第9話 初仕事を終え……
「ふむ、勇者ジャスティンを捕らえたようだな。よくやった」
管理局の事務室。局長席に座っているアレクが戻ってきたマコト達を労う。
「アイツ、どうなるんだ?」
「まあ、いきなり職員を襲ったこともあるから、すぐにでも強制送還だ。要急で決裁して明日にでも儀式を行う」
「ふうん。あんなのがこの世界にゴロゴロしているのか?」
「ああ、魔王を倒したのに帰還拒否している勇者は結構な数だ。中には今回みたく何もしていない勇者も多い。召喚管理法施行に伴って出頭を求めたが、拒否している者は大抵はそういう不法残留勇者だ」
「なんか、不法残留勇者って、パワーワードだな」
マコトはやれやれとため息をついたその時、ドアがノックされた。
「どうぞ」
チヒロが答えてドアを開けると、お茶と煎餅を持ったタマキが入ってきて配膳を始めた。
「マコト、初仕事を終えたんだって? まあ、お祝いというほどでは無いけど、皆さんへ差し入れを持ってきたわ。私のスキルで取り寄せたの」
「あ、ありがとう。ばあちゃん」
「おお! あのタマキ殿のリョ・クチャにセンベ・イか。 書物で読んだことはあるが食べられるとは光栄だ」
アレクが嬉しそうに礼を言う。この世界でも名前は緑茶と煎餅で通っているらしい。発音がおかしいのは異世界のためか、正確な発音まで伝わってなかったためかもしれない。
「タマキ殿のスキルの一つですな。ふむ、リョ・クチャというのは紅茶とはまた違う清々しい香りですな」
ブルーノが感心したように緑茶の匂いを嗅ぐ。
「ええ、久しぶりだから出せるのかと思ったのですが、無事に出せました。確か、この国は海苔が苦手な方が多かったから、シンプルな醤油煎餅にしました」
「懐かしい! 母方のおばあちゃんの家で食べた味だ!」
チヒロは無邪気にパリパリと煎餅をかじっている。
「はあ……」
マコトも煎餅をかじっていく。醤油の香ばしさ、米の味。ここに来てから二日目なのに、なんだかとても久しぶりな気がする。
「ねえ、タマキ様。こんなスキルがあるのなら、下のカフェでおじいちゃんと一緒に働いてみない?」
チヒロが緑茶を飲みながら提案をしてきた。
「カフェ……でございますか?」
「うちのおじいちゃんもコーヒーとバームクーヘンが取り寄せできるから、それを売りにしているの。タマキ様の緑茶と煎餅も加わればお客も増えるし、教会の収入アップになるわ」
「チヒロ、勝手なことを言うな。タマキ殿を働かせるなど……」
アレクがたしなめる。そうだ、ここで働くなんて気になったらますます元の世界へ帰還が遠退く。祖母には早く異世界見物を済ませ、旧友に会ってもらって、さっさとこの世界での用事を済ませてほしい。
しかし、そんなマコトの願いはゼロカンマ一秒で粉砕された。
「まあ、楽しそうですわね。この世界の滞在中、どうやって暇潰ししようか案じてましたのよ。それにこの街にいる方とも交流もできるわけですし、いいお話ですわ」
予想していた通りだ。好奇心とバイタリティーが高い祖母が食いつかない訳がない。
「し、しかし、タマキ殿を働かせるとは」
ブルーノとアレクが戸惑ったように難色を示す。いいぞ、そのまま加勢してくれとマコトは願う。
「私はいいですよ。何から何まで世話になる訳には行きませんから、幸いこちらに来てから体が軽いし、神経痛も無いのです。これなら働けますわ」
「多分、それ、異世界転移の副産物の若返りよ。うちのおじいちゃんもこっち来てから眼鏡が要らなくなったの。じゃ、カフェで働くの決まりだね!」
「チヒロ! そんな勝手に……!」
「アレク様、ここのところカフェが赤字だと悩んでましたよね? 新しいメニューが増えて、カリスマの再来なんていいアピールじゃないですか。教会の収入源確保にいいのではないですか?」
「うぐ……」
あのアレクが負けている。少なくともチヒロの方に理がありそうだ。
そして、当分は祖母がこの世界に留まるということであり、自分もまだまだ働くということだ。
それは自分が当分は帰れないことを示していた。
「あれ、どうしたの? マコト?」
「なんでもねえよ」
緑茶がなんとなくしょっぱいのは気のせいかもしれない。
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