第6話 お役所っていずこも同じ

 マコトは異世界見学に行くという祖母と別れ、アレクサンドルと共に教会内の廊下を歩いていた。


「なあ、アレクサンドル……」


「長くて発音しにくいだろうから、アレクで良い。」


「アレク、召喚管理局ってどこにあるの?」


「本来なら他の官庁が入っている城下町の一角の建物になるのだが、空きが無いため、この教会が仮庁舎となる。あの執務室では狭いから、二階の図書室を改造した一室だ」


「職員は?」


「お前以外だと、ブルーノとチヒロ、それに私だ」


「……それだけ? 圧倒的に人手不足じゃね?」


 推定勇者が数千人に対して審査や摘発がたったの四人で行えるとは思えない。


「ああ、ここの本部ではな。他にも支所はあるし、不法勇者摘発の時は衛兵との連携を図ることになる。それに職員も順次増やす予定だ。取り急ぎは治安維持のために、質の悪い勇者崩れを中心に摘発することになる」


 そうやって話しながら、廊下を歩き、ある扉の前に立った。


「マコト、とりあえずこれを渡す」


 そういうと懐からカードを取り出し、マコトに渡した。名刺くらいの大きさであり、金属でできているらしくヒンヤリとして紙よりも固く、赤い石が埋め込まれている。


「これは……カード?」


「ああ、お前の在留カード兼職員証だ。そこにお前の名前と在留資格が書かれている。あとで受領書にサインしてもらうからな」


 そう言われても、文字をまだ認識できないから、記号か模様のようにしか見えない。


「俺の在留資格って何さ?」


「役所勤務となるから『公用』となる。とりあえず、在留期間は半月だが、正式に申請が下りたら一年に切り替える。タマキ殿は功労者だから『永住者』となるだろう」


 少なくとも一年はここに留まることになってしまうのだろうか。祖母の気が済むまでと思っているが、あの好奇心旺盛な彼女が一年の滞在で足りるのだろうか。


「あー、公用か。確かにな。ところで、このカードは固いな? それに赤い石がはまっている」


「このカードは石を削りだし、魔石を埋め込んでいる。管理局の職員でないと入れない場所にはこのカードの魔石と扉の魔石を近づけて解錠してから入ることになる。紙だとすぐにダメになるからな。試しにやってみろ」


 言われるまま、カードの赤い魔石と扉の同じような色の魔石に近づけると、一瞬強く光ってカチリという音がした。


「はあ……、なんだろう。ファンタジーのはずなのに俺の世界にいるのと変わらない感じは」


「それはあたしの案で作った鍵よ。魔法もあたし」


 後ろからチヒロがニッコリと笑いながら立っている。


「ああ、なるほど。俺らの世界の感覚か」


「そ! やはり情報漏れは怖いし、ミサにきた方が迷って入ってきてもなんだからね。さ、入りましょう」


 そうして三人が入るとブルーノが机で何か書類作成していたが、立ち上がって挨拶をしてきた。


「ここへ来たと言うことは働くことになったのだな。

 ようこそ、召喚管理局へ。改めて自己紹介すると私はブルーノ・アイゼル。君の直接の指導官だ」


 チヒロも自分の席に戻りながらかしこまった口調で挨拶をする。


「私はチヒロ・カウフマン。役職は無い職員だからマコトと同じ。魔導師の見習いで得意な魔法は補助魔法。属性はまだ未確定なの。よろしくね」


「よ、よろしくお願いします」


「まあ、入局のためのサインなどたくさん書いてもらうのだが、まずは現場仕事だ。手始めにわかりやすい事案があるから、これにとりかかってもらおう」


 そういうとブルーノは書類を一枚マコトの前に出してきた。


「まだ、文字が読めないだろうから簡単に説明する。この近くに住んでいる、というより引きこもっている勇者『邪悪なる神に抱かれし闇からの深淵なるしもべ』ジャスティンことタロウ・ヤマダを摘発する」


「……そ、それが正式名称なのか?」


「いや、自称に決まっている。大体、神を侮辱したようなネーミングの時点で不敬罪モノだが、該当する罪がないから放置せざるを得ない」


「いやあ、何度聞いてもむずむずしますね、ブルーノ様」


「ああ、読み上げるこちらも恥ずかしくてたまらん。しかも名乗ってる名前もこの国の発音とも違う」


 ファンタジーの世界でもむずむずされる勇者崩れ、か。


「ちなみに年齢は?」


「これも自称だが十四歳とある」


「あー、それは中二病真っ盛りだな、それ。でも、十四歳の子どもに手こずるということはチートのせいか?」


「いや、法改正してから勇者達を召喚局へ呼び出しをしたのだが、この邪悪なる……ヤマダは再三の呼び出しに関わらず出頭を拒否している。それに魔王を倒すために召喚されたはずなのだが、倒した形跡はなく、言わば引きこもっている。

 異世界人とはいえ、子供だから手荒にできないのだ」


「で、チートも魔力も無いし、 武術の……何もない俺が行って無事で済むのか?」


「ああ、だから私も同行する。私の魔力なら、魔王クラスの攻撃からでも防御魔法はかけられるからな。ちなみにこの勇者は光属性で雷撃が得意らしい」


「ブルーノ様はすごいのですよ。アレク様と並ぶこの国で一、二を争うくらいの魔導師ですから防御はバッチリです」


 目を輝かせてチヒロが説明するが、結局チート能力の犠牲になるリスクはあるということだ。


「それに、同じ異世界人なら警戒されずに出頭するように説得できるかもしれない」


 読めないなりにマコトは書類に目を落とす。写真の代わりに対象者の似顔絵が描かれている。なかなか写実的なタッチでリアリティーがあるから、これが写真代わりなのだろう。

 そこには眼帯をした陰気そうな少年の似顔絵があり、こちらをじとっとした目つきで睨んでいるように見える。


「わかったけど、この書類の似顔絵がヤマダとか言う奴か。これ、モノクロだけど絶対に普段から黒づくめだよな。この眼帯はフェイクで“邪悪なる力を封印した魔眼”とか言ってるぜ」


「詳しいな、マコト」


「はとこにそっくりな奴がいてな。ちょくちょく会うが、痛い設定を繰り出してくる」


「そうか、まあ良い。出頭拒否をしているのは、恐らく引きこもっているためと思われる。召喚した魔導師曰く、ヤマダは引きこもって魔王を倒さないから、他の勇者を召喚して倒したそうだ。

 まずはここへ行って摘発をしてもらえないか」


 平和的に摘発が進めばいいが、そんなことにはならないだろう。マコトはそう考えながら承諾するのであった。


「それにまあ、チート無しでもいざとなれば攻撃の盾になってくれるだろう」


「ブルーノ様、声が大きいです」


 ……なんか、俺はヤクザで言うところの鉄砲玉扱いなのか? マコトは一抹の不安を覚えた。


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