者や、正当な理由がある者なら在留許可を与えることになっている」


「ふうん」


 書類の中の勇者は確かに今までの拗らせニートとは違って精悍な顔つきだ。少なくともきちんと魔王討伐を果たしたかのように見える。


「見た目だと問題無さそうだな」


「ああ。だが、疑問点がある。魔王が頻発したため、それを討伐させるためにかつて召喚が乱発したと前に話したな」


「だから、この世界には勇者と魔王が自称含めて腐るほどいると言ってたな」


「ああ、その通りだ。この勇者『バラキ・ナカヤマ』も魔王討伐が長引いているため在留期間の更新を申し出ている」


「名前以外にもおかしいのか?」


「魔王こと魔族達はこの国の東の森に住んでいる。だが、この勇者の魔王討伐予定地が北東のシャンソニアとなっている。まずここが不自然だ」


「それは魔王がそこへ逃げたから、とかじゃないのか?」


 あとで地図を見せてもらおうと思いつつ、マコトは話を聞く。


「お前はまだ見たことないと思うが、魔族は肌の色が違う。薄紫とでもいうか、暗い色なのだ。さらに魔王ともくれば頭に角がある。シャンソニアはもちろん我が領土だから、人間と亜人のみだ。そんな所に魔王が来たらまず目立つだろう。しかし、シャンソニア支部の者からはそのような者は見たことがないとの報告だ」


「なるほどな」


「それにこれはまだ内密なのだが、水面下で魔族との休戦協定を結ぶべく進行している。魔王クラスならばそれを知らないはずはないから、勇者とわざわざ戦うというのはおかしい」


「ふむふむ。しかし、休戦協定を知らない勇者が追いかけているから、応戦せざるを得ないのではないのか?」


「そうかもしれない。そこで、お前、シャンソニアへ行って勇者ナカヤマを調べてくれ」


 マコトは盛大に椅子からずり落ちてずっこけた。


「ちょ、ちょっと待て! さっきシャンソニア支部とか言ってただろ? なんでそいつらに仕事させないのだよ?!」


「ブルーノの報告からすると、お前は衛兵達や我々魔導士が手こずる勇者の確保がスムーズだと言うじゃないか。万一、ナカヤマが厄介な勇者でチート発揮されると支部の人間が殉職しかねないし、異種族が亡くなると人間と軋轢が生じてしまう」


「って、また俺は鉄砲玉扱いかよ」


「まあ、まだお前は書類仕事ができないから現場へ行ってもらうしかない。それにこの世界のいろいろなものに触れて学ぶのも良い」


「俺の人権ってものがだな」


 マコトはぶつぶつと文句を言うそばで、ブルーノが書類に向かって何か呪文を詠唱している。唱え終わると書類からホログラフィーが浮かび上がってきた。

 見たところ、二十歳前後のエルフである。長い耳に金色の髪、すらりとした体型に美人でもある。


「シャンソニア支部長のエマだ。この町はエルフと共存している街で、職員にも積極的に採用している。亜人を見るのもいい機会だし、案内は彼女に……」


「是非行かせてください」


 瞬間、マコトはシャキッと姿勢を正してお辞儀をした。その顔にはにやつきが隠せないでいる。


「現金な奴ねえ」


 変わり身の早さにチヒロは冷ややかな目を向け、書類仕事に戻ろうとした時、アレクから信じられない言葉がかけられた。


「チヒロ、お前もシャンソニアへ同行していけ」


「はあ? 現地の職員に案内させるのではないですか?!」


「そのエマは優秀な魔術の使い手でもある。新しい魔法を学び、技術向上を計るのもいいだろう。昨日はうまくいったようだが、こないだの勇者サトウの時の沈黙魔法はどうだ。効きすぎて三日間は喋れなくて取り調べに手こずった。少しは加減を学んでこい」


「……はい」


 こうしてマコト達は北東の街シャンソニアへ向かうことになった。

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