第7話 勇者の調査、または盾にさせられる

 三人はある建物の前に立っていた。


「ええと、この宿屋に滞在しているのか?」


 マコトが尋ねるとブルーノが書類を読み上げながら答える。


「ああ、召喚された時からずっとここにいるらしい」


「宿の人間はどう思っているのだろう?」


「ああ、この世界は勇者と名乗ると何故か宿代が免除される仕組みになっている。おかげで偽物が現れたり、今回みたいな勇者崩れがいたりで、経営を圧迫しているところも多い」


「嘘だろ……ゲームの世界の勇者だって、金を払ってるぜ」


「異世界人を喚びすぎたのですよ。そりゃ、最初は希少価値もあっていろいろ優遇したのでしょうけど、今や増えすぎてお荷物ですからね。私の世界にも亡命者ですけど似た話がありましたね」


 チヒロが事も無げに言ってのける。そう言えば、彼女も異世界人だけど“勇者”で喚ばれたようには見えないし、祖母のように何かの技術指導で喚ばれたにしては、魔導師見習いという立場と矛盾する。一体彼女は何で喚ばれたのだろう。


「入口の前でごちゃごちゃ話していても他の客の邪魔だ。まずは宿の主人に話を聞こう」


 ブルーノの鶴の一声で、考え事が中断された。そうだ、まずは目の前の勇者崩れを調べないと。


「ごめんください」


 マコトは声をかけながら、この挨拶で正しかったのだろうかと思ったが、主人らしき人が「いらっしゃい」とニコニコしながら近づいてきたのでこれで合っているのだろう。


「召喚管理局の者です。こちらに滞在しているジャスティンさんのことを……」


「ああ! アイツね!」


 口上が終わらないうちに主人が憤り始めた。


「勇者というからタダで泊めてたけど、旅には出ないし、何にもしないし、皿洗いくらいしろと言ったら目を押さえて『くっ!! 闇の勢力が……! ご主人、私を怒らせると封印が外れる』とか訳分かんないこと言って部屋に逃げるわ、単なる無銭宿泊野郎ですよ!

 もう三ヶ月経つから、こちとら商売あがったりだ! 」


 一気に捲し立てるところ、主人は相当不満を溜めていたようだ。


「予想通りの中二病っぷりだ」


「チュウニ?」


宿の主人が不思議そうに尋ねるが、説明するのも面倒臭い。マコトは話を反らした。


「ちなみにその勇者が勇者である証明はあるのですか? その話だけだと、勇者のなりすましが無銭宿泊しているようにも見えますが」


「ああ、チート能力はあるんだよ。こないだ、ここの食堂で夕飯中に荒くれ者とケンカになってな。そうしたらアイツ、手を掲げた瞬間に派手な雷を出して荒くれ者を……」


「く、黒焦げにしたのか?」


 マコトが息を呑んで尋ねると主人は首と手を振りながら軽く否定した。


「いやいや、荒くれ者の髪の毛がチリチリになってな。なんだっけ、異世界の言葉でいう“どりふ”というらしいな。で、回りから笑われてそいつは半泣きになって飛び出して行ったよ」


「ふむ、召喚記録通りだな。打撃より魔力が高めで、属性は雷と」


 マコトがツッコミを入れる前にブルーノが書類と照らし合わせながら納得する。


「俺もあんなになってはたまらんから、強く言えなくて困ってたんだよ。本気出したら殺されるだろうし。

 召喚管理局というからにはアイツを元の世界へ戻すのだろ?

 さっさとしょっぴいてくれよ! 」


「……聞き込みは最初の一人目から充分に評判悪いようだな」


「ああ、いわば就労ビザで来たのに、就職活動もせずに無職なんて強制送還モノだな」


 それから、その宿の他の客にも尋ね回ったが、大抵は短期滞在の客なのでさしたる情報は得られなかった。

 そして、とある部屋の扉の前に三人は赴いた。そう、ジャスティンが滞在している部屋である。


「いよいよ、本人から事情聴取しますかね」


「マコト、これが令状だ。読めないだろうが、元の世界での仕事と同じように管理局からの捜索だと啖呵切ってから突入しろ。あとから私が入る」


 やはり、自分は鉄砲玉扱いなのか。主人の話から雷を受けても死なない程度に手加減してくれるかもしれないが、それでもチリチリ頭になるのは嫌だ。


「い、いや、レディーファーストでチヒロさんから……」


「おあいにくさま。私は髪の毛チリチリなんて嫌よ。女の髪は命なんだから。それから“さん”付けしなくていいから」


 二対一で不利だと感じたマコトは最後のあがきをしてみる。


「え、でも俺が先に入って攻撃受けたら防御魔法も何も無いだろ?」


「安心しろ、蘇生魔法は心得ている。お前はタマキ殿の孫でもあるから、特例としてかけてやる」


「ブルーノ様はこの国で二人しかいない蘇生魔法を扱える人なんですよ! すごいです! 蘇生魔法なんて一生に一度見られるか見られないかの貴重な機会! 是非見たいものですわ!」


 チヒロがさも自分のことのように得意気に言う。って、さりげなくマコトが死ぬのを心待ちにしているかのようだ。

 ……ダメだ、どうやっても頭がアフロになるか、蘇生魔法をかけられる未来しか見えない。そうなったらいっそ頭を剃ってスキンヘッドで過ごすしかない。アフロよりはましだろうし、男だから一、二ヶ月我慢すればましになる。


「せめて、ゴム合羽でも身に付ければ良かったなあ」


「ゴム? そんなモノはないぞ。それにガッパとはなんだ?」


「マコト、この国にはゴムなんてほとんど無いわよ。ごめんなさいね、私、まだ沈黙魔法をマスターしてないから」


 とにかく、雷から身を守る方法は無いようだ。


「それにね、マコト。空気は最大の絶縁体なの。それをガン無視して落雷って起きるのよ。だから、ゴム手袋やポンチョくらいでは防げないわね」


 チヒロが容赦なくとどめを刺す。悪あがきは無駄なようだ。マコトは深呼吸をし、意を決してドアをノックした。

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