第15話 百合坂翁

「いやはや、人間も侮れませんなあ。あっしらがのんびりしている合間に、軍隊と言う集団としてあっしらに対抗する手段を模索しているとは。いや、剣呑けんのん剣呑」


 新調したばかりの中折れ帽のつばを指で押し上げながら、十蔵じゅうぞうはどこか楽しげにうそぶいた。

 少し前を歩く一縷いちるは振り返りながら眉をひそめる。


「気軽に言うものだね。そんな奴らに引っ立てられた僕としては、まったく生きた心地がしなかったよ」


 二人は今、昼下がりの浅草を食後の散歩がてらに歩いていた。

 十蔵が先日駄目にした帽子や背広を買い換えようと思っていた所、礼を兼ねて一縷から懇意こんいにしている洋品店でならお代を出すとの連絡があった。

 雑誌記者を生業なりわいとしている十蔵だが、その懐具合はあまりかんばしくない。そんな十蔵にとっては、三つ揃いスリーピースを買い換えるのもそれなりの決心が要る出費だ。

 同業者には仕事にかまけて何日も風呂へ入らず、襟が変色し垢じみたシャツが一張羅のようになっている者も少なくないが、内心では洒落男を気取る十蔵にはとてもではないが耐えられない。


 普段は情報の対価にしても、正直けち臭いとしか言い様がない額しか出さない一縷だが、本当に困りそうな時には先回りして金や物を用立ててくれる。

 その時の気っぷの良さは、どこのお大尽かと思うほどだ。

 今日も既製品ではあるが仕立ての良い三つ揃いに中折れ帽、それに襟締ネクタイやらハンカチーフまで全て一縷の払いだ。

 しかも一着だけでなく、柄で迷っていた三着分全てを気前よく支払った上に、昼食の寿司まで当然とばかりに奢っている。

 予想以上の収穫に気分の良い十蔵は、あっけらかんと言ってのけた。


「坊ちゃんが一緒だったんでしょう? 何ら気後れする事なんてないじゃあありませんか」


 先日、外法様と名乗るもの・・と対峙した時に見せた胆力、それに以前より知る体術や陰陽の術の冴え。例え相手が軍隊であっても超常の術を心得る武雄たけおならば、逃げに徹すれば一縷と二人でその場から消え去る事は訳ないだろう。


「僕らはいいがね。あの子は将来のある身だ。あんまり変なところから睨まれるような事は避けてやらねば――淀橋よどばしのご隠居に申し訳が立たない」


 わずかに、ほんの僅かに間を置いた答えに、十蔵は若干引っかかるものを感じた。そして次に一縷が口を開いた時、その予感が当たっていた事を悟った。


「それで、だ。助手とは言えど若人わこうどを先日の事に続けて面倒事に巻き込んだ申し開きをせねばなるまい、と僕は思うのだが……さしもの僕もあの人へ会いに行くのは少々気後れする。誰ぞがついてきてくれれば、心細い僕も多少なりともの安寧を得られると思うのだが、君はどう思うかね」


 問いかけるようでいて、その口ぶりは疑問形ですらなかった。

 今回呼び出したのは最初から十蔵を同行させるつもりであり、報酬を前払いにして逃げ道を塞いでいるのだ。

 目線を隠すようにステッキの握りで鳥打ち帽ハンチングの鍔を下げた一縷の口元は、緩やかに口角が上がっている。

 仕掛けた罠に十蔵が頭から填まっているのが、楽しくて仕方ないのだろう。

 そしてとどめとばかりに、形の良い唇が開いた。


「駄目かい?」


 小首を傾げる仕草は、男装をしていてなお蠱惑的にすら映る。

 さっきまでの気分の良さはどこへやら、十蔵は渋面を作りながら大きく息をつく。そして覚悟を決めて頷いた。


「……姐さんにそう言われちゃあ敵わない。この伊崎十蔵、例え火の中水の中、どこであろうとお供致しますぜ」

「ふふ、そうこなくては。となれば話は早い。そこらで土産物でも買って、ご隠居もうでと行こうじゃないか」


 楽しげにくるりとステッキを回した一縷は、かつんと石畳を突いて大股に歩き出した。




 一縷や十蔵が淀橋のご隠居と呼ぶ武雄の祖父、百合坂翁は新宿駅の西口にある淀橋浄水場の脇、甲州街道にほど近いところに居を構えている。

 元々は浄水場の土地も一部は百合坂翁のものであったが、三十年ほど前にその殆どを売り払い、その資金を用いて東京の至る所に土地を買っては建物を建て、その地代で生活していた。一縷の住む百合坂ビルヂング三号館もその一つだ。


「どの時代も、水場を押さえたものが利を得る。以前から目を付けておったが、やっと儲けになってくれた」


 ある時、百合坂翁がそう言っていたのを一縷は聞いた事があった。

 付き合いは古いが、所々に底の知れ無さというかを垣間見る事がある。

 それもあって、実年齢からすれば遙かに年下である百合坂翁に会うのは、歳経た妖怪である一縷にとってもあまり気の進む事ではなかった。


 土産に買った舟和の芋羊羹を携えた二人は、新宿駅に降り立つと繁華街として栄えつつある東口に背を向け、専売局煙草工場の脇を通って百合坂翁の邸宅へと重い足を進める。


 江戸時代からの建物に混じって、明治以降に建てられた二階建ての家屋も増えてきた中に、百合坂翁の邸宅はあった。

 胸まである生け垣に囲まれた、どこぞの武家屋敷かと見まがう造りの大きな平屋建て。

 母屋の二倍はありそうな広い庭の真ん中では、和服姿の男が一人、十匹を越える猫に囲まれながら餌をやっていた。


 遠目にも分かる禿頭に浅黒く焼けた肌。袖から覗いた皺だらけの腕は細く、まるで骨に皮を張り付けたように見える。

 声を掛けるより早く、男が一縷達の方へ振り向くと同時に、足元にいた猫たちは一斉に逃げ出した。

 年齢を感じさせない真っ黒な太い眉を顰め、痩けた頬を歪めた男――淀橋のご隠居こと百合坂弥太郎やたろうは苛立ちを隠さず言う。


「いつまで経っても騙すのが下手な奴らだな。ほれ、野良猫にすら見透かされておる」


 その視線は建物の角や生け垣の奥に隠れた猫たちを追っていた。歳経た妖物である一縷と十蔵を警戒し、毛を逆立たせて唸り声を上げる猫までいる。

 しかし一縷はすい、と猫たちに視線を走らせながら苦笑した。


「これは耳が痛い。だが、僕らのようなものは人を騙す方が遙かに楽でね。人は見えるもの聞こえるものを信じすぎる。君や武雄のような目利きは早々いるものじゃないしね」


 弥太郎が猫に餌付けをしているのは、当人が猫好きなのもあるが何よりも動物特有の感覚を鳴子なるこ代わりに使っているのだ。

 その様な用途でなら犬を飼えばいいものをと、一縷は以前言ったことがある。だが弥太郎の返事は散歩をしてやらねば可哀想だが面倒だと、にべもないものだった。


「つまらぬ用事なら帰れ」


 そこまで言ったところで、一縷は土産の入った袋を掲げるように見せた。


「立ち話もなんだ。お邪魔したいのだが構わないだろう?」

「茶なぞれんからな」


 言うが早いか、弥太郎はきびすを返して屋敷へと戻っていく。

 一縷と十蔵は顔を見合わせて肩を竦めながら、弥太郎の後に続いた。




「勝手知ったるなんとやらだが、いつ来てもこの家には飲み物食べ物がとぼしいなあ。いつの間にやらかすみでも食うようになったのかい?」


 家主に断りもなく湯を沸かしてお茶を淹れた一縷は、弥太郎の湯飲みにお茶を注ぎながら呆れるように言う。


「儂は仙人なんぞ目指しておらん。飯が食いたければ外に出れば済む。飲み物は水が一番いい。それに今日はこいつで済まそうと思っておったからな」


 二十本買ってきた芋羊羹は、一縷がお茶を淹れている合間にその半分が弥太郎の腹に収まっていた。好物なのは知っているが、年からすれば食べ過ぎにも程がある。

 そして口ぶりからすれば、一縷達が今日ここへ何を持ってくるか分かっていたようだ。

 となれば二人の目的もお見通しであろう。しかしそれをつまらぬ用事とは言っても、追い返す事まではしていない。

 申し開きを聞く度量を見せているのではなく、土産の分くらいは一縷の用事に付き合ってやろうという腹づもりだろう。


「ご隠居はほんと健啖家ですなあ。その調子じゃあ、相も変わらずビフテキやらを平らげてらっしゃるので?」

「儂は坊主ではないからな。生臭物であれ口に合えばたらふく食うまでだ。そうでなければ、この年まで体がもたん」


 言いながらも弥太郎は新しい芋羊羹に手を伸ばし、二口で一本平らげてしまう。


「……まず聞きたいのは鉄見の小僧の事か? それとも外法様とやらについてか? 後者は言える事が限られるがの」


 一縷の淹れたお茶を一口飲んだ百合坂翁は唐突に切り出した。


「武雄からもう聞いていたのか。それなら話が――」

「武雄はお前にご執心だ。お前が伝えろと言わない限りは儂にすら何も言わん。儂が育てたのだ、口が軽い訳がなかろうよ」


 言下に遮った弥太郎の言葉には、複雑な感情が籠もっていた。溺愛する自慢の孫が、言いつけを守って真っ直ぐに育っている誇らしさと、一縷の所へ押しかけて探偵助手でございと厄介事へ巻き込まれるのが嫌なのだろう。

 対する一縷は苦笑しながら一口茶を啜った。


「確かに確かに。我が有能な助手は万事に周到だが、決して出過ぎた真似をするような子ではなかった」

「全く、面倒な事に首を突っ込みおってからに……もう退けぬところまで来ているぞ」


 一部では稀代の予言者とまで言われる弥太郎が言うのだから、それはもうくつがえしようのない事だろう。

 それは外法様と呼ばれるものと相対した一縷も肌で感じている。こちらも看過かんかするつもりはないが、そこは向こうも同じだ。


「分かっているさ。何にせよ知ったからには捨て置ける事柄でもない。この国、ひいてはこの世にこれ以上の争乱は起きて欲しくない。武雄のような若人の将来を案じるのも大人の務めだ」

「一端の口をきくようになったものだな。夜闇に巣を張る性悪な女怪が」

「僕とて文明開化の波に呑まれて、色々と思う所も変わった所もあるのさ」


 一縷と弥太郎は会えば毎回この調子だ。

 数十年に渡る付き合いなのと、当初は敵として出会った経緯もあってすぐに憎まれ口の応酬となる。

 それをよく知っている十蔵は、二人の会話に割り込むようにして話題を変えた。


「まあまあ、お二人ともそこら辺にしましょうや。そろそろ本題に移りましょう」


 十蔵のとりなしに気勢を削がれたところで、一縷は居住まいを正して弥太郎に向き直る。


「本題、か。まずは武雄を面倒事に巻き込んでしまって済まなかった。僕一人で何とかなれば良かったのだが、事はかなり大がかりなようで僕の手に余る。悪いが力を貸して欲しい。僕は、武雄の生きる未来を守りたいんだ」


 そのまま深く頭を下げる一縷を、弥太郎は目を細めて見やる。ややあって湯飲みに残った茶を飲み干すと、ため息交じりに口を開いた。


「その言葉に嘘があるならば、今この場で誅してやるのだがなあ」


 どこまで冗談なのか、その目は全く笑っていない。そしてもう一度ため息をつくと湯飲みを置いた。


「嘘を見抜けるのも善し悪しだな。これではお前を誅する事が出来ん――顔を上げろ。そのままでは話も出来ぬ」


 促されてやっと顔を上げた一縷は、安堵の息をついた。

 隠居してもなおその技量に衰えはなく、冗談ではなくこの場でなら・・・・・一縷を滅ぼす事も出来るだろう。

 決して怒らせてよい相手ではなかった。

 現代において指折りの腕を持つ陰陽師にして、予言者とも呼ばれる弥太郎は何度か目をしばたたかせてから、ゆっくりと言葉を綴る。


「鉄見の小僧は、そうさな……半年も前か。不意に尋ねてきたかと思えば、『今動いているこの国に仇なす企みに、常識の埒外にある存在が関わっているか』と聞いてきおった。軍に入ったのは知っていたが、公務として儂の所へ来るとは少しばかり驚いた」

「肯定したのかね。したのだろうね」


 弥太郎は重々しく頷いてから、また口を開く。


「『しかり』と答えたさ。改めて占うまでもない。続けて鉄見の小僧は『そいつらが本腰を入れて動くのはいつか?』と聞いた。儂の答えは『およそ三ヶ月後から世間にも知れ渡る動きがある。ただしそれに至る段取りはもう動いている』だった」

「そう言やぁ、あの段平振り回す警官の連続殺傷事件も、事の起こりはそれくらいでしたなぁ……」


 腕組みをしながら十蔵は唸る。

 流石は知る人ぞ知る弥太郎の卜占ぼくせんだと敬服するばかりだ。恐らくは新聞を一目見ただけで、事件の裏で外法様とそれに与する者達が関わる事件だと見抜いていただろう。

 しかし一縷はお茶を一口すすってからため息をつく。


「知っていたのなら電報の一つくらい寄越したらどうかね。そうしたら僕とて偶然通りかかる前に、自分から動いていたものを」

「断る。儂があまりに動けば、今知っている事とのズレが出る。猫や幼子より好奇心のあるお前の事だ、通りかかれば首を突っ込むだろうと思っていた」

「半年も前にそこまでお見通しか……って、そこまで知っていたなら、せめて武雄くらいは遠ざける手を打てたんじゃないかね?」


 弥太郎は太い眉を僅かに動かして、じろりと一縷の顔をにらみ付ける。虎の尾を踏みかけたと内心で舌打ちした。


「それが出来れば、そもそもお前から遠ざけておるわ」


 一息にお茶を半分飲んでから弥太郎は続けた。


「武雄は心底お前に懐いている。この件においてお前が引く機会はいくつかあったが、お前はそれを良しとしなかった。さすれば武雄もついていく。歯がゆいが儂に出来るのは、出来る限り知っている事を教えるくらいだ。それ以上の事をすれば、儂とてこの先がどう転がるか見当も付かなくなる」


 湯飲みの中を見つめるように、弥太郎は目を落とした。骨張った顔に浮かぶのは憂いと諦めだ。

 こんな顔をするようになったのは、武雄が産まれてからだと一縷は知っていた。

 その原因が自分にある事も良く分かっている。


「ふぅむ……話を戻しますが、その流れで姐さんの事をその中佐殿にお教えしたと?」

「然り。儂の知る中で暇を持て余していて、つ厄介な妖物に対抗出来るのはそこの探偵もどきしかおらんのでな。儂が動いては因業いんごうの帳尻あわせで、予見したことそのものがわや・・になる」


 昔から弥太郎の卜占の術は、他の易者達とは比較にならないくらいよく当たった。

 しかし更によく当たるようになり、名が広まるようになったのは実の子――武雄の父が若くして一人前の陰陽師となり、弥太郎自身が隠居してからだ。

 弥太郎の卜占によって隠れ家も企みも何も全て見抜かれ、一縷が滅ぼされる寸前まで追い込まれたのはその時期の事だった。


 一縷が後になって聞いたのが、今弥太郎が口にした因業の帳尻という言葉だ。

 同席していた武雄の父の説明によれば、予見した弥太郎が干渉をしないか最小限にする事によって、卜占の術で予見した事の的中率を上げる事をそう呼んでいる。

 かいつまんで言えばそれだけの事だが、そのさじ加減がとても難しいらしい。

 その結果として糸も術も封じられ、札に動きを止められて首を落とされかけたのだから、一縷としてはそれまでにない卜占の精度を信じざるを得なかった。


「しかしな……外法様については正直に言って儂もよく分からん」


 弥太郎の答えに目を丸くする一縷。

 付き合いは長いがこんな返答は初めての事だ。言葉の意味をはかりかねているところに、腕組みをした弥太郎は続けて言う。


「幾つか思い当たるものはあるが、どれも推測の域を出んのだ。こればかりはいつものように答えられん。もう少しばかり時が経てば、儂に分かる事も増えるだろうが……」

「お、おいおい。そんな事を言うとは、一体どういうことだい? 君の卜占は地震以外なら、この世に読めぬものはないのが売りじゃあなかったか?」

「儂の手に余る相手だからさ。本来ならこの世にいていいものじゃあない。地獄なり神仙の住む場所にいるべきものだ。故に、外法様とやらの企みも手勢も把握出来ておらん」


 あっさりと言うが、これまで百合坂弥太郎という陰陽師は、高い精度を持つ卜占の術によって相対する妖物怪物の正体を見極め、先手を打って討伐してきた。

 そしてその手法が通じない相手なぞ、これまで聞いた事が無かった。

 一縷が知っているだけでも、弥太郎は一縷以上に強大な妖物怪物とも幾度となく戦っていた。それこそ祟り神や渡来の魔神を退けて、帝都を守った事すらある。

 そんな相手にも有用だった卜占の術が、外法様には通用しない。

 これだけでも外法様がどれだけ埒外な相手か分かる。


「儂とて、手に余るものは分からんのだ。この歳になって、己の限界を思い知ろうとは、儂の卜占でも分からんかったわ」


 弥太郎は傍らのたばこ盆を引き寄せ、懐から出したゴールデンバットに火を付けた。口角を上げて、歯の間から押し出すように紫煙を吐く。


「もう少し時が経てば儂に分かる事も増えるだろう。その時は連絡する。それまでお前達は自分が信じるように動けばいい。今の儂から言えるのはこれくらいだ」


 弥太郎はぶっきらぼうに言って話を打ち切った。

 一縷も十蔵もそれ以上尋ねる事も、異を唱える事もなかった。




 それから十分もしないうちに、一縷と十蔵は追い出されるように弥太郎の屋敷を辞した。

 二人の姿が見えなくなるまで見送った弥太郎は、しばらくくわえ煙草を吹かしながら玄関先にたたずんでいた。

 半分ほど開いた目は眠たげにも見えるが、その視線はゆっくりと周囲を探るように動いている。足元で体をすり寄せる何匹かの猫も、その目には映っていない。

 そして煙草を握りつぶすと、忌々いまいましげにつぶやいた。


「今日は要らん来客の多い日だな。しかも気配を消して近寄るとは不躾ぶしつけ小娘・・だ」


 足元の猫達が一斉に離れるのを一瞬だけ見下ろし、振り向きながらじろりと睨み付ける。

 そこには爛れたような赤い夕日を背にした、かすりの着物に女袴の少女――青姑せいこだ。白いリボンを揺らしながら狐面の内で楽しげな声を上げた。


「くふふ。酷い事を仰らないでくださいませ。わたくしは良いお話を持ってきたのですから」


 しかし対する弥太郎は仏頂面で舌打ちを返す。


「使いっ走りの小娘風情が、一丁前な口をきくものだな。話があると言いながら、おのれを隠す仮面はつけたままとは。余程よほど裏があるらしい」

「ああ――これは失礼致しましたわ」


 狐面をずらした青姑は、その瞳に八芒星を赤く輝かせながら慇懃いんぎんに頭を下げた。


「稀代の予言者、百合坂弥太郎様。外法様からの言伝を預かって参りました」

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