第8話 いざ! 勇者とのご対面

「コンコン」


 マコトはノックをするが、反応は無い。まあ、これは元の世界の入管の不法滞在の調査でもよくあることだった。大抵は不法滞在者は観念して開けてくれるものだが、いざとなると籠城を決め込むため、道具で鍵を壊すこともある。


「なあ、俺の世界ではドアを開けてくれない時は道具を使って壊したり、窓からよじ登って侵入したが、こっちにもなんか道具はあるのか?」


「心配はない。チヒロの魔法なら大抵の鍵は解錠できる」


「そ! 私も異世界人だからね。本来は宝箱を開けるものだけど、応用すればドアも開けられるの」


 チヒロは魔石が先端にはめ込まれた杖を得意げに掲げてにっこりする。ファンタジー小説に出てくる杖よりはやや長めだ。いつの間に持っていたのだろう。魔法で小さく折りたたんでいたのかもしれないが、今は聞くところではない。


「もちろん、悪用は禁止だから私の立ち合いでしか使わせないけどな」


「あ、ああ。呼びかけを再開するぞ」


 もし、自分にその魔法があれば女子更衣室が開けられるのではないかとの考えが一瞬よぎったが、そもそも自分はスキル無しと判定されている。

 それに使えたとしても、社会的にも物理的にも死にそうなので、目の前の仕事に集中することにした。


「ジャスティンさーん! いませんか?」


「……」


「ジャスティンさん! 居るのはわかっています! 返事してください!」


 繰り返し呼び掛けるが、やはり反応はない。こうなったら、中二病のやつにダメージが来る呼び方に切り替えるしかないと考えを改め、息を吸って大きな声で呼び掛けた。


「ジャスティンことヤマダタロウさーん、山田さーん。日本で一番多い“平凡”な苗字のヤ・マ・ダ・さーん!」


「うるっせえ!! その名前で呼ぶんじゃねええ!」


 ドアの中から怒号と爆発音がしたのは同時であった。ドアは木っ端みじんになり、マコトはドアの破片の衝撃と共にを軽い刺激を感じたが、大したものではなさそうだ。

 恐る恐る手で頭を触るが、黒焦げの匂いもしない、髪の毛も無事なことからアフロヘアにはならなかったようだ。ドアの中には、書類と同じ姿恰好の少年が片手を突き出して息を切らしていた。


「俺にはジャスティンという名前だ。またの名を邪悪なる……」


「ああ、すまん、すまん。山田は日本一多い苗字じゃなかった。あれは鈴木さんだった」


「謝るところはそこじゃねえええ!」


 興奮している勇者を無視してマコトは口上を述べる。


「俺達は召喚管理局の者だ。えーと、ジャスティンこと本名山田太郎。お前は再三の呼び出しを無視しているため、召喚管理法違反の疑いで連……」


「だから山田なんて、だっせえ名前で呼ぶんじゃねえよ! 出でよ、雷神ラムウの名におき我の敵に制裁を! サンダー!」


 マコトが言い終わらないうちにジャスティンことヤマダは再び雷撃を発動させてぶつけてきた。しかし、軽い音がしたのみでマコトはケロッとしている。


「さっきからパッチンパッチンと低周波みたいな攻撃をしかけてくるなんて、地味な嫌がらせだな。どうせなら肩にしてくれれば肩凝りが治るんだけどな」


「な……!? 低周波だと!? 俺の雷撃は当たると黒焦げになるはずだぞ!?」


 山田は明らかに動揺しているようだが、お構いなしにマコトは反論する。


「さあ? そういえば宿屋の主人が言ってた髪の毛アフロ野郎の話からして、お前、腕がなまってるんじゃね? 本当はそいつも黒焦げにするつもりだったのだろ? 筋肉だって使わないと落ちるから、魔法も使わなきゃ落ちるだろ?」


 雷撃のダメージがほとんど無いことや、目の前の“勇者”がどう見ても中二病こじらせた少年なのもあって、緊張が解けたマコトは容赦なくこきおろす。


「う、嘘だああ! 俺は勇者だぞ! チートで無敵で、魔力が桁外れで……!!」


「その割には魔王討伐どころか、引きこもってるようだな。魔王と戦う前に現実と戦え」


 そんな二人のやり取りをブルーノ達が外からそっと覗いてタイミングをうかがっている。


「ふむ、勇者ヤマダは何らかの理由で魔力が落ちている。そのため危険度は低い、と。よし、チヒロ、我らも突入するぞ」


「はい! マコトはいい盾になってくれましたね!」


「声が大きい」


「はい、すみません。では、改めて。動かないで! 召喚管理局です!」


「仲間がいたのかぁ! 雷撃!」


 動揺して興奮状態のヤマダはチヒロ達の方へ攻撃を仕掛ける。とっさにブルーノが防御魔法を唱えて直撃は逸れたが、床に穴が空き、焦げ臭い匂いが漂ってきた。


「先ほどの攻撃からして魔力は落ちていると見込んだのだが、違っていたか」


「危なかったですね、ブルーノ様。もしかしたら、勇者の魔力にムラがあるのかもしれないですね」


「ほ、ほら見ろ! 俺のチートは使えるぞ!」


 マコトはだんだんめんどくさくなってきて、ブルーノに尋ねた。


「ブルーノ、もう任意同行なんて生ぬるいものじゃなく、こいつを公務執行妨害だか何かで連行するでいいよな? 手錠はあるか?」


「え、あ、ああ、この捕縛ツタを使え。魔力がこもったツタだから、投げれば対象を縛る」


 一見、ただのツタを束ねたようなものを受けとる。先が少しうねうねと動くから、これに魔力が籠っているのはわかる。


「あいよ、投げればいいんだな」


「チートが復活したなら、お前も黒焦げだ! 出でよ、雷神ラムウ……!」


 再び山田が雷撃を仕掛けるが、マコトの髪の毛が一瞬逆立っただけで何も起こらない。ズカズカと近づき、腕を取ってツタの先を振ると手錠のように絡み付いた。


「だからぁ、静電気か低周波だろ? それ。ほら、公務執行妨害だから大人しく来い。異世界来てまで中二病こじらせて引きこもりなんて情けねーぞ」


「な、何故だぁ! なぜ、貴様には雷撃が効かない!? ま、まさか我の力と対を為す者なのか?! それに我の腕力より強いとは何者だ!」


「ごちゃごちゃうっせえ! 俺はただの公務員だ! 普段から不法滞在のガサ入れをしてりゃ腕力つくさ。ほら、ブルーノ、確保したから行こうぜ」


「あ、ああ」


 ブルーノが不思議そうな顔をしていることには怪訝に思ったが、マコトは初仕事が滞りなく終えたことにほっとしたのであった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る